聖路加国際大学看護学部 助教 齋藤 あや
緒言
2008年より我が国では、7年間で14もの新しいワクチンが導入され種類と回数が増加し、さらに2013年には予防接種法が改正されるなど大きな変革が見られた1)、2)。一方で、予防接種の情報提供機関(産科・小児科・保健所)、提供者(産科医・小児科医・内科医・助産師・保健師・看護師)が複数存在し、所属機関や専門職間、立場の違いなどにより被接種者への説明内容の差が大きく、情報格差が生じている。接種状況を左右させる情報格差を是正し、保護者が接種に関してリスク・ベネフィットベースで最善の意思決定が可能となるよう、多職種・多機関間で統一したコンセプトの認識のもと標準化された教育内容を提供する必要がある。
乳幼児の予防接種に関して、保健医療従事者は保護者にとって最も信頼されている予防接種の情報源であり、医療者の予防接種への認識や態度は保護者の接種意図の決定因子となることが、欧米の調査でも明らかになっている3)、4)。しかしながら、欧米の先行研究では、保健医療従事者のなかで予防接種への信頼を喪失しているものが存在し、自身の患者に予防接種をさせることに躊躇するケースもあるという結果が報告されている5)。
一方でなぜ、専門職間や所属機関の違いによって予防接種に対して異なる認識を持っているのか、これは単に知識量の違いだけで説明できるものではなく、態度や信念に関して様々な医療職間で異なる特徴を有していることが海外の先行研究で明らかになっている。
保健医療従事者を対象とした予防接種への認識・態度を検証した欧米の先行研究では、職種間で異なる特徴を有することが明らかになっている6)。その中で医師は予防接種に対して積極的であったのに対し、助産師は賛否両方の立場が混在する結果が示されている7)。また、Leask et al.(2008)の調査でも、医師や看護師に比べ助産師は添加物や同時接種に対する懸念が強く、自分の患者に予防接種を勧めると回答したものが24%にとどまっていた8)。一方で、国内における保健医療従事者の予防接種への認識や態度に焦点を当てた類似の研究は見いだせなかった。予防接種に対する「肯定的な態度」を阻害している要因は何かを明らかにすることで、各職種に適切な情報伝達および継続教育を実施することが可能となり、ひいては多職種間で共通した認識を持つことができる。
これらの海外の先行研究の結果からも、各職種で自らの持つ予防接種への認識の傾向と予防接種教育のあり方を振り返る必要があると思われる。被接種者の接種意図を決定するうえで最も影響が大きい各専門職のワクチン接種を躊躇する要因を明らかにすることは、情報提供の標準化を行う上で必須である。
本研究では予防接種に従事するすべての医療従事者の認識・態度の特徴ならびに、予防接種に対する躊躇(Vaccine hesitancy)の原因でもある阻害要因になっているものを明らかにし各専門職間での相違を検証することを目的とする。
方法
研究デザインは横断研究で、調査対象機関は新潟市内の保健医療機関に協力を依頼した。調査対象者は、新潟市内に勤務する予防接種に関連する保健医療専門職で、小児科医、保健師、助産師、看護師が含まれる。
調査方法は、研究協力を得られた専門職の所属機関毎に、または個別に調査協力依頼書、研究説明書、自記式質問紙、回答者用封筒、返送用封筒を郵送した。個別に郵送で回収し、返送をもって調査への同意とみなした。調査期間は、2017年11月~2018年1月であった。
調査項目に関して、基本属性、現在実施している予防接種教育の実際、情報収集源、WHOの予防接種部会の専門家らによる、Vaccine hesitancyのワーキンググループが作成した尺度を使用した9)。全体として3つのサブカテゴリーに分類されている。1つ目が、社会文化的要因、制度的な要因などを含むContextual influence、2つ目がワクチンに対する個人的な認識などの要因が含まれるIndividual and group influenceに分類され、3つ目がワクチン接種と直接関連する要因が含まれるVaccine-specific issueに分類した。これら3つの下位尺度に関する21項目を基にアンケートを作成した。回答は5件法で、全くそう思わないを1、全くそう思うを5とし平均スコアの比較を実施した。
分析方法は、対象者の属性に関しては記述統計を実施し、各変数に対する職種間の比較の検定にはFisher’s exact test、一元配置分散分析、多重比較はTukey法を実施した。本研究のサンプルサイズは先行研究から標準効果量を0.67、両側有意水準5%で、一方群36名が必要であり、4専門職種を想定し実質的なサンプルサイズは144名とした。ただし、回収率を75%と想定し、192名を本研究での目標症例数とした。
