建部 一毅1)、石田 雅樹1)、真柄 仁2)、
小幡 裕明1、3)、樋浦 徹3)、前川 和也4)、
樋浦 真由4)、伊藤加代子2)、辻村 恭憲2)、井上 誠2)
1)新潟南病院 リハビリテーション部
2)新潟大学大学院医歯学総合研究科 摂食嚥下リハビリテーション学分野
3)新潟南病院 内科
4)新潟南病院 歯科
緒言
新潟南病院(以下、当院)における平成27年度~29年度の3年の内科入院患者データによると、毎年1600名前後の患者が入院しており、その内科入院患者の疾患の約2割が誤嚥性肺炎で最も多く、誤嚥性肺炎入院患者の平均年齢は87歳と超高齢となっている。また、誤嚥性肺炎患者の院内死亡率は約3割と非常に高い割合となっている。摂食嚥下機能の評価、訓練を実施する中で、難渋するケースも多く、病院全体として、誤嚥性肺炎患者に対する食支援が課題となっている。
誤嚥性肺炎患者に対しては、肺炎自体の治療だけでなく、誤嚥性肺炎の主たる原因となっている摂食嚥下機能の低下に対する評価や食支援が検討されなければならない。経口摂取を再開することは誤嚥性肺炎発症のリスクを伴う。入院後の誤嚥性肺炎発症は、医療費の追加や在院日数が延長し1)、医療経済的負担のみならず、医療従事者、患者・家族への心理的負担につながる可能性がある。
そこで本研究では、誤嚥性肺炎患者の治療体系におけるクリニカルパス制定を最終目標として、入院後の摂食嚥下評価体制の構築と、その実施効果について検証することを目的とした。
研究対象と方法
当院において、2018年11月から2019年7月、および、2019年9月から2020年3月に、DPC病名における「入院の契機となった傷病名」、または「主傷病名」、もしくは「入院時の併存疾患」に誤嚥性肺炎が含まれ、当院言語聴覚士への介入依頼があった患者を対象とするコホート研究として行った。本研究は、新潟南病院倫理審査委員会(承認番号 1709)および、新潟大学倫理審査委員会(承認番号 2018-0145)の承認を得て実施した。
1.誤嚥性肺炎患者に対する摂食嚥下評価表の策定と検討
嚥下機能評価項目の選定として過去に報告された評価項目2)−6)を参考に、誤嚥性肺炎入院患者用の摂食嚥下機能評価表を作成した(図1)。この評価表は、患者の基本情報として、性別、年齢、BMI、誤嚥性肺炎既往、脳血管障害既往を、全身状態として、意識レベル、従命可否、呼吸状態、咳嗽力(排痰の可否)、咽頭吸引の要不要を、食事摂取状況として、食事摂取意欲、食事内容、経口摂取量(kcal)、耐久性、食事可能時間(分)、とろみの有無、食事介助、食事中のむせを、嚥下機能として、ゼリーを用いたフードテストの良不良(のみや水、キッセイ薬品工業株式会社)を、口腔状態として、口腔衛生状態、舌苔インデックス(%)7)、義歯の問題、含嗽力、口腔ケア自立度を評価する4つの機能的側面と細項目からなる。また、各項目の定性的評価については、便宜的に良好(図1内の青線)と不良(図1内の橙線)に分類した。更に、入院時の栄養状態およびADLを簡易栄養状態評価表(Short-form mini Nutritional Assessment、以下MNA-SF)8)、およびBarthel Index(以下BI)を用いて評価した。
以上の摂食嚥下機能評価を用いた項目内容について、2018年11月~2019年7月に、誤嚥性肺炎にて当院に入院した102名(男性50名、年齢中央値90歳)に対して検討した。摂食嚥下機能評価のタイミングとして、①言語聴覚士による介入開始時、②点滴による抗生剤投与が終了し、全身状態が安定した肺炎治療終了時、③嚥下機能が安定した介入終了時の3時点の摂食嚥下機能評価を実施した。
2.誤嚥性肺炎患者における摂食嚥下機能評価体制の有効性の検証
これまでの結果から、全身状態が安定した肺炎治療終了時の機能と経口摂取量に注目し、十分な機能と経口摂取量であれば退院支援を進め、一方で両者が低下している場合、患者、家族、医療スタッフとともに代替栄養・看取り等の検討、情報共有を図った。摂食嚥下機能評価体制導入の有効性を検証する目的に、導入後の2019年9月~2020年3月に誤嚥性肺炎で当院に入院した51名(男性24名、年齢中央値91歳)と摂食嚥下機能評価体制導入前の102名で、摂食嚥下機能、在院日数について比較検討した。
