藤原 和哉1)、谷内田 潤子2)、加藤 公則3)、曽根 博仁4)
1)新潟大学医学部 健康寿命延伸・生活習慣病予防治療医学講座
2)新潟県立看護大学
3)新潟大学医学部 生活習慣病予防・健診医学講座
4)新潟大学医学部 血液・内分泌・代謝内科学講座
はじめに
厚生労働省の平成24年国民健康・栄養調査報告1)では、本邦における糖尿病を指摘されたことがある成人のうち、現在治療を受けている者は約60%であり、過去に治療を受けたが現在は無治療である者は約10%、これまでに治療を受けたことがない者は約30%であり、これらの集団(約40%)では合併症が進行するだけでなく、予後を悪化させることが問題となる。これまでに、わが国では大規模臨床試験として、(Japan Diabetes Intervention Trial-2; J-DOIT2)が行われ、一般内科医の診療による通常診療群での2型糖尿病患者における1000人/年あたりの受診中断の発生率は82.5(約8%)であり、患者に対し診療支援を行うと30.4(約3%)に減ずることが可能であることが示されている2)。また、全国臨床糖尿病医会による多施設調査では、通院中の2型糖尿病患者の22%に受診中断経歴があり、同群では糖尿病腎症の進行と関連がみられたことが示されている3)。つまり、糖尿病患者では相当数の受診中断者が存在し、合併症進行のリスク因子となることが示されている。しかしながら、本市での明確な糖尿病受診中断者は明らかではない。さらに、受診中断者を特定し、保健指導など前向きな介入により、治療の再開に結び付いたかや、実際の受診中断者にアンケートやインタビューを行い、どのような因子が患者の受診中断を引き起こすのかを検討した報告は極めて少ない。
そこで、新潟市福祉部保険年金課の保健事業計画で進行中である、「糖尿病受診中断者への治療再開を勧奨する通知」事業の匿名化情報をデータサイエンスの視点から分析することで、中断者を的確に抽出するシステムを構築し、書面及び訪問により、糖尿病受診中断者の現状の把握と受診中断の因子を明らかとすることを目的とした(図1)。
対象および方法
1)中断者を抽出する自動化システムの構築
新潟市保険年金課が所有する、糖尿病を含む国民健康保険約20万人の匿名加工資料を用いた。医科・調剤・DPC(Diagnosis Procedure Combination)データを標準化し、過去に糖尿病の治療歴があり、90日、100日、120日間受診歴がない対象を自動的に抽出した。
2)地区別の中断者の推定
厚生労働省 e-stat[患者調査]、新潟県庁[医師・歯科医師・薬剤師調査]、新潟県医師会総合研究機構作成の報告書[新潟県版]、JMAP地域医療情報システム[日本医師会]のデータを使用し、新潟市の各地区における中断者を推定した。
3)1)で特定した中断者への訪問インタビューによる受診中断原因の調査
新潟市福祉部保険年金課の保健師が実際に1)で特定した中断者にインタビューを行うことで、中断の理由に関して聞き取り調査を行った。
本研究は、新潟大学倫理委員会承認を得て実施した(承認番号2020-0148)。
結果
1)中断者を抽出する自動化システムの構築
表1は、受診中断を、90日、100日、120日間と定義し、中断者を自動的にスクリーニングした結果である。3か月にわたり繰り返し検証を行った結果、中断期間を90日間と定義すると、その後、レセプトデータで照合した、実際に通院を継続している除外対象が比較的多いことが明らかとなった。一方で、中断を100日及び120日を定義することで、除外対象が大きく減少することが明らかとなった(表1)。
2)地区別の中断者の推定
図2は、平成29年の受診中断者を地域別に分類し、厚生労働省 e-stat[患者調査]、新潟県庁[医師・歯科医師・薬剤師調査]、新潟県医師会総合研究機構作成の報告書[新潟県版]、JMAP地域医療情報システム[日本医師会]のデータを使用し、各地区における1000人あたりの中断患者数を予測した結果である。その結果、いずれの地区においても予測中断者は1000人あたり3−6であった。
3)中断者への訪問インタビューによる受診中断原因の調査
