中村 茂樹
還暦を迎えた私達夫婦のささやかな楽しみは、週末の日帰り温泉とその前後の食事である。子供たちが巣立った後の、そういう中高年夫婦は多いのではないだろうか。そんな時、私のレストランの選考基準はシェフの腕前、正当な料金、そしてオーナーやスタッフの気合と独創性が感じられるか、の3点である。私は食通ではないし、一席何万円という料理にも、値段に見合う魅力を感じない。
今年7月にオープンした聖籠町の「夢ひと」はその点、久しぶりのヒットだった。看板屋の剣友 健ちゃんから「知合いの設備会社の社長が、趣味からたった一人で2年半もかけてレストランを作ったから、行ってあげようよ」と誘われたのがきっかけだ。運転免許センターや工場が立ち並ぶ聖籠町で、業種違いの社長さんがなぜ……と正直あまり期待していなかったが、良い意味で完全に裏切られた。人生やはり「馬には乗ってみよ、人には沿うてみよ」である。以来、紹介した友人知人達に「こりゃ聖籠町の奇跡だ」と毎回驚かれ、喜ばれている。
新新バイパス蓮野ICを下りて工場地帯から左に折れしばらく走ると、閑静な松林の中に人知れず咲く、山野草のような佇まいのレストランがある。駐車場を下りるとまずほとんどの人が、周囲を見渡し「ほうー」と感嘆する。周囲は現在も社長ひとりで造成中という壮大な庭と自然の松林とに囲まれ、その境界は不分明である。夜はとっぷり暮れた闇で周囲の景色は見えないが、窓ガラスからこぼれるレストランの光が、幻想的に建物を浮かび上がらせる。
レストラン建築としても、見どころが多い。まず山野草が点在する広い前庭を配す。1階には広い車寄せとカウンターだけの可憐なカフェが、富士山と月見草のような対照をなす。エントランスを入り階段を上がると、奥さん手作りの押し花絵の大きな額が来客を迎え、建物全体に華やかなアクセントをつける。2階がレストランで、右に「会議室」と呼ばれる個室、真ん中にグループでもひとりでも過ごせるフリースペース、左に進むと3面窓の部屋が続く。松林の高楼で1階と2階、内と外をゆっくりと見て回り、飽きることがない。
肝心の料理だが、野菜は自宅の畑や地元の聖籠産を多用し、甘いトマト、滑らかな里芋、爽やかな食感のレタスなど、小規模生産ながらも品質は高い。シェフは新潟市内のTホテルで、名物の鉄板焼ステーキを任された初代シェフである。どの料理にも上品な味のスープとサラダが付く。充実した手作りデザートがもう一つの魅力で、連れの女性から喜ばれること請け合いである(オヤジの妄想? )。これほどの腕前のシェフなら、むしろこちらから希望と予算を言って、オーダーメイドのコースを楽しむのも一興だろう。
難点は新潟市内からやや離れていることと、お酒を飲む場合の車の運転だろうか。しかし美味と自然で豊かに癒され、市内で味わえない感動を得られるなら、新潟駅から30分はむしろ近いといえる。タクシーも代行車もすぐに来る。
予約制ではないが、事前に電話(聖籠工業025−427−3641)があると、何かと助かるそうだ。近ごろホテルにも料理屋にも、若い頃のような感動を感じなくなっているあなたに、ぜひオススメしたい店である。
レストラン・カフェ 夢ひと
住所 | 聖籠町網代浜磯山1611−56 |
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TEL | 0254−27−3641 |
営業時間 | 11:00~14:00、17:00~21:00 |
定休日 | 火曜・水曜 |
URL | http://seiro-kk.co.jp/yumehito/index2.html |