菖蒲川由郷1)、田代 敦志2)、太田亜里美3)、齋藤 玲子1)
1)新潟大学大学院 医歯学総合研究科 国際保健学分野
2)新潟市保健所
3)新潟県立大学
はじめに
本稿では、新潟市医師会地域医療研究助成による研究「新潟市高齢者のデータに基づく住民主体の健康・介護予防施策づくり」(平成27年)の研究成果を報告する。本研究は「新潟市内の高齢者における疾病・介護リスク要因の評価とGISを用いた視覚化」(平成24~26年)の成果に基づいて、中学校区レベルの見える化ツールであるNIIGATA HEARTの開発、NIIGATA HEARTを活用したワークショップの実施を通して健康づくり・介護予防事業のモデルケースとすることを目的とした。
NIIGATA HEARTの開発
これまでは、「健康とくらしの調査」の結果として、要介護リスクや生活習慣等の指標を27の日常生活圏域単位に見える化した地図を新潟市に提供していた。しかし、27の日常生活圏域単位では同じ圏域の中に異なる地域性が混じるため、さらに細かい中学校区レベルの見える化ツール“NIIGATA HEART”を開発することにした。HEARTはHealth Equity Assessment and Response Tool(健康の公平性評価・対応ツール)の略であり、WHO神戸センターが開発したUrban HEART1)に倣ったものである。地域包括ケアの現場で活動する保健師らが実際に使用するツールとなると考え、保健師らの分かりやすさ、現場での使いやすさを考慮したツールとした。
①用いたデータ(健康とくらしの調査)
全てのデータは平成25年11月に実施した「健康とくらしの調査」から得た。「健康とくらしの調査」は以下の要領で実施した。
調査の形式:自記式アンケート調査票「健康とくらしの調査」(全14ページ)を郵送で発送・回収した。
調査期間:平成25年11月11日 発送
平成25年11月25日 回収〆切
対象者の抽出:新潟市在住の65歳以上高齢者のうち、要介護認定(要支援含む)を受けていない方を中学校区ごとにランダムに合計8,000名抽出した。
本調査は新潟市福祉部高齢者支援課(当時)と協働で実施した。「健康とくらしの調査」は、全国に展開しているJAGES(Japan Gerontlogical Evaluation Study:日本老年学的評価研究)2)の一環として行われた。JAGESは北海道から九州まで全国約30自治体が参加している大規模調査であり、高齢者の健康格差を生み出す健康の社会的決定要因、特にソーシャル・キャピタル(地域の絆、結束の力)を含む地域要因が健康や要介護に与える影響を明らかにする目的で現在も進行中である。新潟市は日本海側初の参加都市として平成25年にJAGES調査を行った。
②インターフェース
これまでもJAGESグループは全国の高齢者調査の結果をWeb上で見えるようにJAGES HEARTという見える化ツールとして参加自治体に提供してきた。JAGES HEARTはWHO(World Health Organization: 世界保健機構)が開発したUrban HEARTに倣い、WHO神戸センターとの共同で開発されたものである3)。しかし、現場の保健師からは項目が多過ぎて、どの項目に注目したらよいのか分からない、使い方も分かりづらい、という感想が寄せられていた。実際に、JAGES HEARTは新潟市では地域の課題抽出のために利用される機会が少なかった。そのような事情から、まず、見える化ツールのインターフェース(はじめの画面)を簡易化することとした。地域の高齢者の健康課題は地域により異なるが、ある程度大別される。そこで、NIIGATA HEARTでは次の6項目を要介護リスクの重要項目として絞り、インターフェースに掲載した(図1)。
・やせ(BMI18.5未満)
・うつ傾向
・認知機能低下
・手段的日常動作(IADL)の低下
・口腔機能の低下
・閉じこもり
地域の課題を抽出したい場合、これらの項目をクリックすることで中学校区ごとの主要な要介護リスク項目の高低が分かり、素早く課題を抽出できる。
③要介護リスクと関連する要因の自動表示
NIIGATA HEARTがJAGES HEARTと異なるもう一つの特徴は、インターフェースがシンプルであることに加えて、要介護リスクと関連する要因が自動的に表示されることである。例えば、やせ(BMI18.5未満)をクリックすると、要介護リスクである“やせ(BMI18.5未満)”の出現率により中学校区毎に塗り分けられた地図が現れる(図2)。
