白根緑ヶ丘病院 佐野 英孝
はじめに
昨今、テレビ、新聞の報道で高齢者の運転による自動車事故の増加が問題となっており以下の様な痛ましい事故も起きている。
平成24年11月宮崎県えびの市で軽トラックが路側帯に突っ込み、下校中の小学校2年生の児童3人を次々とはねた。男児の1人は重体となり、現在も意識は戻っていない。運転していた76歳の男性には認知症の症状があり、かかりつけの医師や家族から運転をやめるよう注意されていたが「たいしたことはない」と運転を続けていた。平成25年9月、宮崎地裁都城支部で自動車運転過失傷害と道路交通法違反の罪により懲役1年2カ月の実刑判決が言い渡された。弁護側は裁判で、「認知症で心神耗弱の状態だった」と主張した。だが判決では責任能力あり、と判断された。判決は「わずかな出費を節約するために車を運転した態度は非難を免れない」と厳しく指摘し執行猶予をつけなかった。その後男児の両親が車を運転していた男性とその妻と子に約3億6000万円の損害賠償を求めて提訴した。原告側は男性には認知症の症状があり、医師から運転を控えるよう指導されていたとして、家族にも「運転を阻止する義務があった」と主張した。
平成29年3月12日より道路交通法の改正により75歳以上の高齢者講習(認知機能検査、実技検査)にて認知症の疑いがある第1分類(認知機能検査100点満点中49点以下)の者には、医師による診断書の提出命令が義務付けられるようになった(図1)。医師による診断書はかかりつけ医が記載し判定することが可能である。かかりつけ医が判断することが困難なケースについては専門医療機関の医師、認知症疾患医療センターの医師による診断書の判定が行われる。
新潟県には認知症疾患医療センターが現在9か所ある。当院は新潟市認知症疾患医療センターを併設し運用しており運転免許センター(聖籠町)より判定の依頼があると外来受診にて認知症の診断、判定を行っている。『かかりつけ医向け認知症高齢者の運転免許の更新に関する診断書作成の手引き』が日本医師会より発行されており、ホームページよりダウンロードが可能である1)。
以下に診断書を作成する場合のポイントについて述べていく。
診断
① アルツハイマー型認知症
② レビー小体型認知症
③ 血管性認知症
④ 前頭側頭型認知症
(前頭側頭型認知症は前頭側頭葉変性症の中の1疾患であり、他に意味性認知症、進行性非流暢性失語の2疾患がある。これらの2疾患であれば⑤に記載する)
⑤ その他の認知症(甲状腺機能低下症、脳腫瘍、慢性硬膜下血腫、正常圧水頭症、頭部外傷後遺症等)
⑥ 認知症ではないが認知機能の低下が見られ、今後認知症となるおそれがある。
(軽度の認知機能低下が認められる・境界状態にある・認知症の疑いがある等)
⑦ 認知症ではない。
⑥は軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)の状態と考えられる。MCIとは認知症ではないが認知機能の低下が見られ、今後認知症となる可能性がある状態である(但しMCIの全例が認知症に移行する訳ではない)。後述のMMSEでは24~27点が該当する。⑥を選択した場合、原則として6ヵ月後に臨時適正検査等を行うこととされている。
所見
認知症の重症度は生活能力により以下のように分類される。
基本的日常生活動作(BADL)
Basic Activities of Daily Living
手段的日常生活動作(IADL)
Instrumental Activities of Daily Living
軽 度 IADL障害を認めるがBADLは自立
中等度 BADLが部分的に障害
重 度 BADLが全体的に障害
他にはCDR(Clinical Dementia Rating)、 FAST(Functional Assessment Staging)(図2)等の観察式評価尺度も記載しておく。CDRについては診断書記載ガイドラインに詳細が記載されているので参照されたい。これらは質問式のHDS-R:改訂長谷川式簡易知能評価スケールまたはMMSE:ミニメンタルステート検査が視覚、聴力障害により十分行えない場合や、前頭側頭型認知症で見られるように考え無精、立ち去り行動により質問式検査に協力的でない場合に重症度判定を行うのに有効である。
また筆者の場合は本人、家族の同意を得て、車にこすった等の破損があれば実際の車を見せてもらい状況を確認する事もある(写真1)。
身体・精神の状態に関する検査結果
1.認知機能検査・神経心理学的検査
質問式のHDS-RまたはMMSEは必ず実施する。両者には共通の質問項目もあるので同日同時施行をして判定する場合もある。
HDS-R 30点満点
(20~30:正常範囲 16~19:軽度の認知機能低下 12~15:中等度の認知機能低下 5~11:やや高度の認知機能低下 0~4:非常に高度の認知機能低下)
