浅井 忍
なぜ、アメリカはドナルド・トランプを大統領に選出するようなとんでもない国になってしまったのか。本書はそれを解き明かすアメリカの精神文化史である。
2016年の大統領選が始まったときに、著者は本書を書き出して2年が経っていて、トランプが共和党の予備選で先頭に立ったのには驚きかつぞっとしたが、満足感を覚えたという。それは著者の理論が正しかったことが政治の場で証明されたからだ。大統領になるとトランプは、自分にとって不都合な報道を、すべて「フェイク・ニュース」と呼ぶようになった。大統領就任式の観衆数がメディアの発表と大幅に違った際には、オルタナティブ・ファクト(もう一つの真実)という言葉を使った。このような政治を「ポスト真実」の政治と呼ぶ。ポストには「脱」という意味があり、客観的な事実よりも個人的信条や感情が重視される政治である。
著者は、アメリカではトゥルーシネス(本当らしく聞こえる嘘)、つまり直感的に物事を真実だと信じることが1960年代に爆発的に広まったと見ている。エリートを嫌悪し、科学的事実を否定し、主観的に物事を判断する傾向である。やがて、この傾向は数世紀にわたって形成されてきたことに気づいたという。
ピルグリム・ファーザーズは、プロテスタントのうちの急進派であるピューリタンのそのまた過激な分離派ピューリタンである。著者は、アメリカは常軌を逸したカルト教団によって建設された国であると諧謔的な言い方をする。
アメリカは宗教国家である。アメリカ人の70%以上がキリスト教徒で、そのうち70%はプロテスタントである。アメリカ人のうち、天国の存在を信じる人は85%、地獄の存在を信じる人は75%いるという。天国や地獄を信じるということは、取りも直さず悪魔を信じることであり、その他の摩訶不思議な出来事も信じるということである。アメリカ人はどの先進国に暮らす人びとより、はるかに強く超自然現象や奇跡を信じている。
神と進化について、アメリカ人は大体、三つに区分できるという。進化論を信じている人が1/3、神が長い時間をかけ、おそらくは進化を利用して生物を創造したと考えている人が1/3弱、そして人間やそのほかの生物はこの世が始まって以来、現在の形で存在していると確信している人が1/3以上である。
アメリカは熱狂的なキリスト教信者と夢想家、あるいは詐欺師とそのカモによって、まるでファンタジーランドのようになってしまったという。アメリカの狂気と幻想は次のような人びとや現象によって作り上げられていった。それは、セイラムの魔女裁判(1692年)、モルモン教を創始した(1830年)ジョセフ・スミス、「バーナム効果」で有名な興行師のP・T・バーナム、超越主義を主張したヘンリー・デヴィット・ソロー、異言(学んだことのない異国の言葉を話すこと)、ハリウッド、サイエントロジー、陰謀論、ウォルト・ディズニー、伝道師のビリー・グラハム、ロナルド・レーガン(選挙演説でハルマゲドンという言葉を繰り返し使い、政治日程を妻のナンシーが占星術で決めていた)、絶大な人気を誇るトーク番組の司会者オプラ・ウィンフリー、トランプなどである。さらに、ワクチン不要論やホメオパシー礼讃、銃へのこだわりやドラッグ依存、カルト的プロテスタント教団の隆盛などがある。インターネットの登場は、はびこる狂気と幻想により一層の拍車をかけた。
アメリカ人が一時的に道を外しただけならいずれ正しい道に戻ってくるだろう。しかし、もはやこの傾向はアメリカ国民のDNAに深く刻み込まれているという。現在、トランプの支持率はおよそ40%、共和党内では9割に達する。矛盾が持つ力で最も恐ろしいのは、繰り返し矛盾に接すると、真実を重視する感覚が鈍ることだ。次もトランプだろうか?
ちなみに、トランプはドイツ系移民の子孫であり、著者の祖先はピルグリム・ファーザーズの次にアメリカにたどり着いた清教徒であるという。
『ファンタジーランド 狂気と幻想のアメリカ500年史 上・下』
著者 | カート・アンダーセン 山田美明・山田文 訳 |
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出版 | 東洋経済新報社 |
発行年 | 2019年 |
(令和元年12月号)