結果
対象者の概要は参加者の総数、小児科医が43名、保健師35名、助産師41名、看護師20名の139名。平均年齢は30歳代から50歳代で、最終学歴は看護職(保健師、助産師、看護師)では短大以上の学歴を有する者が過半数を占めていた。勤務先に関しては、医師は診療所・クリニック、大学病院勤務が主で、保健師は市役所及び保健センター、助産師は大学病院、診療所、訪問事業など様々な勤務先が見られた。
予防接種教育の実際(表3)
保護者と乳幼児の予防接種について話し合いの有無、頻度、所要時間、使用された配布資料の詳細の結果を表3に示す。医療従事者のうち78.7%が両親に口頭で予防接種の情報を提供していた。医師、保健師、看護師は5分以下と回答したものが多く(医師:46.3%、保健師:47.2%、看護師:14.3%)、一方で助産師は5〜10分と回答している割合が最も多かった(32.5%)。また、職種にかかわらず、回答者の70%以上が予防接種配布資料を配布していた。
医療従事者の予防接種情報源(表4)
「予防接種に関する情報はどのように入手するか」という問いに対して、過半数以上の小児科医(51.2%)と保健師(63.9%)は、「インターネット」から情報を入手すると回答し、そのうち主に小児科医は、日本小児科学会などの学術ウェブサイトを使用していた(19.5%)。一方、保健師は、厚生労働省を含む公的なウェブサイト(27.8%)を使用する割合が高かった。看護師は、「メディア」からが最も多く(35.7%)、助産師は他の医療職から情報を取得すると回答してる割合が高かった(52.5%)。
Vaccine hesitancyの1つ目のサブカテゴリーで社会文化的、制度的、政治的要因の影響に関して小児科医、保健師、助産師、看護師の4専門職間でスコアの平均値の比較を行ったところ、医師は看護職と比較し国のワクチン政策に対する懸念が有意に高く(p<0.01)、助産師は医師と比較し、宗教文化的理由でワクチン未接種による健康上のリスク認知が有意に低い結果だった(p<0.01)(表5)。
2つ目のサブカテゴリーである個人的認知、社会環境要因の項目は11項目中、9項目で医師と看護職で有意差が見られた。
免疫に関する懸念(「子どもの免疫に過剰に負荷がかかる」:p<0.01、「病気にかかって免疫を付けたほうが良い」:p<0.01)は小児科医よりも看護職が有意に高い結果だった。
知識や情報に関する項目では小児科医は「安全性について十分な情報があり」(p<0.01)、「どのワクチンを受けるべきか把握している」(p<0.01)の項目で看護職よりも有意に高かった。
社会免疫に関する項目(「病気がまれでもワクチンを接種する必要がある」、「ワクチン接種はすべての人にとって重要」、「ワクチンを受けられない人を守るために接種は重要」:全項目p<0.01)でも、医師は看護職よりも予防接種による社会防衛の認識が有意に高い結果であった(表6)。
ワクチン接種と直接関連する要因に関しては、「必要以上に多くのワクチンを接種している」という項目で、小児科医よりもすべての看護職で有意に高い結果となった(p<0.01)(表7)。
考察
小児の予防接種に関しては、各職種の情報源は個人や専門分野によって異なるが、インターネット、メディアなどが上位に挙がっていた。これらの情報源は簡単にアクセスできるものの、内容の品質を保証することは困難である。日本には保健医療従事者の予防接種に関する継続的教育のための公式の学習ツールがないため、必然的に個々の自己努力に委ねられている。このことは専門家間の情報格差を拡大し、両親の教育機会の減少につながる可能性がある。医療従事者のための予防接種政策における教育機会の確保は今後制度化するなどの必要があると考える。
ほとんどの医療従事者は、現行で実施している予防接種の教育に要する時間は1〜5分と回答している者が多かった。米国の全国調査でも、医師と看護師は、平均して3分間、ワクチンのリスクとベネフィットに関する情報を保護者と話し合っていると報告している10)。今回の研究では、助産師は保護者への予防接種教育を他の医療専門職よりも長く6〜10分と回答している割合が高かった。助産師は、より長い時間の中で、より良い説明を提供することが可能であり、そのことで保護者へ予防接種の認知に関する影響力は大きいと考える。Davisらは、医師と看護スタッフによる予防接種教育へのチームアプローチが調整され、強化される必要があると示唆した10)。予防接種に従事するすべての保健医療関係者が統一した認識を持ち、標準化した予防接種教育を実施可能にするためにも信頼性が高く、多職種間で共通して使用できる教育資料・教育プログラムの確立が必須である。
