新潟市医師会会報より

新潟市医師会

辻村深月ワールドへようこそ

横田 さおり

好きな作家が本屋大賞を取った。辻村深月さんの『かがみの孤城』。物語は様々な理由で学校に行けない7人の少年少女たちが、家の鏡を通して、異次元の世界へ迷い込んだところから始まる。彼らはそれぞれに悩みを抱えていたが、なぜ、この7人が集められたのか。10代の子達の悩みや心情、心の揺れをとても緻密に的確に表現している。そして、辻村さん得意の叙述トリックにて、最後に7人のつながりが見えてくる。この小説は、もし、辻村さんがタイムマシンで過去の自分に1冊の本を送ることができるとしたら、一番に送りたい本になったそうだ。

そんな辻村さんの作品はどれもオススメなのだが、他にも何冊か紹介してみたい。

私が辻村さんの作品で最初に読んだのが『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』。タイトルに惹かれて読んだのだが、物語は地方都市で起こった一つの殺人事件から始まる。母と仲よかったはずなのに母を殺すことになってしまったチエミと、母が嫌いで地元が嫌いで上京したみずほという、30代の2人の女性の視点から描いた小説である。母を殺害した容疑者となったチエミが失踪したと聞いた時、みずほは脳裏に浮かんだチエミとの幼い約束を想い出した。そして、一度は捨てた地元に戻り、昔の友達に会い、話を聞き、過去の自分に向き合っていく。地方都市特有な、若者の悩みや、環境、心情をうまく表現している。これもまた、えっ、そうだったの?と思わせるラスト。そして、母の娘を思う気持ちの強さと不思議なタイトルの意味も明らかになる。辻村さんは、藤子.F.不二雄さんの大ファンであり、このタイトルに、のび太との繋がりがあるのは、辻村さんなりのオマージュかもしれない。

その小説を筆頭に、辻村さんの小説は、ほとんど読んで来た。彼女の作品は、子供から大人まで、各年代での、主に女性の心の機微な変化や他人に対するありとあらゆる感情が、丁寧に描かれている。誰もが持っているちょっとした妬みや闇の部分まで…。辻村さんは、子供の頃から本が好きで、小学生時代にはミステリーやホラーも多く読んでいたそうだ。ドラえもんが何より好きで、綾辻行人のミステリーに衝撃を受け、綾辻さんがしばらく新刊を出さなかった時には、催促⁈のファンレターを送ったほどである。デビュー作をメフィスト賞に応募したのも、綾辻さんが講談社ノベルズから出しているという理由からで、綾辻さんの名前から一字もらい、デビュー作の主人公の名前をそのままペンネームにしたそうだ。彼女の作品には、叙述トリックによりラストでびっくりさせられることが多く、もう一度読んでみたい気にさせられる。各作品の登場人物や舞台がリンクする設定がいくつも見られ、スピンオフのような作品もあり、ファンの間では、オススメの読む順番があるくらいだ。

メフィスト賞をとったデビュー作『冷たい校舎の時は止まる』は、高校生時代から大学4年に渡り書きあげた、高校生8人の物語である。高校3年、受験を間近に控えた大雪の降るある日、登校して来たのはわずか8人。そして、なぜか校舎の外に出ることができず、携帯も繋がらない。なぜこんな状況になってしまったか謎解きをする8人は、誰一人、文化祭で自殺したはずの友達の名前を思い出せない。閉鎖された校舎の中の8人に不思議な出来事が起こっていく。この物語もまた、映像化するのが難しい叙述トリックが使われている。8人の登場人物の交錯する心の動きも上手に表現している。10代の頃は優等生も、不良も関係なく、誰もが何かしら悩み、他人の言動に動揺したり、振り回されたりしながら過ごして来たことを思い出す。デビュー作とは思えないストーリー構成で、ところどころに見られた結末への伏線も、綺麗に回収され素晴らしい。

ミステリー作品の多い辻村さんだが、2016年に初めて描いた歴史小説と言われるのが『東京會舘とわたし』である。これは、実在する東京會舘にまつわるエピソードなどを盛り込んだ、ノンフィクションを基にした時代小説だ。東京會舘は、彼女にとっても、結婚式をあげ、直木賞を授与された特別な場所である。そんな東京會舘の、長年引き継がれたホスピタリティーと歴史を、まるでその時代のその場所にいるかのように描いている。ミステリーや、推理ものが苦手な方にもおすすめの、一度は東京會舘を訪れてみたいと思うような気分になる、心温まる小説だ。これを読んだ昨年、ぜひ行ってみたいと思ったのだが、現在改装中。2019年に改装オープンするそうなので、いつか、その世界観に触れてみたいと思う。

他にも、彼女の作品にはオススメしたいものがありすぎて、書ききれない。ドラえもんのひみつ道具が各章の名前になっている『凍りのくじら』。地方に住む女性たちが抱えた日常での闇の部分に焦点を当てた短編集で、直木賞をとった『鍵のない夢を見る』。ちょっとぞくっとするトイレの花子さんのような話の詰まった短編集『きのうの影踏み』。まだまだ沢山ある。

まだ読んだことのない方、この中の少しでも辻村さんに興味を持ってもらえたのなら、本屋さんの辻村さんの棚を眺めて見て、ぜひ、辻村ワールドを体験してもらいたい!

(*叙述トリック:ミステリー小説における手法の一つで、読者の思い込みや先入観を利用し、読者のミスリードを誘う手法。)



 

1)『かがみの孤城』

出版社 ポプラ社
価格 1,800円
発行日 2016年9月20日

2)『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』

出版社 講談社文庫
価格 743円
発行日 2012年4月13日

3)『冷たい校舎の時は止まる 上下』

出版社 講談社文庫
価格 各850円
発行日 2007年8月11日

4)東京會舘とわたし 上(旧館)下(新館)

出版社 毎日新聞社
価格 各1,500円
発行日 2016年7月30日
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