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子どもをめぐって

佐藤 勇

書評を書きなさいというお話を頂きました。どうやら、本誌1月号で新潟市子ども読書活動推進計画策定有識者会議の紹介をしたことが契機のようです。公開された計画案に、医師会々員諸氏からのパブリックコメントを頂きたく書いた拙文でした。会議を構成する委員のプロフィールにちょっとひねりを入れて書いた文章は、その後、委員の方々の目に触れ、荒川先生始め先輩委員の先生方に、何とかお許しを頂けたようです。おかげで、今回の子ども読書活動推進計画案に対するパブリックコメント数は、昨年度の新潟市が求めた中では2番目の応募数でした。私自身にとって懸案だったブックスタートの提案も、多数の賛成意見が寄せられ、当初の計画案では、ブックスタートの「検討」であったものが「実施」に変更されました。あらためて御礼申し上げます。

と、ちょっと嬉しかった報告を枕に、子ども関係の書籍を硬軟取り混ぜて3冊紹介致します。
まずは、


あのね 子どものつぶやき

朝日新聞生活面のコラムに掲載された、子ども達のつぶやきから抜粋して掲載されています。両親が投稿した子どもの「つぶやき」とその子の名前と所在地だけが、1ページに一つづつ掲載されています。

 

「今日は こわい お洋服だな」
  ヒョウ柄でした。
  (4歳)

 

いいぞ、いいぞ、今度は、ママの家事ができそうもないほど延ばした爪のことを「猛獣と戦いに行くの?」と言ってやれ!(筆者の独り言)

 

ビターチョコを食べたお兄ちゃんが
 「大人の味がする」
 「大人食べたことあるの?」
  (8歳)

 

この子、もしかしたらアスペルガーかな?でもこういう発想好きです。はい。(筆者のつぶやき)

現在子育て中で共感できる世代はもちろん、子ども達が手を離れた筆者とおなじ世代でも、おもわず自身の経験と昔の思い出に浸ってしまいます。あっという間に読めますが、またパラパラと読み返してしまいます。好評だったのか2009年の6月に文庫版が出版された直後の9月に、「ママ、あのね」という続編が出されています。

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『あのね 子どものつぶやき』

編者 朝日新聞出版
出版社 朝日新聞出版
価格 460円(文庫本)

 

子どものリアリティ、学校のバーチャリティ

2004年4月、佐世保小学生殺人事件は、それまで報道されてきた一連の子どもによる「残虐な」事件の中でも、学校内の日常的な時間に、いつもそこにいる大人(先生)たちの目の前で、日常的にそこにいる子どもが起こした事件として衝撃的でした。本書は、この事件の検証を通じて、事件を起こした子どもの、性格的な問題や生活環境に収束していった裁判経過を見直し、現代の子ども達に共通した「状況」の分析へと展開しています。裁判の中で裁判官が、女児がネット上のトラブルで、自分の「居場所」を侵入されたと捉え、怒りを募らせたと認定している点について、ネット上の書き込みは居場所ではない、「居場所」とは私空間でなく、信頼できる仲間や人のいる共有空間であると述べ、審判判定文に異議を唱えています。これは、不登校やドメスティックバイオレンスに係わっている人には、とても共感できるのではないでしょうか。 

本書では、事件の特殊性でなく、事件に内包された時代性を読み取ることで、子どもの置かれている状況と、学校の変化について述べています。 

私自身の体験でも、田舎では、かつて学校は文化の殿堂でした(オーバーかな)。文化祭は、子どもだけでなく地域の行事であり、学校図書館は、家にはない本の宝庫でした。初めて演劇を見たのは小学校の体育館。主演の女優さんは、妙にきれいに見えました。東京オリンピックは、体育館で見た市川崑監督の映画で全容を知りました。先生は知識人であり、権威も少しはあったけど、権力は今ほど無かったような気がします。それがいま、どうなっているのか、本書の中で、筆者の発達心理学者らしい展開が読み取れます。 

読者の中で、お子さんに「どうして学校に行くのか」と聞かれて、返事に窮した方はいないでしょうか? 私はその経験があります。自分自身が子どもの頃には、考えてもいなかった問題でした。「生きる力を身につけるため」正解でしょうか?「将来のために」子どもとして、今を生きることは大切ではないのでしょうか?受験競争を問題視する指摘もありますが、競争そのものは、昔のほうがもっとすごかった。問題解決には、「学校というバーチャリティ」が糸口になると論を展開します。そして、その裏には、日常生活での「リアリティある家庭」の消失があると指摘しています。ほとんどの冠婚葬祭が、自宅で行われなくなり、家庭での闘病が行われず、親子が苦楽をともにする機会が減りました。労働を外で切り売りすることで生計を得るため、子ども達には、家に入ってくるお金に、その根拠が見えにくくなっています。子どもが家事を手伝うことはなくなり、「生活者としての子ども」がいなくなっていると言えます。その意味では、最近の開業医の生活も同様だと言えます。 

生活感のない「輪郭のぼやけた生活」を、家族でどう再構築するのかが課題かもしれません。

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『子どものリアリティ、学校のバーチャリティ』

著者 浜田寿美男
出版社 岩波書店
価格 2,000円

 

大人の仕事の話の続きで、最後の一冊

 

What Do People Do All Day ?

リチャード・スキャリーの絵本は数多くあり、日本語版も一部在りますが、おなじ絵なのに、どうも今ひとつしっくり来ません。絵本は、読むだけでなく「遊ぶもの」(青陵大学間藤先生の言葉)はけだし名言、子どもはその絵の魅力に、書き込みをしたり、テープを貼ったり、ときには食べたり!します。言語は余り関係ないのかもしれません。子ども達は、こんな絵をみながら、いろんな仕事を知り、いろんな仕事をしている人がいることで、社会が存在していることを知るのだと思います。絵本は、バーチャリティそのものなのに、子どもにはリアリティをもって心に入り込むようです。村上龍の「13歳のハローワーク」はベストセラーになりましたが、現代では仕事の世襲制がむつかしくなり、親の背中が見えにくい世の中、せめて絵本ででも、いろんな仕事を教えてあげなくっちゃ。 

ちなみに、前述の荒川正昭先生は、かつて留学時代にリチャード・スキャリーの絵本を、お子さんに読み聞かせしてあげたそうです。この話をうかがった時に、おもわず先生のお若い頃のお顔を想像してしまいました。 

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『What Do People Do All Day ?』

著者 Richard Scarry
出版社 Picture Lions New Ed 版
価格 1,319円

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