新潟大学大学院医歯学総合研究科 耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野 堀井 新
Ⅰ.はじめに
めまいはその発症様式から前庭神経炎などの急性めまい、メニエール病や良性発作性頭位めまい症(BPPV)のような発作性めまい、症状が3か月以上持続する慢性めまいに分けられる。慢性めまいには神経変性疾患によるめまいや心因性めまいが含まれるが、2017年にめまい最大の国際学会であるBarany学会は持続性知覚性姿勢誘発めまい(Persistent Postural Perceptual Dizziness, PPPD)という慢性に経過する機能性疾患を定義した1)。PPPDに該当する疾患は旧日本平衡神経科学会が策定した、めまいを引き起こす16疾患2)(表1)には含まれておらず、強いて言えばPPPDは日本の定義では「めまい症」に包括される。現在、各種平衡機能検査、画像検査、心理検査などで精査しても原因がはっきりせず表1のいずれにも該当しない場合は、「めまい症」という疾患名が与えられる。いったんめまい症と診断されれば原因不明のため、訴えがあっても患者は治療されず放置されることとなる。日本の統計では施設にもよるが、めまい症はめまいを訴える患者の20−25%におよぶ。PPPDの類縁疾患である恐怖性姿勢めまい(Phobic Postural Vertigo, PPV)は30年前にBrandtらによりドイツから発信された疾患概念であるが、ドイツのめまい統計3)(表2)ではBPPVに次いで2番目に多い疾患で、めまいの約16%を占める。この数字は日本の統計のめまい症に匹敵するものであり、日本ではPPVあるいはPPPDがめまい疾患として認知されていないため、めまい症の比率が高いのではないかと考えられる。PPPDにはSelective Serotonin Reuptake Inhibitor(SSRI)を用いた薬物治療や前庭リハビリテーションあるいは認知行動療法などの精神療法が有効であり、もしめまい症の多くあるいは少なくとも一部がPPPDであれば、これまでめまい症として放置されてきた疾患の治療への道が開けることになる。本稿ではPPPDの診断基準を中心にその疾患概念や治療法について解説する。
Ⅱ.持続性知覚性姿勢誘発めまい(Persistent Postural Perceptual Dizziness: PPPD)の診断基準4)
PPPDは以下の基準A~Eで定義される慢性の前庭症状を呈する疾患である。診断には5つの基準全てを満たすことが必要である。
A.浮遊感、不安定感、非回転性めまいのうち一つ以上が、3ヶ月以上にわたってほとんど毎日存在する。
1.症状は長い時間(時間単位)持続するが、症状の強さに増悪・軽減がみられることがある。
2.症状は1日中持続的に存在するとはかぎらない。
B.持続性の症状を引き起こす特異的な誘因はないが、以下の3つの因子で増悪する。
1.立位姿勢
2.特定の方向や頭位に限らない、能動的あるいは受動的な動き
3.動いているもの、あるいは複雑な視覚パターンを見たとき
C.この疾患は、めまい、浮遊感、不安定感、あるいは急性・発作性・慢性の前庭疾患、他の神経学的・内科的疾患、心理的ストレスによる平衡障害が先行して発症する。
1.急性または発作性の病態が先行する場合は、その先行病態が消失するにつれて、症状は基準Aのパターンに定着する。しかし、症状は、初めは間欠的に生じ、持続性の経過へと固定していくことがある。
2.慢性の病態が先行する場合は、症状は緩徐に進行し、悪化することがある。
D.症状は、顕著な苦痛あるいは機能障害を引き起こしている。
E.症状は、他の疾患や障害ではうまく説明できない。
【注】(以下抜粋)
1)症状は、1ヶ月のうち15日以上存在する。ほとんどの患者は毎日あるいはほぼ毎日、症状を自覚する。症状は、その1日の中で時間が進むにつれて増強する傾向にある。
2)基準Bの3つの増悪因子すべてを経過中に認める必要があるが、それらが同等に症状を増悪させなくてもよい。患者は、前庭症状の不快な増悪を最小限にするために、これらの増悪因子を回避しようとする場合があり、そのような回避が見られたときはこの基準を満たすと考えてよい。
a.立位姿勢とは、起立あるいは歩行のことである。立位姿勢の影響に特に過敏な患者は、支えのない座位で症状が増悪すると訴えることがある。
b.能動的な動作とは、患者が自ら起こした動作のことである。受動的な動作とは、患者が乗り物や他人によって動かされることである(例:乗り物やエレベーターに乗る、馬などの動物に乗る、人ごみに押される)。
c.視覚刺激は、視覚的環境の中の大きな物体(例:行き交う車、床や壁紙のごてごてした模様、大画面に表示された画像)の場合もあり、あるいは近距離から見た小さな物体(例:本、コンピュータ、携帯用の電子機器)の場合もある。
Ⅲ.病態の解説
