山東第二医院 院長 惠 以盛
要旨
東レ・メディカル社製患者監視装置と連動する緊急地震速報などを備えたBMT(Bridge Motion Tomorrow)社製患者向け情報テレビシステム“ぽぽら®”を用い、震災発生時の患者の心理状況等についてアンケート調査を用いて検討する。
多くの患者は、緊急地震発生時においては、自分が無防備な状態で透析治療を受けていることを理解しており、予告なしに高い震度の地震が発生すれば自分が精神的に混乱をきたし、落ち着いた行動がとれなくなることを自覚している。したがって、患者に落ち着いて行動して貰うためにも地震の揺れの到達前に地震の到来を知らせることは有用であると考える。
緒言
いつ、どこで起こるか予想できない地震は、ベッド上で透析中の透析患者にとっては大きい不安要素の一つであることは言うまでもない。今回、全腎協(社団法人全国腎臓病協議会)が推奨し、地震が発生する直前の緊急地震速報機能などを兼ね備えたBMT社製患者向け情報テレビシステム“ぽぽら®”を用い、震災発生時の患者の心理状態などについて検討を試みた。
“ぽぽら®”について
“ぽぽら®”の意味は、より「ぽじてぃぶ」に、より「ぽっぷ」に、より「らくちん」をテーマに、透析患者の“生きる力”を支援するために開発されたシステムで、テレビの画面でVOD方式の映画視聴および透析進行状況の表示(東レ・メディカル社製患者監視装置と連動)などが可能であり、さらに緊急地震速報の機能を兼ね備えているものであり、当院では本システムを19インチのデジタルテレビとともに導入した。
緊急地震速報システムについて
緊急地震速報システムの概略を示す(図1)。院内設置のホームサイスモ(エイツー社製)という端末に内蔵された地震計により、初期微動であるP波の検知と気象庁から受信する緊急地震速報の早いほうの信号を受けて、実際の揺れであるS波の到着の前に地震発生を警告する。当院では、ホームサイスモを一階の躯体にアンカー固定している。
緊急地震速報画面について
実際の速報画面を示す(図2)。患者がテレビ鑑賞中はもちろん、仮にテレビの電源がついていなくも、地震発生の10秒から20秒前に音声とともに速報画面が現れる。10秒あれば、患者は枕や布団で頭や体を守ることが出来る。当院では震度4以上が予想されるときに表示される設定としている。
対象および方法
当院の190例(男性135例、女性55例)の透析患者を対象した。平均年齢は55.3±15.3歳、平均透析歴は10.6±6.5年であった。
検討方法として、まず緊急地震速報の試験放送訓練を行い、その後に緊急地震速報および地震発生時の行動プランに関するアンケートを行った。
アンケート内容と結果
Q1:『あなたは透析中に地震にあったことはありますか?』の質問には51.7%があると答えた(図3)。
Q2:『Q1で「透析中に地震の経験がある」と答えた人で、透析治療中に地震があった時にどのように感じましたか?』の問いには、“小さな地震なので怖くなかった”と答えた人が53.3%と半数を超えたが、“小さな地震だけど怖かった”が14.4%、“大きな地震なので怖かった”が7.8%と、22.2%の患者が地震の規模の大小に関係なく怖かったと答えていた(図4)。
Q3:『Q2で「怖かった」と答えた人で、どのように「怖かった」ですか?(複数回答あり)』の問いには、“ベッドの上で大きく揺れた”の患者が32.3%、“体が自由に動かせなかった”の患者が25.8%を占め、併せて58.1%の患者が穿刺されベッドの上で体が自由に動かせないからこそ恐怖を感じると答えていた(図5)。
Q4:『透析治療中に震度6以上の大きな地震がきたら、どのように感じると思われますか?(複数回答あり)』の問いには、“冷静に対応できると思う”の患者が39.8%を占めたものの、“すぐに透析室か病院外に出る”の患者が16.8%、“パニックになるほど怖がる”の患者が8.78%をそれぞれ占め、併せて25.5%の患者が地震発生時には自分がパニックに陥ると予想していた(図6)。