次に、関心がある中学校区を選択すると、選択した中学校区がハイライトされ、地図の下に現れるグラフにより、やせ(BMI18.5未満)の出現率の新潟市内の中学校区での順位がひと目で分かる(図3)。そして、右側のウインドウには“原因となり得る項目”として、やせ(BMI18.5未満)と関連するとされる項目(うつ傾向、独り暮らし、口腔機能低下など)が自動的にリストとして現れる。さらには、それらの項目の高い低いが、選択した中学校区でどうであるかが右側のシグナルの色として表示される。シグナルは、リスクが高い順から低い順に、赤、黄、黄緑、青として色で表現される。シグナルの色が赤や黄であれば、要介護リスクと関連する要因として介入による改善の余地があるかもしれない。たとえば社会参加が黄であれば、趣味の会の参加や地域の茶の間への参加をすすめることが、よりやせ減少にもつながる可能性がある。反対に黄緑や青であれば、要介護リスクとは関連があっても、当該地域では悪くなく、むしろ他の要因によりやせのリスクが上がっているかもしれない。たとえば口腔機能の低下は青色であれば、当該地域ではやせの原因として考えにくいという結果であり、この中学校地区ではやせが少ないのは、口腔機能の維持ができているからとも考えられる(図3)。
④その他の特徴
NIIGATA HEARTはWeb上で閲覧できるため、特別な地図ソフトがなくても、インターネット環境さえあれば閲覧できる利便性がある。また、対象の選択(男性・女性・合算)もワンクリックで可能である。さらに、新潟市の8つの区のいずれかにズームすることも可能であり、特定の区のみを対象とした話し合いやワークショップで使う際に便利である(図4)。各項目の数値は、新潟市の高齢者を対象として実施したアンケート「健康くらしの調査」(平成25年)の結果による。項目の概要や計算方法については、『やせ:自己申告の身長体重よりBMIを算出、BMI<18.5』、というように右下のウインドウに示している。
NIIGATA HEARTを活用したワークショップの実施
実際に地域包括ケアにかかわる地域包括支援センター、地域保健福祉センター、区役所等の保健師を対象とし、地域の課題を抽出するためのワークショップを新潟市福祉部地域包括ケア推進課と協働で開催した。ファシリテータとして大学・研究者が参加した。グループ分けは、中央区、東区、西区のように保健師らが実際に活動している地区別にした。ワークショップの流れとして、STEP1 地域のよい点と課題点を見つける、STEP2 課題点とよい点の原因を探り、対策を考える、STEP3 今後の具体的なアクションについて話し合う、の3段階で構成し、それぞれのSTEPで検討事項が明確になるようにワークシートを用意し各グループに配布した。ファシリテータはグループの議論がスムーズになるように、アイスブレイキングや発言を促すことに注力した。
①STEP1 地域のよい点と課題点を見つける
まず、当日に検討する地域(中学校区)を予め決めておき、その地域のよい点と課題点について、現場で感じている印象を当日までに参加者に記入してきてもらった。その上で、当日はNIIGATA HEARTでデータを確認し、実感とデータを比較し、意見を出し合った。STEP1では、グルーブごとによい点と課題点をNIIGATA HEARTの項目からそれぞれ2つ程度に絞って挙げてもらった。
②STEP2 課題点とよい点の原因を探り、対策を考える
次に、グループごとに、よい点と課題点について、実感として思いつく限りの原因を挙げてもらった。その上で、NIIGATA HEARTで原因となる項目の一覧を確認し、それがデータ上原因となる可能性について検討した。さらに、原因に対する対策を考えつく範囲で挙げてもらい検討した。
③STEP3 今後の具体的なアクションについて話し合う
最後に、対策として出てきた案を、各グループの地域包括支援センター、地域保健福祉センター、区役所といった別々な立場の参加者のいる中で、実際のアクションとして、誰が何をするか、いつやるか、までを具体的に検討した。
ワークショップを終えて 保健師らの感想