診断基準にもあるがPPPDの特徴は、①慢性の浮遊感で、②何らかの急性めまいエピソードが先行すること、③立位、体動、視覚刺激による症状の誘発が見られること、である。他の前庭疾患や精神疾患を合併する場合もあるが、これらの症状が合併する前庭疾患や精神疾患のみでは説明できないこともポイントである。例えば前庭神経炎後の代償不全では、半規管麻痺が残存し体動で浮遊感が誘発されるが短時間であり、PPPDでは一旦誘発された症状は長時間持続する。逆に患者の症状が合併する疾患で十分説明できる場合は似た症状であってもPPPDとは診断しない。不安症やうつが1次性に慢性のめまいや浮遊感を引き起こす場合もあるが、PPPDで見られるような立位、体動や視覚刺激による悪化は精神疾患のみでは説明不可能である。図1にPPPDの病態に関する仮説を提示する1)。PPPDの70%では前庭疾患など何らかの器質疾患(a)が先行し、元から合併していたり続発した不安症などの心理要因により悪化し機能性疾患(PPPD)へ移行する(大きな横方向の矢印)。残りの30%のPPPDは、急性の心理ストレスによる精神疾患(b)が先行し、機能性疾患(PPPD)へ発展していく。PPV(恐怖性姿勢めまい)では不安症・恐怖症・抑うつなどを合併することが定義に含まれるが、PPPDでは器質的前庭疾患や精神疾患は併存することもあるが定義には含まれていない。PPPDは、急性胃腸炎(器質疾患)を先行疾患として続発した機能性疾患であるpost-infectious IBS(irritable bowel syndrome)と対比して考えると理解しやすい。
視覚や体動による誘発に関しては、急性めまいに対して生体が適応反応(例:前庭障害後に姿勢制御を視覚優位へシフトさせるなど)を示し当初あった急性めまい疾患が軽快した後も、同様の適応反応(例:視覚優位な姿勢制御)が持続している場合、これが過剰適応となり、逆に以前にはなかった些細な視覚刺激でめまいが誘発されるなどの機序、が考えられている。逆に体性感覚優位へシフトし適応し5)、それが残存した場合は、先行疾患軽快後に体動で悪化することが考えられる。
Ⅳ.診断と治療
PPPDの検査所見に関しては特徴的な報告はなく、末梢前庭疾患の合併がない限り平衡機能検査で異常は示さない。心理検査では不安症やうつを合併することが多い。よって、PPPDの診断には上記診断基準に沿った丁寧な問診が不可欠である。
我々は慢性めまい(PPPDに限らない)のうち、HADS(Hospital Anxiety and Depression Scale)が高くうつや不安症などを合併する例にはSSRIがめまいの自覚症状を改善させるが、HADS低値例では効果がないことを報告した6)。一方、PPPDは精神疾患を合併する場合もしない場合もあるが、いずれの場合もSSRIが有効である7)。前庭リハビリテーション8)や精神療法の一種である認知行動療法9)がPPPDに有効であるとの報告もある。いずれにせよ、めまい症と異なり、PPPDに関しては有効な治療が複数報告されている。よって、PPPDは治療の対象であり治癒せしめうる疾患であることを患者、耳鼻科医、めまいを診る一般内科医へ啓蒙していく必要があると考える。
参考文献
1)Staab JP, Eckhardt-Henn A, Horii A et al.: Diagnostic criteria for persistent postural-perceptual dizziness(PPPD): Consensus document of the Committee for the Classification of Vestibular Disorders of the Bárány Society. J Vestibular Res, 27: 209-215, 2017.
2)めまいの診断基準化のための資料 1987年めまいの診断基準化委員会答申書Equilibrium Res, 47: 245-273, 1988.
3)Brandt T: Vertigo. Its multisensory syndromes, second edition, Springer-Verlag, London, pp23-48, 2001.
4)堀井 新:Barany Societyによる心因性めまいの新分類と持続性知覚性姿勢誘発めまい(PPPD)の診断基準. Equilibrium Res, 76: 316-322, 2017.
5)Okumura T, Horii A, Kitahara T et al.: Somatosensory shift of postural control in dizzy patients. Acta Otolaryngol, 135: 925-930, 2015.
6)Horii A, Imai T, Kitahara T et al.: Psychiatric comorbidities and use of milnacipran in patients with chronic dizziness. J Vestibular Res, 26: 335-340, 2016.
7)Staab JP, Ruckenstein MJ, Amsterdam JD. A prospective trial of sertraline for chronic subjective dizziness. Laryngoscope, 114: 1637-1641, 2004.
8)Thompson KJ, Goetting JC, Staab JP et al: Retrospective review and telephone follow-up to evaluate a physical therapy protocol for treating persistent postural-perceptual dizziness: A pilot study. J Vestibular Res, 25: 97-103, 2015
9)Holmberg J, Karlberg M, Harlacher U, et al.: Treatment of phobic postural vertigo: a controlled study of cognitive-behavioral therapy and self-controlled desensitization. J Neurol 253: 500-506, 2006.