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「医療費抑制の時代」を超えて
多賀 紀一郎
著者は日本福祉大学社会福祉学部教授であると同時に、リハビリテーションなどの臨床に携わったことのある医師でもある。その著者が実際に滞在し研究して得られた知見から、イギリス医療の現状と問題点を浮き彫りにしたものが本書である。その内容はイギリスのみに留まらず、これから医療費抑制の方向に進もうとしている我が国との比較も交え、非常に示唆に富んだものとなっている。
本書の非常に強い説得力と、興味深く読める理由の一つに、我が国との比較を挙げることができる。例えば、まず初めに医療費の国際比較が示されている。「果たして日本の医療費は、国際的に見て高いのか?」答は「No」である。いわゆる先進7ヶ国中日本は6位、イギリスは7位)本書の後に出た統計では、両国共に最下位の6位)。このイギリスの低医療費水準は、長期間に及んだ医療給付費削減政策の結果であるが、それによって「第三世界並み」と呼ばれるほどの医療の荒廃をきたした。次にこの医療費抑制が引き起こした医療事情、問題点を列挙している。人手不足と、そのことから生じる長時間労働。海外から輸入される医療従事者等々。そして最も興味深かったのは、日本の現行医療制度のイギリス、アメリカとの国際比較である。公正性、効率、効果の3点から評価を行っているが、日本は米国の高水準医療費によって引き出される効果には及ばないものの、公正性・効率においては必ずしも悪くない。即ち、他書に拠るところの「日本の医療制度はいくつかの点で改善すべき点はあるが、概ね国際的に比較すると効率よく、公平に運営されている」という評価が得られるのではないだろうか。
本書を読んでいて思った私の疑問は、これほど国際的に低水準の医療費で効率よく公正に医療を行っている日本で、これ以上の医療費抑制は将来にどのような影響を及ぼすのだろうか、ということである。先の判例で過労死と認定された日本の研修医は、週73時間以上働いていたそうである。日本の国立大学病院の研修医は、一週間に92時間働いているというデータがある。一方、航空機の機長は安全管理、事故防止のため乗務は月85時間に制限されている。航空機事故調査に関わっている人の話では「もし、医師の労働実態が本当だとすると、医療ミスは起こって当然と言えます」と話している。またイギリスの医師の自殺率は、同学歴の他の専門職の2倍。看護職の自殺率に至っては4倍にも上る。そしてこれから日本の看護職が、海外の人達にも開放される。まるで日本の医療は、過去のイギリスの後追いをしているかのような錯覚に陥る。そしてイギリスは「第三世界並み」と揶揄される医療荒廃をきたした。これに対して現ブレア内閣は、医療給付費の大幅拡大の方針を示し、他の先進国並みの医療費まで戻そうという政策転換を行っている。それに対して現在の日本は、逆に…。
本書や関連する書籍を読む機会があり、それらを通じて日本の医療制度の将来に対する不安や、我々医療関係者の責任を強く感じた。今後構造改革という大きな流れの中で、医療制度改革は医療給付費削減という方向に強く舵を切って行くものと思われる。ここで留意しなければならないことは、長期間医療給付費を抑制してきた英国医療の荒廃と、現在その復旧に向けて医療給付費の大幅な拡大を決定した英国の姿、および個人の自助・自立・自己責任を重視しすぎて国の介入を極力拒み、民間医療保険に依存するあまり、4,000万人に上る医療を受けられない無保険者を生みだしている米国の状況を忘れてはならないということである。この医療制度改革によって、医療の本来あるべき公益性・公共性が損なわれないように、注意深く監視・管理することも、我々医療関係者の職務であると痛感させられた一冊であった。
「医療費抑制の時代」を超えて
イギリスの医療・福祉改革
| 著者 |
近藤克則 |
|---|---|
| 出版社 | 医学書院 |
| 定価 |
本体2,800円+税 |