地域包括ケアの推進には関わるスタッフの連携が重要である。アンケートからは、「日頃の活動で迷いながらやっていたことをデータをもとに方向性を見いだせてよかった。」、「課題の確認や関係者と共有・課題解決のためのアクションを地域包括支援センターと区で考えられてよかった。」、「一つの課題にしぼって、具体策まで地域包括支援センター・区・地域保健福祉センターで検討できてよかった。」等々、前向きな意見が集まった。また、ふだん接触の機会が少ない部署と一緒に地域の課題を考えることができたのが大きな収穫であったようだった。
NIIGATA HEART公開への道のり
NIIGATA HEARTを使ったワークショップでは現場の保健師から活発な意見が出た。そして、このツールを持ち帰って使いたい、という希望が寄せられるようになった。しかし、Web上で操作できるツールであるだけに、誰もが閲覧できてしまう可能性もあり、データの公開の点で課題が残った。公開について、新潟市との話し合いでは、はじめの調査(「健康とくらしの調査」)の時点で、回答者に対しての承諾が得られていないという理由で、公開は見送ることになった。しかし、追跡調査として実施した「健康とくらしの調査」(平成28年)の際には、視覚化することを含めた同意を回答者からもらうこととし、今後、ツールを広い範囲で活用していけるように一歩前進した。「健康とくらしの調査」の結果を使ったワークショップは平成27年から毎年1回ずつ新潟大学・新潟県立大学・新潟市が協働で実施している。平成28年のワークショップでは完成したNIIGATA HEARTを使い、平成29年のワークショップでは最新のデータを搭載したNIIGATA HEARTの開発が間に合い、平成28年調査のデータによるワークショップが実現した。さらに、平成28年のワークショップまでは原則的に新潟市や区の職員と市の委託先の機関に対象が限られていたが、平成29年からは多職種が加わり、在宅医療ネットワークからの参加もあり、さらなる拡大を遂げた。
高齢者のプライバシーに関わるデータを含むツールであるだけに公開には慎重にならざるを得ないが、地域の福祉・健康課題を抽出し、共有するためには有用なツールであり、今後も活用を促していきたい。また、パスワードによるセキュリティ保護や利用者の規約を明確にするなど、ルールを決めた上で最大限に活用されることを願うものである。
おわりに
これまで、新潟市医師会の地域医療研究助成により調査・研究させていただいた。最後に、本研究にあたり助成をいただいた新潟市医師会と調査を協働で進めて下さった新潟市福祉部地域包括ケア推進課の皆様に、心より感謝申し上げます。本研究は新潟市医師会地域医療研究助成(GC01220151)の支援を受けて実施しました。NIIGATA HEARTの作成やワークショップの開催には、日本医療研究開発機構(AMED)・長寿科学研究開発事業「データに基づき地域づくりによる介護予防対策を推進するための研究」からの助成も受けて実施しました。この開発事業の成果物の一つである『介護予防活動のための地域診断データの活用と組織連携ガイド』の作成にも新潟市の事例が役立ちました(平成29年6月 発行、https://www.jages.net/renkei/chiikirenkei/?action=common_download_main&upload_id=2420)。あわせて感謝申し上げます。
1.WHO神戸センター.都市における健康の公平性評価・対応ツール(アーバンハート)[Available from: http://www.who.int/kobe_centre/measuring/urbanheart/ja/.
2.JAGESグループ. 日本老年学的評価研究 JAGES(Japan Gerontological Evaluation Study)プロジェクト[Available from: http://www.jages.net/accessed 3/29 2016.
3.WHO神戸センター.JAGES HEART: 日本老年学的評価研究による健康の公平性評価・対応ツール[Available from: http://www.who.int/kobe_centre/ageing/j_ages_heart/ja/.
図1 NIIGATA HEARTのインターフェース
図3 関心のある中学校区をクリックした画面
図4 区にズームした画面
(平成30年5月号)