新潟市医師会会報より

新潟市医師会

『孤愁〈サウダーデ〉』(文春文庫)

笹川 富士雄

最近父を亡くした。父は特に読書が好きでいつも何かを読んでいたのを思い出す。ちょっとしたことでも父のことを思い出して胸が締め付けられる思いがまだ続いている。

この本は、新田次郎の絶筆である。毎日新聞連載中に心筋梗塞で倒れ、息子、藤原正彦の腕の中で息を引き取った。その翌日、藤原正彦は父親の無念を晴らそうとこの作品を完成させることを霊前に誓ったという。その後、数学者としての忙しい日々の合間に、父親が遺した取材ノート、資料や新たに集めた資料を読み、父親が取材で訪れたポルトガル、マカオ、長崎、神戸、大阪、徳島を何回も訪れ、しかも父親が泊まった同じホテルに泊まり同じ食事を取り同じ人に会うという念の入れようであった。そして32年の歳月をかけて、新田次郎生誕100年の年に完結させた。その能力はもちろんのこと、父親に対する強い結びつきに感銘を受ける。

週刊新潮に連載中の人気コラム「管見妄語」で何度かその話が出ていた。いつか読もうと文庫本が出たときに購入して本棚に並べていたものを、父の死を契機に読み始めた。1,500枚、715ページと大作であったが、飽きることなく一気に読み終えることができた。

この作品はポルトガル人、ヴェンセスラオ・デ・モラエスの半生を描いたものである。モラエスは海軍軍人であるとともに外交官、文筆家、生物学者と多くの顔を持つ。外交官としてはマカオの港務局副司令、広東総領事、阿片密輸取締長官を歴て神戸領事を務めた。海軍軍人としては海軍士官学校を首席で卒業、数学と語学が抜群であり海軍少佐として活躍したという。モラエスは「もう一人の小泉八雲」と言われ海外への日本文化の紹介者として有名である。

物語は、マカオから日本の長崎に船で訪れたときの日本の青い海、緑深い小島などの美しい景色の描写で穏やかに始まるが、実はモラエスは本国からある密命を受けていた。当時、ポルトガルは国運が衰退し、フランス公使館に事務代理を委任していた。時代は日本と清国が戦を始めようとしている時でフランス公使を仲介に日本の海軍・陸軍のしかるべき人との交渉、それを利用してフランス公使や日本海軍から逆に依頼されたことの解決など読者を飽きさせない。果たしてその交渉はうまくいくのか。外交の要諦が随所に語られている。

かれ結婚の申し込みをするモラエス、そして神前で挙げた結婚式。心優しいモラエスの気持その間、およねとの運命の出会い、再会、そしてその美しく楚々とした上品なおよねに惹ちがページに溢れてくる。モラエスは神戸領事を務める傍ら、日本の文化、習慣、人々の営み、とりわけ日本の女性を賛美する記事を「ポルト通信」に送り本国ポルトガルに紹介した。それらはポルトガルで評判になっていたという。

しかし、幸せな日々はあっという間に過ぎ、およねは若くして亡くなり、年老いたモラエスはある大きな決断をすることになる。晩年のモラエスは神戸からおよねの故郷徳島に移り、およねの墓を毎日訪れてその墓を護り、およねと遠い故郷ポルトガルを思う「孤愁(サウダーデ)」の毎日を過ごす。サウダーデとは「別れた恋人を思うことも、死んだ人のことを思うことも、過去に訪れた景色を思い出すこともすべてサウダーデ、また、過去を思い出すだけでなく、そうすることによって甘く、悲しい、切ない感情に浸り込むこと」と説明されている。これはポルトガル人特有の考え方であるが日本人も似たような考え方を持っているようである。もはやモラエスは過去にも未来にも現在にも希望が持てずサウダーデによって生きていた。

そして、モラエスは75歳で亡くなる。遺体は荼毘に付され、遺骨はおよねの隣にある、およねの親戚で年老いたモラエスの世話をしたコハルの墓に入っている。

読後の余韻はいつまでも続き、深く人生を考えさせてくれる一冊としてご紹介したい。

『孤愁〈サウダーデ〉』(文春文庫)

著者 新田次郎・藤原正彦
発行所 株式会社 文藝春秋
定価 本体1,150円+税
発売日 2015年5月8日
このページの先頭へ
©2013 Medical Association of Niigata City.