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『「蹄跡」ALS患者となった眼科医の手記』
安藤 伸朗
私のもっとも尊敬する眼科医の一人は、渡辺春樹先生である。
渡辺春樹先生は、東北大学卒業後同大学の眼科に入局、米国留学し、アラバマ州立大学の眼科准教授まで勤め、いずれ教授になる階段を登っていた。家庭の事情で帰国し、仙台で眼科医院を開業し、盛業。彼は平成10年に進行性の難病『筋萎縮性側索硬化症(ALS)』に罹患し、現在自宅で闘病中である。平成15年、自分史ともいうべき著書「蹄跡ていせき」を出版した。
以下に、内容の一部を紹介する。
1)祖父・父・生い立ち
祖父は、山形県山辺町で豊田自動織機を東北で初めて導入し、木綿織りの生産と販売とを直結して成功した。祖父は家族や使用人の教育に熱心だった。父は旧制一高に4回挑戦して果たせず、早稲田の専門部に入学した。しかし親戚の債務保証のため、家業が傾き中退した。小学校時代、父は小学校の代用教員だった。
英語は敵国語として禁止されていた時代であった。それでも父は小学4年のときから英語を教えた。そのときの注意を覚えていた。「お前が父ちゃんから英語を習っていることを誰にも言っちゃだめだよ。そのことが知れると父ちゃんは憲兵に連れて行かれてしまうからね」
時代に流されない強い信念を持って子供の教育に当たった父がいたからこそ、ドクターハルキが育ったのだと感じた。
2)Dr.ハリソン
アラバマ大学にレジデントとして留学中、ハリソンの特別講義があって聴講した。ハリソンは内科医でなくとも知っている“Principle ofInternal Medicine”(ハリソン内科書)の著者である。ハリソンの特別講義は、生涯記憶に残るものだった。
「諸君は希望通りに医学生になり、望みにあふれ、卒業したら患者さんを片っ端から治してやろうと張り切っているだろう。しかし思い上がらないで欲しい。100人の病人がいれば、医者がいかに努力しても、このティンズリー・ハリソンが逆立ちしても、5人は病状を変えられず死んでいく。80人は、君たちが間違った診断をしても、合わない薬を処方しても自然に治る。勉強し修練を積んだ君たちの力で、生きるか死ぬかが決まるのは15人しかいない。すべて自分が治してやったなどと思ってはならない。だから患者さんには傲慢な態度は取らず、優しく接しなさい。自分の恋人に対するのと同じような心遣いを持って接すれば、間違いはない。」
3)告知
自身不治の難病ALS に罹患しているので、告知について非常に示唆に富む提言をしている。「治せる病気ばっかり追っかけて、治せない病気はどのように扱ってきたのであろうか? 定番のマニュアルに従って、希望を絶つことがないようにいつも注意してきた。しかし治せない病気にかかった患者様を、親身になって向こうの立場から考えていたであろうか?」
4)インフォームド・コンセント
女子学生20歳。斜視の手術をしたところ、複視を訴えた。斜視の手術後の複視はそのうち慣れて落ち着くことが多いようだが、患者は非常に気にした。ある日曜日わざわざ訪ねてきた。もう少し様子を見るよう説得して帰したが、彼女はしばらくして睡眠薬を飲んで自殺した。
「たくさんのことを患者様から教わったが、治療で一番大切なことは、事前に十分に説明して、起こりえることをよく認識してもらってから治療にかかることである。手術をすればきれいに治って、すべてが一度に解決すると患者様は思うのである。期待したことと結果とのずれがトラブルのもとになる。」
本書は357頁の本であるが、一気に読上げてしまうほど面白い。渡辺春樹先生のことを知れば知るほど、痺れてしまう。そして手足が自由な私は、もう少し頑張ろうと思う。さらに本書には、日米で活躍した医師でなければ書けないような、日米の眼科の医学教育や医療についても具体的に記載されている。
一読をお勧めする。
『「蹄跡」ALS患者となった眼科医の手記』
| 著者 | 渡辺 春樹 |
|---|---|
| 出版社 | 西田書店 |
| 定価 | 本体2,300円+税 |