Q5:『震度6以上の大きな地震がくる前に、テレビに“ぽぽら®”の緊急地震速報の画面が表示された時、どのように感じると思いますか?(複数回答あり)』の問いには、“落ち着いて身構えられる”の患者が34.0%、“より冷静に対応できる”の患者が32.5%を占め、併せて66.5%の患者が本緊急地震速報により「安心」を提供出来ると答えていた(図7)。
考察
透析患者は生命を維持するために定期的に透析を受ける必要があり、一定時間ベッドの上での治療を余儀なくされる。この際に、地震災害に見舞われる可能性は少なくなく、透析患者は災害弱者に相当すると考えられるため1)2)、咄嗟の場合に自らの身を守る心構えを普段から持ち合わせておく必要がある。
今回、本研究でBMT社製の“ぽぽら®”システムにおける緊急地震速報についての患者アンケートを実施した。“ぽぽら®”の緊急地震速報システムは、実際に病院内に「地震計内蔵の警報装置(ホームサイスモ)」を設置するため、誤報や遅延も少なく、より確実に地震発生を伝えることができる。テレビを鑑賞中はもちろん、電源が付いていないテレビも、強制的に「オン」することにより就寝中の患者に対しても警報を発することが出来る。また、ホームサイスモは大型スピーカーや大型トレーラーによる振動に伴う誤作動を避けるため、建物の躯体にアンカー固定されるよう定められており、当院でも一階の躯体にアンカー固定を行った。
初期微動であるP波の検知は、気象庁からの信号より早く検知されることが多いものの、震源地から遠すぎる場合には気象庁からの情報で発報される場合がある。
また、ホームサイスモの内臓地震計の最低設定震度は4度であり、気象庁からの予想設定震度1度と差があるため、震度によっては震度4未満ではホームサイスモが検知しない場合が考えられる。
透析診療中は僅かな地震でも緊張してしまうものであり、地震の揺れがくる10秒から20秒前に患者に地震発生を知らせることで、命を守る手段の一つとなり得る。赤塚3)は透析施設における4つの地震対策を提言し震度6強までの地震では透析施設の被害が完封できるとしているが、今回の“ぽぽら®”の緊急地震速報のシステムも地震対策の大きな一助になり得る可能性を内包している。
現段階の課題としては、①震源地があまりにも遠い場合や、かなり深い場合にはP波の検知が不正確になること、②建物自体が免震構造であった場合はホームサイスモが発報しないこと(この場合、メーカーでは設置を推奨していない)、③ホームサイスモ自体の固定が不十分であった場合は誤検知となる可能性があること、などが挙げられる。
幸いにして、当院では2011年10月に本システム導入以降、緊急地震速報が稼働するレベルの地震は経験していない。しかし、本システムのように考える地震対策設備を備え、システムの特徴を患者に説明して、いざという時の安心感を供与出来ることは大変意義深いと考えている。
このホームサイスモの検知P波は秒速8kmであり、実際の揺れであるS波は秒速4kmであるため、その秒速4kmの差を利用した本システムは、透析中に発生した地震の際に、患者に安心感を与え、僅かな時間に身を守る猶予を確保出来得る画期的なシステムだと考えられる。
結語
今回のアンケート結果により、多くの患者は、自分が無防備な状態で透析治療を受けていることを理解しており、強い地震が発生すれば自分が精神的に混乱を来し、落ち着いた行動がとれなくなることを自覚していることがわかった。よって、患者に落ち着いて行動して貰うためにも地震の揺れの到達前に地震の到来を知らせる“ぽぽら®”のシステムは地震対策として有用であると考えられた。
本論文に関して、開示すべき利益相反状態はない。
文献
1)森上辰哉、申 曽洙:阪神・淡路大震災での被災経験から学んだ透析医療現場の災害対策.日本集団災害医学会誌;15:157-164、2010
2)武田稔男:新潟中越地震における(社)日本透析医会災害情報ネットワークの検証.日本集団災害医学会誌;10:280-284、2006
3)赤塚東司雄:透析中に地震が起きたらどうすればいいですか?起こる前にやっておけることはありますか? 透析ケア(夏季増刊);246-248、2008