1.年齢:見当識、遠隔記憶
2.時間見当識
3.場所見当識
4.3つの言葉:即時想起(即時記憶、復唱)
5.計算(注意機能、実行機能)→実行機能(ワーキングメモリー)とは、複雑な課題の遂行に際し、課題ルールの維持やスイッチング、情報の更新などを行うことで、思考や行動を制御する認知システムの総称。
6.数字の逆唱:短期記憶、言語理解
7.3つの言葉:遅延再生(近時記憶)
8.5つの物品名称:視覚認知(失認)、短期記憶
9.野菜名想起:言語理解、注意機能、実行機能
MMSE 30点満点
(28~30:正常範囲 24~27:軽度認知障害 21~23:軽度の認知機能低下 11~20:中等度の認知機能低下 0~10:高度の認知機能低下)
1.時間見当識
2.場所見当識
3.即時想起(即時記憶、復唱)
4.計算(注意機能、実行機能)
5.遅延再生(近時記憶)
6.物品呼称(視覚認知、言語理解)
7.文の復唱(言語理解)
8.口頭指示(言語理解、注意機能、実行機能)
9.書字指示(言語理解)
10.自発書字(言語理解)
11.図形模写(視空間認知機能)
点数の記載と共にどの項目で失点があったかを記載しておく。
アルツハイマー型認知症は、記憶、見当識、視空間認知機能の項目の失点が主である。レビー小体型認知症では、意識レベルの低い時に行うと注意機能の低下により注意機能に関する項目(計算、野菜名想起等)、全体の点数が低めに出る傾向にある。必要であれば時間、日を変えて再検査の必要も生じる。前頭側頭型認知症であれば注意力機能の低下により関連項目(計算、野菜名想起等)の失点が主である。意味性認知症では言語理解の項目の失点が主である。
前頭側頭型認知症、レビー小体型認知症は初期のうちであればHDS-R、MMSEの点数は正常範囲内の場合も多いが、すでに危険な運転をしているケースもある。認知症重症度は上記点数のみではなく本人の症状、経過、画像検査、運転状況により総合的に判断する事が重要である。
2.臨床検査
血液一般 特に血糖、電解質は意識レベルに影響を与える場合があるので必ず施行する。
画像検査(CT、MRI、SPECT PET等)
診断書作成にあたって画像診断は可能であれば行う事が望ましいが臨床症状、経過より診断が確定していれば必ずしも必須でないと考えられる。画像診断は有用であるが、症候学(症状・経過の詳細な聴取)も大変重要である。
認知症による運転の特徴
1.アルツハイマー型認知症の運転
写真2(海馬の萎縮がみられる)
記憶障害、見当識障害により行き先を忘れ道に迷う。いつも行き慣れた場所に出かけても全く違う方向に運転して行く場合もある。注意障害、視空間認知障害による接触事故により車や車庫に多くのすり傷、破損、マイペースなノロノロ運転が見られる。車庫入れ時に運転席の反対側をこする例が多い2)。
2.レビー小体型認知症の運転
記憶障害、見当識障害は初期には比較的障害されず道に迷う事は少ない。
疾患の特徴として意識レベルに日内変動、または日によって変動がある。意識レベルの低い時はぼんやりとして運転時に注意障害が生じ事故に影響する場合がある。またセンターラインが盛り上がったり、歪んで見えるといった視覚異常(錯視、幻視)から走行車線から逸脱する等の危険運転がみられる。
3.血管性認知症の運転
手足の麻痺による運転機能の低下(操作ミス)、半側空間無視等による視野欠損による運転能力(左折時の歩行者、自転車巻き込み)の低下が見られる。
4.前頭側頭型認知症の運転
初期には記憶障害、見当識障害、視空間認知障害は比較的障害されずに車で出かけ目的地に行って自宅に帰ってこられる。注意障害による、わき見運転、注意散漫運転、接触事故(車間距離調整困難により前の車への接近あり)、常同行動により同じ時刻に同じコースを走り続ける。時に同じ速度にこだわって前の車への異常接近が見られたり、赤信号の見落としが見られる事がある3)。
5.意味性認知症の運転
写真3(左半球萎縮例)
意味性認知症は、側頭葉外側、内側の左右半球のどちらか片側に萎縮がみられる。割合的には左半球萎縮例が多い。左半球萎縮群、右半球萎縮群により症状が異なる。アルツハイマー型認知症と誤診されているケースも散見されるが、片側の脳萎縮と臨床症状に注意すれば診断は比較的容易である。左半球萎縮群は言語の意味の理解が高度に障害され、単純な単語(おはよう、天気、利き手、鉛筆など)も会話も理解できなくなる4)。運転では車間距離維持困難(前の車への接近)が見られる。右半球萎縮群では視覚的な意味記憶障害が目立ち信号無視、標識無視、わき見運転、運転中に目印となる建物(郵便局、駅、デパート、交差点等)の認識不能が見られる。また環境音失認も見られ近くに接近してきたパトカー、救急車のサイレン音の意味が理解できずに交差点への誤進入も見られる。