3.統計解析
経口摂取が確立して自宅または施設退院となった経口摂取群と、院内で死亡または非経口で退院または療養転院となった死亡・非経口摂取群の2群比較として実施した。比例尺度についてはデータの正規性の検定を実施後、t検定またはMann-Whiteney U検定を、また、経口摂取での退院を正とした受信者動作特性曲線(以下ROC曲線)を用いた評価を行った。名義尺度についてはχ2乗検定で検討した。さらに、経口摂取退院を目的変数、摂食嚥下機能の細項目を説明変数とした多重ロジスティック回帰分析を行った。
摂食嚥下機能評価体制導入の前後比較として、比例尺度にはMann-Whiteney U検定を、名義尺度に対してはχ2乗検定を実施した。統計解析はSPSS Statistics 25.0(IBM、NY、米国)を用いて、いずれも5%を有意水準として行った。
結果
1.摂食嚥下評価表の策定と検討
2018年11月~2019年7月に入院した102名の基本情報を表1に示した。経口摂取群と死亡・非経口摂取群はそれぞれ64名、38名であった。全体の年齢の中央値は90歳、BMI平均は18.3、入院時BIの中央値が0であり、BMIと入院時BIでは、経口摂取群と死亡・非経口摂取群で有意な差が認められた。
評価~肺炎治療終了時に8名死亡し、計94名(経口摂取群64名、死亡・非経口摂取群30名)の2群比較の解析を行った(表2)。言語聴覚士介入開始時の評価は入院日から中央値1日目で実施していた。2群比較では、年齢、BMI、BI、意識レベル、従命可否、咽頭吸引の要不要、食事摂取有無、フードテストの良不良、含嗽力、口腔ケア自立度に有意な差を認めた。
肺炎治療終了時の評価は入院から中央値9日目で実施していた。意識レベル、従命可否、排痰の可否、咽頭吸引の要不要、食事摂取の有無、経口摂取量、フードテストの良不良、含嗽力、口腔ケア自立度において有意な差を認めた(表2)。
肺炎治療終了時評価を実施した94名に対し、年齢とBMIについて、経口摂取での退院を正としたROC曲線を用いた評価では、入院時年齢のカットオフ値を87歳以下とすると感度74%、特異度45%、ROC曲線下面積0.66(P=0.015)となり、また入院時BMIのカットオフ値を18.2以上とすると、感度72%、特異度65%、ROC曲線下面積0.69(P=0.004)であった。経口摂取カロリーのカットオフ値を791.0kcalとすると、感度69%、特異度83%、ROC曲線下面積0.85(P<0.001)であった。
更に、表2に示した単変量解析において有意な差が認められた、入院時の基本情報である年齢、BMI、BI、肺炎治療終了時の意識レベル、従命可否、咽頭吸引の要不要、排痰の可否、経口摂取量、含嗽力、口腔ケア自立度について多重共線性がないことを確認後、多重ロジスティック回帰分析を行うと、経口摂取量と従命可否が有意な項目となり、判別的中率は80.4%であった(表3)。
2.誤嚥性肺炎患者における摂食嚥下機能評価体制策定と有効性の検証
摂食嚥下機能評価体制導入前後の患者群について、評価時の基本情報および全身状態について比較検討を行ったが、介入開始時の基本情報および全身状態に差は認められなかった(データは省略)。
次に、入院から退院までの全体の在院日数の比較を行ったところ、摂食嚥下機能評価体制導入前後で有意な差は認められなかったが、肺炎治療終了後からの在院日数は、導入後に有意な短縮が認められた(表4)。更に、肺炎治療終了時から、嚥下機能が安定した言語聴覚士介入終了時までの日数を比較したところ、導入前から導入後に全体の中央値が14日から9日に減少し(P=0.042)、経口摂取群においては中央値が15日から8日(P=0.033)に減少した。死亡・非経口摂取群においては、中央値12日から9日となったが有意差は認めなかった(P=0.880)(表4)。介入終了時評価の経口摂取量について比較したところ、経口摂取群においては、導入前(中央値1275.0kcal)、導入後(中央値1235.0kcal)に差は認められなかった(P=0.738)。
