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『伝える力』
大滝 一
私の読書法はかなりいいかげんです。大体いつも3冊の本を持ち歩き、時間があればそのどれかを読むといったスタイルをとっています。3冊とは、まずは『1Q84』のような比較的長編で読むのに時間のかかる小説、そして『ニーチェの言葉』や『菜根譚』などの文章が極めて短く1分程度で読めるもの、最後がその中間に属するもの、といった3冊です。この「長、短、中間」から時間をみて選択します。
今回紹介するのはその「中間」に入り、最近読んでなるほどと思った『伝える力』です。著者は池上 彰さん。彼はテレビや出版業界で今大活躍中の元NHKのジャーナリストで、民放テレビでレギュラー番組を持つほどに人気があります。著者は2005年までの11年間、NHK総合テレビの「週間こどもニュース」で子供達の質問に分かりやすく答えるお父さん役をこなしていました。私も何度かその番組を見て、人に聞くには恥ずかしいような時事問題が分かったような気がしたことを覚えています。子供たちに「日本銀行」を分かりやすく説明するのは大変だったそうです。さて自分では・・・・確かに難しい。その前に日本銀行そのものが分かっていない。
私は今回の『伝える力』の前に、池上さんの『知らないと恥をかく世界の大問題』を読み「発展する国かどうかは、書店を見ればわかる」「ユダヤ人とアラブ人の陣取り合戦」「私たちは年金をもらえるのか?」「二酸化炭素がカネになる」などで思わず「うーん、なんと面白く分かりやすい!」と感心してしまいました。
そこで池上さんの著書をさらに読みたくなり、書店に平積みされていたこの本を手に取りました。私が買ったのが8月で、帯にはこの時点で70万部突破とあり、現在は100万部突破となっていますから読まれた方も多いかと思います。
さてその『伝える力』は、副題に『「話す」「書く」「聞く」能力が仕事を変える!』とあり、主にビジネスパーソンを念頭に置いて書かれたとのことです。これがなかなかで、医師である私にも参考になることがぎっしり詰まっています。
たとえば「自分がしっかり分かっていなければ、伝えることは難しい」「分かったつもりは怖い」や「10秒あればかなりのことが言える」などです。
日常診療において、自分の専門科、専門領域に関することはいいとして、他科領域のことについてもよく聞かれます。しっかり理解していないと分かりやすく答えることはできません。すべては無理にしても、ある程度のことは可能な限り患者さんにきちんと答えたいものです。決していいかげんなことは言えません。危ない、危ない。
また「分かったつもりは怖い」は、著書の内容と少しニュアンスは異なりますが、丁寧に説明し分かってもらえたと思っていたら、患者さんは都合のいいことを曲がった形でしか覚えていない。よくあることで一旦振り出しに戻るわけですが、それでも今一つということも少なくありません。とほほです。
「10秒あれば・・・・」これはどうでしょう。3分間診療という言葉もありますが、簡潔かつ明瞭に話すことが肝要かと思います。患者さんが一日100人を超えてくると、30秒診療ということも現実にあります。これでいいとは思っていませんが、現状ではいたしかたのないところです。しかし、あらためて「さあ10秒お話し下さい」と言われるとこれがけっこう話せます。ぜひ試してみてください。
他に「謝ることは危機管理になる」では、ちょっとした一言がその場を和ませ、気まずくなることを防ぐと述べています。これは言えます!私も市民病院時代には患者さんとうまくいかないこともままありました。誰にでも経験があると思いますが、一旦良からぬ方向に行くと改善には大変な努力が必要です。
「お待たせしてすみませんね」「この暑い中、遠くからご苦労さんですね」など、謝りではなくてもちょっとした言葉で患者さんの表情が瞬時に柔らかくなるのが分かります。こちらも診療が楽しくなり、信頼関係を築くための一助にもなります。 話はそれますが、モンスターペイシャントは本当に困ったものです。市民病院時代に3時間半も外来で私をどなり続けたスーパーモンスターがいました。今どうされているのでしょうか?最初のころの対話が違っていればいい方向に向かっていたのか、今も自問しています。
その他にも「氾濫するカタカナ用語」は本当のところ分かっていない。「〜性、〜的はごまかしが利く」は便利だが話が曖昧になる。「小さい子がよく使う『そして、それから』はなるべく使わない」は文章として格を高める。逆説の場合はいいとして「順説の『が』はさける」は文の前後関係が分かりにくくなる。など参考となることがたくさん書かれています。私もこの順説の『が』は気をつけていますが、今、この原稿を書いている最中でも悩まされています。
発表についても言及されています。分かりやすい説明に図解は極めて大事ですし、その手段としてこのところはパワーポイントが頻用されています。確かに便利で私もよく使っています。ただし著者は「注意すべき点あり、説明よりパワーポイント作り自体が目的になっている人が多い」と述べています。
私も講演では、耳鳴りの説明にセミを何匹か飛ばしたり、一休みのところで猫の写真を入れたりしています。パワーポイントで図などを作ること自体が本当に面白いのです。前述の著者の言葉で、今まで私の講演を聞かれた方々はどう感じたのかと思うと、少し恥ずかしいような気もします。
息子にも「こーんなのができたよ」と自慢したら、大学の卒論発表では「内容重視で、お父さんみたいなことはしないように最初に注意されたよ」とのことでした。ちょっとがっかりもしましたが・・・卒論と講演は違うし・・・と自己弁護しています。
さて皆さん、この文章を読まれていかがだったでしょうか。『伝える力』を分かりやすくお伝えすることができたでしょうか?どうも心配です。分かりにくいところもあるかと思いますので、その点は『伝える力』でご確認ください。
伝えることはできます。しかし、分かりやすく伝えるにはそれなりの配慮と努力を要します。ちょっと骨は折れますが、日ごろの生活や診療の小さな社会においてとても大事なことです。それがひいては国や世界といった大きな社会にも通じることのように思われます。わかりやすくゆきたいものです。日常生活も世界もより良い方向へと変わるかもしれません。
PHPビジネス新書028 『伝える力』
| 著者 | 池上 彰 |
|---|---|
| 出版社 | 株式会社PHP研究所 |
| 価格 | 800円(税別) |