認知症の運転全般で指摘されているのは、バックの際に体を後ろに向けて後ろを見てアクセル、ブレーキを操作する場合に踏み間違える確率が高くなる事である。バックの際の慎重なペダル操作の指導も重要である。
考察
近年は第1分類と判定された場合は、これをきっかけに高齢者運転免許証自主返納制度(平成22年制定)にて自主返納するケースも増えてきている。自主返納をすると公共交通機関の運賃の割引等の優遇措置を利用することができる。
しかし医師による診断書の提出により認知症と診断され免許が取消となった場合は自主返納の手続きをとる事はできない。また対象は65歳以上の者で65歳未満の者は対象とならない。前頭側頭葉変性症(前頭側頭型認知症、意味性認知症、進行性非流行性失語症)は、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症と比較すると出現割合は低いが、若年発症(65歳未満)の例も多くアルツハイマー型認知症と比べると交通事故発症のリスクが高い事が指摘されている。
交通事故や交通違反の危険性は、前頭側頭葉変性症群 87.5%、アルツハイマー型認知症群 21.7%と前頭側頭葉変性症群の方が有意に高かった。認知症発症から初回事故までの期間については、前頭側頭葉変性症群 1.28年 ±0.49年、アルツハイマー型認知症群 3.0年 ±1.2年と前頭側頭葉変性症群の方が有意に短かった5)。前頭側頭葉変性症はアルツハイマー型認知症と誤診され、抗認知症薬、抗精神病薬の不適切な使用にてかえって落ち着かなくなっていたり確定診断までに時間がかかっているケースも多い。早期診断および疾患の特性を理解して適切なケア、サポートを行う事が重要である。
若年性認知症で危険運転をしている場合はかかりつけ医と相談したり、新潟県の各認知症疾患医療センターに1名の若年性認知症コーディネーターが配置されており相談をすることも可能である。また必要に応じて地域包括支援センター、警察署等と連携をとって事故の発生を予防することが重要であると考えられる。今後は若年性認知症患者の運転免許のサポートも必要と思われる。
筆者は免許の自主返納や免許の取り消しの場合は、本人が感情的になることも幾度も経験してきた。
中には怒り出したり、運転免許証を折り曲げて口の中に入れたりしたケースもあった。しかしそれらは一過性の事で、その後外来で会うと「先生に言われて車の運転はやめた。最初は納得がいかなかった。でも家族の車に乗せてもらって車中で色々話をする機会が増えた。車の中って家の中と違って景色を見たりして結構普段言えない事なんかも話せる。今まで自分で運転していて気が付かなかった町の細かい風景にも気付けた。バスに乗ったりして歩いたり運動する機会も増えた。いい事も増えました。これでよかったと思います」と笑顔で語ってくれた事もあった。
免許を自主返納、診断により免許を取り消しとなった場合も地域により乗合タクシーの運行を行っているところも増えてきている6)。当院のある新潟市南区でも主要バス停の間を乗合タクシーが定期運行をしており、事前予約にて通常の運賃よりも安く利用できており高齢者には好評である。免許を取り上げる事がゴールではなく本人が免許を失った後も多職種でフォローを行い、本人の気持ちに寄り添う事が大切である。免許がなくなっても住みよい地域での暮らしが出来るよう行政側の代替交通の充実等の改革も必要となってくる。
おわりに
認知症の運転免許の診断には本人の運転への要求が強く、免許の自主返納、取消の際には困難を伴う場合も多い。しかしかかりつけ医が日頃から適切に本人の訴えをよく聞き相談に乗り信頼関係が築かれていれば、粘り強い説得にて徐々に本人の気持ちも変わってくる。
車は人々に快適さ便利さ幸福を提供する現代社会にとってなくてはならないものである。悲しい事故のない平和な世の中であることを願って止まない。
参考文献
1)日本医師会 かかりつけ医向け認知症高齢者の運転免許更新に関する診断書作成の手引き http://www.med.or.jp/doctor/report/004984.html 2018年7月17日
2)上村直人:認知症高齢者と自動車運転,老年期認知症研究会誌,vol 22 No.3 16-18. 2017
3)富岡 大、三村 將:認知症の神経心理学と自動車運転. 日精協誌、35(5):13–17, 2016
4)勝屋朗子、橋本 衛、池田 学:前頭側頭葉変性症. 老年精神医学雑誌、vol.20(8):846–854, 2009
5)荒井由美子:認知症高齢者の自動車運転に対する社会支援のあり方に関する検討 厚生労働科学研究費補助金 長寿科学総合研究事業 平成19年度総括・分担研究報告書 2008年3月
6)田口真源:過疎化が進む中山間部の認知症患者と自動車運転. 日精協誌、35(5):47–55, 2016
(平成30年9月号)