考察
1.研究対象母集団について
本研究に登録された患者は、摂食嚥下機能評価体制導入前後いずれにおいても、年齢の中央値が90歳の超高齢であり、BMIの平均がやせの基準である18.5未満、入院時BIの中央値が0、意識レベルが不良(JCSⅡ桁以上)の患者が3割弱存在するなど、当院において誤嚥性肺炎患者が入院することによる医療者の看護・介護の負担が非常に大きいことが考えられ、超高齢社会における摂食嚥下障害患者の誤嚥性肺炎の問題を伺い知ることができる。
2.実施された摂食嚥下リハビリテーションについて
当院における超高齢の誤嚥性肺炎患者に対する摂食嚥下リハビリテーションの内容としては、患者主体の自動運動や嚥下関連筋の要素的筋力強化を促すといった積極的な理学療法を施すことが可能な患者は極めて少ない。口腔衛生管理から開始し、アイスマッサージや可動域拡大訓練といった他動的な間接訓練が一部適応されるのみで、摂取可能な食形態、量、姿勢を検討する直接訓練や食事介助が中心である。多重ロジスティック回帰分析の結果から、全身状態が安定した肺炎治療終了時に経口摂取量を含む摂食嚥下機能を評価することは、その後の療養体制の決定には有用であると考えられる。しかしながら、具体的な経口摂取量の目安や摂食嚥下機能については、各医療機関における言語聴覚士を含むリハビリテーションスタッフの介入状況や実施体制を勘案しながら医療施設毎に設定すべきである。
3.摂食嚥下機能評価体制導入前後の比較、在院日数の検討
摂食嚥下機能評価体制導入前後で在院日数について検討したところ、全体の在院日数の短縮には至らなかった。肺炎治療終了時の評価ができなかった患者は、導入前8名および導入後5名存在し、全身状態悪化に伴う死亡退院が結果に影響した可能性がある。一方、肺炎治療自体に難渋し、肺炎治療終了時の評価が遅れたケースの影響も考えられた。本研究おける療養方針の大筋は、肺炎治療終了後の摂食嚥下機能評価によって決定していることを考慮し、肺炎治療終了後評価からの在院日数を検討したところ、在院日数は有意に減少していた。しかし、経口摂取群にその傾向が認められなかった理由として、誤嚥性肺炎患者が経口摂取退院を目指すには、経口摂取状況のみならず、身体機能、退院後の環境調整等に時間を要する患者が大多数であり、単純な在院期間の比較では摂食嚥下機能評価体制導入の効果がマスクされている可能性が考えられた。実際、摂食嚥下機能が安定した介入終了時評価までの日数は、摂食嚥下機能評価体制導入後に有意に短縮しており、更に経口摂取群で有意な短縮であった。また経口摂取群における肺炎治療終了時の経口摂取量(kcal)は評価体制導入前後で差が認められなかったことから、導入後は一定の経口摂取量に到達する期間が短縮していると判断でき、経口摂取群に対する嚥下機能評価に基づく退院支援は有効に進んでいたと考えられた。一方で、経口摂取が困難と判断された患者には、患者、家族、医療従事者との話し合いの時間を適切に設けることで、限られた時間を望まれる時間とできるような取り組みが必要であると考えられた。
4.本研究の課題
肺炎治療終了後を基本とした摂食嚥下機能評価体制の構築とその有効性を検証することができたが、完全な形態でのクリニカルパス策定までには至らなかった。今後は肺炎治療体系と合わせ、摂食嚥下機能評価体制を整え、更に嚥下内視鏡検査や嚥下造影検査を用いた評価体制が構築され、精査画像評価を用いた結果を評価体制に入れ込むことで有効性が向上すると考えられる。
結論
超高齢の誤嚥性肺炎入院患者に対して、摂食嚥下機能評価体制実施の有効性が示された。
謝辞
本研究は新潟市医師会地域医療研究助成(GC02320182)の支援を受け遂行されました。
本研究の協力者である新潟南病院リハビリテーション部言語聴覚士の井村まゆ様、儀間万貴様、白井実咲様、川崎夏帆様、長沼里奈様、また御協力頂きました患者様に感謝申し上げます。
文献
1)小原 仁:入院後発症した誤嚥性肺炎の追加的医療費と在院日数 DPCデータを用いた観察研究.日本医療マネジメント学会雑誌,17(3):123-128,2016.
