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『国家の品格』

小林 晋一

昨今の、内外の情勢をみると、経済不況、経 済格差の増大、テロ、凶悪犯罪の増加、家庭崩 壊、教育崩壊、環境汚染、自然破壊などの暗い ニュースにあふれ、将来に希望のもてる話はほ とんど聞こえてこない。この閉塞感は、バブル 崩壊以来われわれの心を覆っているように思わ れる。

今回のワールドカップはスペインの初優勝で 幕を閉じた。いまから約4年前、前回のワール ドカップ、ドイツ大会のころベストセラーに なっていた、藤原正彦さんの『国家の品格』と いう本がある。著書の中で当時の世界情勢が述 べられている。グローバリズムの影響で、どの 国も貧富の差が拡大し、失業と中高年の自殺が 急増し、社会には殺伐とした雰囲気が立ちこめ ている。さらに、経済に発したグローバリズム は、広く社会、文化、教育を腐食させると。さ て、4年後の現在はどうであるか、この傾向が さらに悪化しているようにみえる。

この本の中で、藤原さんは世界中に蔓延して いる混乱の原因を明らかにし、その対応を明確 に示している。すなわち、その原因は近代的合 理精神の限界、二十世紀の最後の頃から跋扈し はじめたグローバリズムにあるとし、その対局 にあるのが情緒すなわち懐かしさとか、ものの あわれといった、教育によって培われるもの と、形すなわち卑怯を憎む武士道精神からくる 行動基準であるという。徹底した実力主義は、 全員がライバルであり、ベテランは新入りに仕 事のノウハウを教えなくなり、いつも敵に囲ま れているといった不安状態となり、穏やかな気 持ちでは生きていけない社会システムになって しまう。また、論理を徹底すれば問題を解決で きるという考えは誤りである。このことを四つ の観点から説明している。例えば、「最も重要 なこと」は論理では説明できない。すなわち、「人 殺しは悪いことである」という自明のことを 100%悪であると論理的に説明できない。とい うのは死刑制度の存在とか、戦争では大勢の人 を殺した人が英雄として称えられることなどの ためである。理屈ではなく、「いけないことは、 いけけない」と押しつけなければならないとい う。いじめの問題も深刻である。いじめがおき ると、みんな仲良くしましょうと教える。しか し、みんな仲良くということはありえない。防 止のためにカウンセラーを置く、それでもいじ めはなくならない。いじめにたいして何を教え るか、卑怯を教えることであるという。

本来、科学技術の領域でのみ有効な論理や合 理性を広く人間社会に適合してしまったのが間 違いのもとである。論理とか合理性を否定する ものではないが、しかし、それだけでは人間は やっていけない。そこに何かをくわえなければ ならない。それが日本人のもつ美しい情緒や形 であるという。外国で生活したことのない私に は実感できないことであるが、留学やアメリカ やイギリスの大学で数年間教鞭をとったことの ある著者は、四季の変化が明瞭で、移ろいゆく 季節の変化、自然の美しさは日本以外にはあま りみられず、日本独特のものであるという。

日本人のもつ情緒とは、自然に対する繊細な 感受性であり、もののあわれすなわち人間の優 雅さや悠久の自然の移ろいゆく姿に美を発見す る感受性であり、こうした情緒を育む精神の形 が武士道精神であるという。鎌倉時代以降、特 に江戸時代の後期になると一般庶民にも浸透 し、日本人の行動基範、道徳規準として機能し てきたものである。このなかには、慈愛、誠実、 忍耐、正義、勇気、惻隠などが盛り込まれてい る。惻隠は、広辞苑によると、いたわしく思う こと、あわれみとある。著者は他人の不幸への 敏感さであるという。ひとの心の痛みを理解し、 その人の気持ちになって考えることのできる優 しさといえようか。

こういった情緒や形は普遍的な価値をもつも のであり、文化や学問の創造に欠かせないもの であり、国際人を育てるのに必要なものであ り、総合的な判断力を高め人間のスケールを大 きくするものであり、人間は偉大な自然のほん の一部にすぎないと自然に向かってひざまずく 謙虚な気持ちにさせるものであり、戦争をなく す手段になるという。

この本が過去のベストセラーであったという だけにとどまるのは惜しい気がする。

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『国家の品格』

著者 藤原 正彦
出版社 新潮社
価格 714円(税込)

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