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『世界は分けてもわからない』
五十嵐 謙一
「科学者たちはなぜ見誤るのか?」タイトルより大きく帯に書かれたこの言葉にひかれ、この本を手にとってみました。
著者の福岡伸一さんは今ではテレビや新聞・雑誌でお馴染みの顔となった、分子生物学という最先端の分野の研究者です。著書『生物と無生物のあいだ』はベストセラーとなりましたが、科学的でかなり専門的な事柄を題材にしながら、いろいろなエピソードを交えて小説のように読ませてしまう文章は、私には大変新鮮に感じられました。
さて、『世界は分けてもわからない』では「部分」と「全体」について、「解像」と「鳥瞰」や、「境界」を設けて「分けること」が「わかること」につながるのか、述べられています。
たとえば、解像度を上げて対象を拡大すればその視野はより暗くなる、というシンプルな物理学的事実から、拡大された絵は元の世界のごく一部であり、今見ている視野の一歩外の世界が視野内部の世界と均一に連続している保証はどこにもないこと。
生命をかき分け、そこだけ取り出して直接調べるという、一見解像度の高いインビトロの実験は、ものごとの間接的なふるまいについて何の情報ももたらしてくれない、ヒトの細胞はそこでは全体から切り離されており、本来、細胞がもっていたはずの相互作用が切断されていること。
また、鳥瞰的に世界を知ることが好きなマップラバー、世界の全体像なんかいらないマップヘイターのくだりでは、各細胞は、非常に単純な排他的行動ルールに従って、隣接した細胞とだけ交信し、その結果、排他的に自らを変化させる究極のマップヘイターであり、その運動の最初から最後まで指揮者、つまりマップラバーは存在しない。生命現象は可塑的で絶え間のない動的平衡状態にあり、生命現象に「部分」と呼べるものは存在せず、ある部分がある機能を担っているとする考え方は、鳥瞰的な視点からのマップラバーによる見立てに過ぎないということ。
生命の時間の流れの中から、部分・境界としての死と誕生について考えた場合、最先端科学技術は、私たちの寿命を延ばしてくれているのでは決してなく、私たちの生命の時間をその両端から切断して縮めているということ。
また、治すすべのない病として研究者のエピソードが出てきますが、一時期研究に携わり、自分たちの求める結果を得るために、細胞の種類などいろいろ工夫して実験を行っていた私には、研究室の雰囲気が思い出されると同時に、身につまされるものでした。
著者は、「この世界のあらゆる要素は互いに連関し、すべてが一対多の関係でつながりあっている。つまり世界に部分はない。そこには輪郭線もボーダーも存在しない。世界は分けないことにはわからない。しかし、世界は分けてもわからないのである。」と結んでいます。でも、最後に、「今日もなお私は世界を分けようとしている。それは世界を認識することの契機がその往還にしかないからである。」と追記しています。限界を理解しながらもわかるために努力を継続していることが読んでいて実感でき、また、理系の人間として共感できる本でした。
最後に、書店でこの本を見たときに、私は、このタイトルが『患者は分けてもわからない、医師はなぜ見誤るのか?』と見えてしまいました。開業医としては、全体を考えていくマップラバーの診かたが重要だと思っていました。でも、やはりそれだけでは不十分で、日々の専門医との協力・往還が不可欠なんですね。そこでやはり顔の見える関係・連携が大事になるのかな?
『世界は分けてもわからない』
| 著者 | 福岡 伸一 |
|---|---|
| 出版社 | 講談社現代新書 |
| 価格 | 定価819円(税込) |