2)坂口 紅美子,原 修一:高齢な誤嚥性肺炎患者の生命予後に関連する因子.日本摂食・嚥下リハビリテーション学会雑誌,22(2):136-144,2018.
3)丸田 雄介,近藤 友和,石橋 賢一,他:誤嚥性肺炎患者の自宅復帰に影響を与える要因についての検討.愛知県理学療法学会誌,30(2):83-87,2018.
4)今岡 信介,佐藤 浩二,森 照明:急性期病院における誤嚥性肺炎患者へのリハビリテーション介入が在宅復帰に与える影響.日本医療マネジメント学会雑誌,18(2):85-89,2017.
5)竹中 恵太,松元 秀次,添田 明那,他.:高齢化地域における誤嚥性肺炎患者複数回入院群の検討.日本摂食・嚥下リハビリテーション学会雑誌,15(1):31-39,2011.
6)Arahata M., Oura M., Tomiyama Y., et al.: A comprehensive intervention following the clinical pathway of eating and swallowing disorder in the elderly with dementia: historically controlled study. BMC Geriatr,17(1): 146,2017.
7)Shimizu T., Ueda T., Sakurai K.: New method for evaluation of tongue-coating status. J Oral Rehabil,34(6): 442-447,2007.
8.Rubenstein L. Z., Harker J. O., Salva A., et al.: Screening for undernutrition in geriatric practice: developing the short-form mini-nutritional assessment (MNA-SF). J Gerontol A Biol Sci Med Sci,56(6): M366-372, 2001.
図1 本研究で用いた摂食嚥下機能評価表
患者の基本情報(性別、年齢、BMI、誤嚥性肺炎既往、脳血管障害既往)、全身状態(意識レベル、従命可否、呼吸状態、咳嗽力(排痰))、咽頭吸引の要不要、食事摂取状況(食事摂取意欲、経口摂取量(kcal)、耐久性、食事可能時間(分)、とろみの有無、食事介助、食事中のムセ)、嚥下機能(ゼリーを用いたフードテスト)、口腔状態(口腔衛生状態、舌苔インデックス(%)、義歯の問題、含嗽力、口腔ケア自立度)の4つの機能的側面と細項目からなる。
定性的評価の各項目については、良好項目(青下線)と不良項目(橙下線)に便宜的に分類した。
表1 入院時患者全体の特性
定性的評価については人数(%)を、年齢、MNA−SF、BIは、中央値(25−75パーセンタイル)を、BMIについては平均値±標準偏差を示す。
表2 介入開始時評価と肺炎治療終了時評価
介入開始時と肺炎治療終了時評価を実施できた計94名のデータ。基本情報については入院時のデータを示す。定性的評価については人数(%)を、年齢、経口摂取量(kcal)、食事時間(分)、舌苔インデックス(%)については中央値(25−75パーセンタイル)を、BMIについては平均値±標準偏差を示す。
尚、食事摂取意欲、耐久性、食事可能時間、とろみ付け、食事介助、食事中のむせについては、言語聴覚士介入開始時および肺炎治療終了時時点で食事摂取していた62名および83名に対する人数(%)を示す。
表3 肺炎治療終了時評価に基づくロジスティック回帰分析の結果
表4 摂食嚥下機能評価体制運用前後の在院日数の比較
(令和3年1月号)