1つ目のサブカテゴリーに関して、医師は助産師、保健師、看護師すべての看護職と比較し、国のワクチン政策に対する懸念が有意に高いという結果であった。
背景として、看護職は国のワクチン政策に対する知識や関心が低いことが要因の1つとして考えられる。そのほかに、ワクチン政策を担うACIP(Advisory Committee on Immunization Practices)のような予防接種実施に関する諮問委員会組織の不在も一因になっているのかと思われる。
2つ目のサブカテゴリーである個人的認知、社会環境要因の項目に関しては、免疫の過剰負荷への懸念や自然感染の重大性の認識不足、スケジュール把握度の低さなど知識に関連している項目で保健師、助産師と小児科医とで有意差が出ていた。
また、保健師および助産師は、自然感染の重症度の認識、社会的防御および集団免疫など、知識に関連する項目でも小児科医と有意差が出ていた。今回の結果は、助産師はワクチンの安全性に関する懸念が強く、医師は予防接種への認識が肯定的であるという先行研究の結果と一致する。さらに助産師だけでなく保健師も同様な傾向があることは新たな知見だと思われる。
ワクチン接種と直接関連する要因に関しては、子どもへのワクチンの過剰接種への懸念も医師と比較し看護職は有意に高かった。カナダでの先行研究では、調査対象の540人の医療従事者のうち3分の1以上が、子どもたちがあまりにも多くのワクチンを受けているとの結果が出ており同様の傾向を示している11)。知識量の違いによるものなのか、更なる検証が必要である。
本研究の限界として、まず第1点目として、対象集団の特性が挙げられる。予防接種に関心が高い人が参加している可能性があり、また、サンプル数が限られているため、選択バイアスの可能性もある。
2点目に横断研究のために因果関係は特定できていない点で、今後は専門職者の態度が実際の患者の接種率にどう影響するのか、予防接種の知識とどの程度相関しているのか更なる検証が必要である。
結論
各医療専門職は、現在の教育および臨床実務について予防接種に関する最新の情報を十分に入手するのが難しい状況であることがわかった。指導の質を担保するためにも、乳幼児の予防接種に携わる保健医療専門家は、適切で最新の情報を入手する必要がある。そのためのシステムの構築が求められる。
また、助産師、保健師、看護師を含む看護職と小児科医と比較し、看護職は予防接種に対するネガティブな認識を持ち、Vaccine hesitancyが高い傾向にあることが分かった。今後は職種間での差が単なる知識量の差によるものなのか、各専門職固有の文化によるものなのか、関連要因を検証する必要がある。
謝辞
本研究は新潟市医師会地域医療研究助成(GC02020171)の支援を受け実施しました。
本研究にご協力をいただいたよいこの小児科さとう 佐藤勇先生、ご指導いただいた新潟大学大学院医歯学総合研究科 国際保健学教室 齋藤玲子先生、菖蒲川由郷先生に厚く御礼申し上げます。また、研究への参加をいただいた皆様に心より感謝申し上げます。
参考文献
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2.Saitoh A, Saitoh A, Sato I, Shinozaki T, Nagata S. Current practices and needs regarding perinatal childhood immunization education for Japanese mothers. Vaccine. 2015; 33(45): 6128–33.
3.Posfay-Barbe KM, Heininger U, Aebi C, Desgrandchamps D, Vaudaux B, Siegrist C-A. How do physicians immunize their own children? Differences among pediatricians and nonpediatricians. Pediatrics. 2005; 116(5): e623–33.
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表1 Vaccine hesitancy 調査項目
表2 基本属性
表3 予防接種教育・情報提供所要時間
表4 各専門職の情報源
表5 社会的、制度的、政治的要因
表6 個人的認知、社会環境要因
表7 ワクチン接種と直接関連する要因
(令和元年8月号)