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『我ら何処に行くや-21世紀へのSuggestion-』

前田 裕伸

本書は、著者がかねてからの念願で、ユネスコ世界遺産にも指定された屋久島の縄文杉を訪ねたという印象記から始まる。険しい登山道を喘ぎながら登り、周りに舞台のような見物席を巡らした巨木にようやく出会った。これが樹齢7,200年といわれる縄文杉で、その圧倒的な貫禄と存在感に感動したという。しかし同時に、ふと思い描いた印象は「人間という汚染」という言葉であった。地球上の生物を人間圏と他の生物圏に分けて考えたとき、歴史は「人間圏の拡大」という方向で変貌を遂げてきたのではないかと述懐している。そして生物学的進化にもささえられた人類の進歩という大きな流れを考えたとき、「我ら何処よりきたるや、我ら何ものなるや、我ら何処にいくや」という根源的な命題を想い起したという。この命題に対して、進化生物学的な立場からの検証に社会哲学的な思考も加えながら、幅広い考証を繊細な配慮のもとですすめている。このことは著者が優れた臨床医学者であると同時に、深く分子生物学を理解する人の著書であることを意味するもので、読んでいて大変勉強になるくだりが多かった。

著者である鈴木司郎氏は、昭和29年京都大学医学部を卒業し、大学院を修了後、昭和35年京都大学ウイルス研究所の助手になった。当時はまさしくウイルス肝炎研究の黎明期にあたり、3年間のニューヨーク州立衛生研究所への留学を含め、肝炎ウイルスの分子生物学的研究の第一線で長年活躍された。昭和54年新潟大学医学部第三内科の助教授となり、さらに昭和58年から平成5年まで三重大学医学部第二内科教授を務められた。退官後も執筆を続けられ、今回はこれまで書きためたものをまとめて、ご自身の満80歳の「傘寿記念」として出版されたものです。

京都大学ウイルス研究所時代、恩師である故市田文弘氏と出会うことになったいきさつや、世界の肝炎ウイルス研究の大きな流れを分かり易く解説しながら、ご自身の想い出話も綴られている。B型肝炎ウイルスが当初オーストラリア抗原として発見された経緯や、C型肝炎ウイルスは遺伝子工学的手法をいち早くとり入れたベンチャー企業のカイロン社によって発見されたことなどが、大変興味深く述べられている。また臨床医としての立場から、人間の進化生物学的にみた寿命の話や死生観の話など、臨床医学を学ぶものとしての心構えを楽しく分かり易く語っている。

一方では旅行を大変好まれ、これまで足を運んだ世界各地の旅行記も数多く載せている。訪れたいきさつ、地域の歴史、文化、宗教観、さらには生物圏の特徴まで実に奥深い内容となっている。

そして最後に、著者自身を含めて我々がこれまで生きてきた20世紀の文明は、一貫して効率と秩序を追求してきた時代といえる。その帰結として社会主義が崩壊し、資本主義や市場原理という考え方が横行し、ムキ出しの金儲け主義すら善とする風潮が生まれてしまった。戦争の論理でも、これまでの国対国という歴史的な戦争の概念を離れ、人間の欲望、覇権指向、民族の宗教的狂信といった人間の「業」のような本性に根ざした戦争が目立つようになり、しかも繰り返されてきた。こうした中で著者は、学生時代に夢中になって読んだドストエフスキーの大作『カラマーゾフの兄弟』を想い起している。この長編は19世紀に書かれたものであるが、この中の「大審問官」の一章が、まさしくこのような20世紀の人類社会を予言するものであったし、21世紀に対しても多くの示唆を与えるものであろうと結んでいる。

読み終えて、日頃あまり深い考えも持たず平々凡々と生きている小生にとっては、教えられることが多く、真っ直ぐで優しいお人柄に触れるような著書でしたので、是非ご一読を薦めたく紹介いたします。

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『我ら何処に行くや-21世紀へのSuggestion-』

著者 鈴木司郎
発行日 2009年9月11日
出版社 窓映社
価格 本体 2,000円+税

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