図3は平成29年10月から平成31年3月の間に中断が疑われた131人の内訳である。実際に保健指導を行った89名の中で、保健指導時に未受診であったものは61名であった(図4)。図5に面接を行った42名の中断の理由を示す(複数回答可)。多忙(9名、21%)、金銭的問題(14名、33%)、自覚症状がないこと(17名、40%)、薬物治療に対する抵抗(6名、14%)が上位の原因であった。
考察
本研究により、1)レセプトデータを活用した受診中断者の有効なスクリーニング法、2)新潟市の地域別の推定中断者数、3)受診中断者の中断理由、の3点が明らかとなった。
これまでの中断者の検討では、実際に治療を再開した患者を対象にアンケート調査などが行われることが多かった2)3)。その理由としては、大規模な集団を対象に中断者を推測するシステムの構築が遅れていることが原因と考えられる。その点、レセプトデータは、全ての医療情報が自動的に電子化され、漏れがない特性を持つ。一方で、今回の使用した定義の一部である、「糖尿病治療薬が一定期間処方されていないこと」は、1)実際の中断者、2)生活習慣の是正などにより治療薬を中断された、3)市外への転居、などを識別することができず、「その他受診歴がない=(レセプトデータがない)」と組み合わせるなど、実際の現場の状況を適切に定義に組み込むことが必要である。同様に、International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems(ICD)コードを使用する際には、医療機関で検査などを施行する際、医師によりつけられる病名は、実際の病名とは異なることが問題であり、レセプトの傷病名から実際の診断名を特定することはできないことに注意する必要がある。本研究では、治療薬の中断期間を90日とすると、実際には通院継続中の対象をスクリーニングしてしまう可能性が明らかとなった。一方で、100日、120日では、その割合が大きく減少したことから、現場の作業量などを考慮し、定義を作成する必要があることが示された。
地域別の中断者の推定に関しては、大きな差は見られず、J-DOIT2の結果より低いものであった。しかし、今回の検討では、国民健康保険のデータのみを使用しており、社会保険のデータに関しては検討していないこと、推定に使用したデータの集計法が異なることから、解釈には注意が必要である。中断者では、腎症をはじめとした合併症が進行することが小規模な報告で示されていることから3)、受診中断を避けた診療が重要となる。同時に、今後は社会保険、国民健康保険、後期高齢者医療保険を統合した分析が必要である。
実際に中断者に直接原因を調査した報告は極めて稀である。J-DOIT2のアンケート調査では、多忙、体調がよいから、医療費が経済的に不安であった、が上位3つの原因であった2)。今回、実際に未受診であった42名に対する保健指導の結果、多忙、金銭的問題、自覚症状がないことに加え、薬物治療に対する抵抗が受診中断の原因であることが明らかとなった。これらの結果から、実際の現場においては、糖尿病に関する正しい知識を共有すること、治療の必要性を理解すること、治療を継続する必要性を理解することが重要であることが再確認された。
結語
本研究により、レセプトデータを活用した受診中断者の有効なスクリーニング法、および新潟市における受診中断者の原因が明らかとなった。今後は、訪問による受診再開の検討や受診後のアンケート調査、受診継続の状況を把握することで、新潟市発の受診中断予防モデルを構築することが、患者の生活の質および医療経済的に重要な課題と考えられる。
謝辞
本研究にご協力いただいた関係者の皆様に感謝申し上げます。特に、新潟市福祉部保険年金課の皆様に感謝申し上げます。本研究は2017-2019年度新潟市医師会地域医療研究助成(支援番号GC0220173)の支援を受けて実施しました。心より御礼申し上げます。
引用文献
1.http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/eiyou/dl/h24-houkoku-06.pdf.
2.糖尿病受診中断対策包括ガイド
(http://human-data.or.jp/wp/wp-content/uploads/2018/07/dm_jushinchudan_guide43_e.pdf).
3.通院中2型糖尿病患者における中断歴に関する多施設調査.糖尿病 2013; 56: 744-52.
図1 本研究のイメージ図
表1
図2
図3
図4
図5
(令和3年2月号)