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『銀二貫』
関根 理
銀二貫の価値は、江戸時代換算すると33両に 相当したという。10両あれば10人家族が1年間 は楽に暮らせたそうだから、ずいぶんの額とい える。
大阪天満の寒天問屋の主和助は、大火で焼失 した天満天神宮の再建への寄進のため、苦労し て調達した銀二貫を抱えて天満宮へ向かってい た。途次、武士同士の遺恨の斬り合いに出会う。 片方が斬殺され、10才位の息子が残された。和 助は抱えていた銀二貫を相手の武士に渡して少 年の命を救う。天涯孤独となった少年は和助の 勧めを聞き入れ、武士を捨てて寒天問屋に奉公 することを決意する。武家の身分から商人の奉 公人(丁稚)になるなど、通常は考えられない ことだが、状況の推移や会話のやりとりが、こ の経緯をさほど無理と感じさせない。寒天問屋 での修業は筆舌に尽くし難い程苛酷なものだっ たが、挫けず、ひたむきに生き、和助等周囲の 人達の温情に支えられて成長し、のれん分けを してもらうに至る。少年時代の淡い初恋の少女 とは20年の歳月を経て結ばれる。ここに辿りつ くまでの経過は波瀾万丈であり、筋立てのテン ポもよく、息もつかせぬものがある。
著者の髙田郁は兵庫県生まれで今も関西に住 む。2008年にデビューした由で、時代小説家と しては新人の部類であろう。だがシリーズ書き 下ろし3部作「みおつくし料理帖」もそうであっ たように、展開の巧妙さ、細部までの行き届い た描写、登場人物の性格の魅力(悪役もそれな りの)もあって、エンターテイメントの要素が 充分整っており、新人らしからぬところがある。
この人は書いているうちに何か調べたいこと がでてくると、他人に聞いたりネットで検索し たりということをせず、自分の眼で確かめない と気がすまないのだそうだ。そのためだけにわ ざわざ上京して、ホテルから国会図書館に通い つめたりする。今のところ書いているのは料理 ものだけだが、実際に自分でその料理を作り、 味わって、納得できたら筆を進めるのだとい う。「銀二貫」を書いているとき、友人が用あっ て電話したら「いま、寒天煮ているところなん よ」といわれて唖然としたそうだが、そうでな ければ料理に関わる本当の小説は書けないとい う信条なのだろう。
藤沢周平、池波正太郎亡きあとも、江戸時代 の庶民生活ものを書く作家は多数輩出してきて いる。しかし、両大家を継ぐといえる人は、少 なくとも男性作家には見当たらない。山本一力 が頑張っているがいま一つ物足りない。浅田次 郎、逢坂剛といったベテラン達もすばらしい力量 を示すかと思えば、案外つまらないものが あったりする。その点、女流では杉本章子、宇 江佐真理、諸田玲子といった人達が安定した力 を見せていて、女性優位の傾向がみえる。そこ へまた頼もしい人が出てきたわけで、これから が楽しみといってよいだろう。
『銀二貫』
| 著者 | 髙田 郁 |
|---|---|
| 出版社 | 幻冬舎時代小説文庫 |
| 価格 | 630円(税込) |