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『私たちの幸せな時間』

瀬戸 加大

私は昭和54年に新潟大学医学部を卒業して以来、愛知県がんセンターでリンパ造血器腫瘍の基礎研究とその臨床応用について研究しています。平和な学生時代だと思っていたのは錯覚に過ぎなかったと思ったのは、2002年10月に拉致被害者の5人が帰国したときです。横田めぐみさん、蓮池薫さん夫妻、曽我ひとみさんたちが拉致されたのは1977-78年頃なので、私が医学部学生の2年から3年生のころになります。冬になると寄居浜などの日本海は鉛色の空が押し寄せてきて暗い気持ちにはなりましたが、そんな深刻なことが起こっているなどとは夢にも思わず、平和な学生時代をすごしていました。拉 致事件が起こったときにその場所の近くにいたので、自分も遭遇する可能性があったのだと思うと、拉致問題をあまり人事とは思えません。その被害者の一人である蓮池薫さんが韓国女性作家人気No. 1といわれるコン・ジヨン氏の作品を訳したものが、「私たちの幸せな時間」です。

韓国のみならず、日本でも死刑執行の是非について大きな議論があります。被害者の立場に立てば、死刑を執行してもまだ憤懣やるかたなしといい、加害者の立場に立てば、生い立ちや環境を考えれば情状酌量の必要がある等々。当事者でないものたちには何が正義か判断に迷います。実際のところは、それぞれの事件について状況が異なり、さまざまな考えが生じるので、一概に評価することは難しいところだと思います。

コン・ジヨン氏は、不幸な生い立ちに生まれ、死刑囚へと追いやられた主人公(ユンス)を取り巻く人々の心の葛藤と浄化についての物語を書いています。夫の暴力に耐えられず母が家出したあと、二人の子供と暴力を振るう父が残されます。悲惨な生活のなか、その父が農薬を飲んで自殺し、兄弟二人だけがとりのこされます。主人公はさまざまな悪事を重ねながら生きていくだけがやっとで、人の情けや愛情を知らずに育ちます。施設から抜け出し路上生活をするうちに、弟を亡くすのですが、その死の前に弟の願いを聞いてやらずにそのまま死なせたことにも深く傷つきます。その後、ユンスは悪徳金貸し女性とその場所に居合わせた無実の母と娘の3人を殺した罪で死刑囚となり、服役します。このような状況の人がいる、この同じ世界に、その対極として人からうらやましがられるような立場の女性(ユジョン)が登場します。彼女は世間的な意味では何一つ不自由はないものの、「不幸」という意味ではユンスと変わりません。彼女は16歳のときに妻のいる従兄から性的暴行を受け、その傷がいえないまま生きる意味を見出せず、むなしく人生を過ごしている30歳の女性です。歌手として一時名を馳せ、フランス留学も経験し、現在は大学教授として、社会的にも上流階級と呼ばれるにふさわしい生活をしているのですが、これまでに3回自殺未遂をしています。

彼女の叔母は、一族の持つ社会的名声、財産、権力とはかけ離れた立場の修道女(モニカ修道女)です。モニカ修道女は刑務所の慰問をし、死刑囚と定期的に面会しています。3度目の自殺未遂をしたユジョンをつれて、モニカ修道女はユジョンとは社会の正反対の立場にいる、虐げられ、殺人へと追いやられたユンス死刑囚と面会します。その面会で、ユンス死刑囚の厭世的な姿勢の中に、生きることに意味を見出せない自分と共通する心情を見出します。そして、度重なる面会を通じて、ユンス死刑囚が、人間的な心を取り戻していく様が細やかに描かれ、それと共にユジョンも心の安らぎを覚えていく物語です。ユンス死刑囚が殺した女性の母親をつれて面会をする場面がありますが、その面会はユンスの心に深い罪の意識、懺悔の心をうみだします。また、娘を殺された母親がユンス死刑囚を許せないといいながらも許そうとする心の葛藤と行動に、ユジョンは心を動かされ、自分自身も生きることに積極的になれるようになっていきます。

小説全体のモチーフには私たちは必ず死ぬことが決まっている死刑囚とおなじであり、その運命のなかで、それぞれがいかに幸せな時間を生きることができるのかを問いかけているように思います。表面的な豊かさではなく、真の幸せは何か? 愛と許しにより、人間性が浄化されていく様が細やかに描かれています。

不幸な生い立ちと不幸な環境により、死刑囚となるにいたったユンス死刑囚には最後に、死刑が執行されますが、彼は手記の最後に追伸として次のように書いて、物語は終わります。

 

「モニカ修道女さんとキム神父さまにもお伝えください。
感謝していると、申し訳ないと、そして・・・・愛していると。
このお二人は、ある詩人の言葉のように、自分たちの涙でパンを焼いている方々。
私たちにその温かなパンを分けてくださった方々、
結局、私の生すべてが恩寵だったことを教えてくれた方々でした」

 

欲望の赴くままに生きている犯罪者ではない人と罪を犯してしまった人の人生に、神の前ではどれほどの差があるのかと問いかけてきます。非日常の世界から一見平和に過ごしている人々の人生の意味を問いかけているのです。“当事者” でない私たちにどれくらい理解でき、その意味を読み取ることができるのか、はなはだ難しい問題です。しかし、死刑執行という期限がないだけで必ず死ぬことが決まっている私たちにとって何が“私たちの幸せな時間” なのか?と、問いかける著者は、私たちに意味のある時間を生きていますか?と、問いかけているように思われます。なお、この作品は映画にもなったのでご覧になった方もいるかもしれません。私もDVD で見ましたが、それはそれで面白いのですが、DVD では作者の細かい描写を描ききることはできません。また、見るほうも、演技からそれを感じるのは難しいので、本をご一読されることをお勧めします。

 

作家コン・ジヨン氏は最新作で「愛のあとにくるもの」を、辻仁成(つじ ひとなり)とともに、日本人青年と韓国女性との恋愛を、それぞれの立場で書いたものを発表しています。これら2作を読むとコン・ジヨン氏が韓国女流作家No. 1と言われる理由も理解できます。

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『私たちの幸せな時間』

著者 孔 枝泳(コン・ジヨン)
蓮池 薫
出版社 新潮社
税込価格 1,995円

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