黒田 千亜紀
めまぐるしい科学技術の躍進は、ペットのクローンを可能にした。それを必要とする人間の欲深さと哀しみ…。
生後6週のラブラドールの雄犬に出逢って、彼の爆発的な活発さに翻弄された日々がようやく落ち着き始めた頃、ドックフードをシニア犬用に変えた。それからの日々の方が、長くなりつつある。
賛否両論あるが、雄犬らしいバカっぽさが好きで去勢はしなかった。生来の活発な性質に拍車を掛けた大型犬は数々の武勇伝を残したが、懸命な躾の結果?飼い主の左足にピッタリついて歩く成犬になった。3度の手術を乗り越え、後肢の筋力が弱り、聴力が極端に低下したが、14歳半の今も毎日1〜2時間、気ままなお散歩は続けている。興味のある匂いなどをみつけると、小走りにイソイソ走る。
老犬になり、大好きだったボール遊びもフリスビーもできなくなると、生きる楽しみは食べることとお散歩。せっかく大好きな若い女性に「可愛い~」と言われても悲しいかな、耳の遠い彼には聴こえない。余生はせめて自由に植え込みの匂いを嗅いだり、行きたい方向に歩かせてやりたい。曲がり角でこちらの表情を伺う今の彼は、力任せに引っ張ったところで非力な私でも制御できる程度に弱ってしまったのだから。
絶対にダメだった食事中の人の食べ物も、支障ないものはあげる。食事が始まると、未だ鋭い嗅覚で私の隣にピシッと着席?して白内障のない目をキラキラさせている。
生きるモチベーションが上がったら、あとは脚力。大型犬は自力で歩けなくなると深刻な事態になる。
立ち上がれなくなった日、寝返りを打てなくなった日。その度にアタフタと対処してなんとか復活している。サプリ、注射、漢方、鍼、整体。効きそうなもので犬が嫌がらなければなんでも試す。
そんな中見つけたのが板室別邸。ホテルの目の前、源泉掛け流しの湯が犬の歩行浴用に引かれている。特定日は個室で日頃のマッサージなど十分な指導付きで整体を受けることも出来る。本館には足腰の筋力アップを意識したドッグランやウォーキングコースもある。もちろん犬用のお食事も準備してくれる。人用の内湯は昭和レトロ…まあ、気にしなければ気にならない。
この文章を書いている間に腫瘍の術後再発が分かった。ヨボヨボでも苦しまずに最期を迎えて欲しかった。セカンドオピニオンと熟考の結果再度手術に踏み切った。
愛犬との胸躍る日々は、奇跡の出逢いと、たった一度の限りある命だからこそ輝く。そう信じている私は、彼のクローンなど望まない。お気に入りの散歩道を小走りする彼の、御自慢の尻尾の振り具合に、すこぶるご機嫌なこころもちを感じ取っては、心震わせている。
ホテルフォレストヒルズ那須 板室別邸
住所 | 〒325-0111 栃木県那須塩原市板室841-14 |
---|---|
電話 | 0287-78-0666 |
WEB | http://itamuro.forest-hills.jp/ |