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『徒然草』

中村 茂樹

高校生のころ、夏休みにちょっと背伸びをして、古典を読んでみようと思った。それ以来、「徒然草」(吉田兼好)が私の愛読書のひとつになった。思いつくままに、その一部だけ紹介したい。

 

「つれづれなるままに、日ぐらし、硯に向ひて、心に映りゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそもの狂ほしけれ」(序の段)

兼好のトリックにまんまと引っ掛かって、この書き出しから消極・退嬰主義を思うのは、やや早計である。これから繰り広げられる自由でしなやかな兼好の目と心が、言い換えれば健全な批評精神が、完全にカモフラージュされてしまった。「一片の木の葉も、月を隠すに足るようなものか」(小林秀雄「徒然草」)

 

「万にいみじくとも、色好みならざらん男は、・・玉の杯の底なきここちすべき。・・さりとて、・・女にたやすからず思われんこそ、あらまほしかるべきわざなれ」

近世まで、好色は男の美徳だった。対象に花鳥風月を含むとしても、やはりいつの世も最大の関心事は女である。仕事ができても恋の情趣もわからないようでは、欠陥男ですよ、だからといって愛欲や風流にふけるのでなくて、女性に軽くない男と見られるのがいいですねえ。

 

「・・女の性はみなひがめり・・貪欲甚だしく、ものの理を知らず、・・すなほならずして、つたなきものは、女なり。・・もしは賢女あらば、それもものうとく、すさまじかりなん」

このひどいこき降ろし様に、わが意を得たりと膝を打つ男も少なくないだろう。賢女がいたとしたら、それはそれですさまじいだろう、と取りつく島もない。

素直ならず拙い(が愛すべき)女と、賢いがすさまじい女。どっちもどっちだが、女性医師には、こんなジレンマがあるのだろうか。恐くて聞いたことがない。友人の小児科のY先生や眼科のT先生に、今度会ったらこっそり教えてもらおう。

 

「世のおほくは、虚事(そらごと)なり」

毎日のニュースを聞いても、平積みされているベストセラーを見ても、この言葉を思い出す。そういえば学会にも、あまり行かなくなった。地方会はまだしも、大きな学会は裃を着たイベントのようでいただけない。歯の浮くような挨拶、日本人なのに横文字企画が多く、心がそっぽを向いてしまう。

 では毎日生活し仕事する中で、自分にとっての真(誠)とは何か。これを独り静かに考えることは、大切だと思う。

 

初めて手にしてからもう35年も経つのに、この本の魅力は生き生きとして、少しも色褪せない。滋味溢れる箴言や、思わずニンマリする名文が満載である。

「よき細工は、少し鈍き刀を使うといふ」これは兼好自身の自画像かもしれない。

 

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『徒然草』

著者 吉田 兼好
校注 現代語訳 川瀬 一馬
出版社 講談社文庫
価格 300円

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