琉球大学大学院医学研究科 内分泌代謝・血液・膠原病 内科学講座(第二内科)
教授 益崎 裕章
我が国の高血圧診療の現状
日本の高血圧有病者、薬物治療者、管理不良者の推計数(2017年、国民健康・栄養調査データに基づく)によると、高血圧有病者 約4300万人の中で、治療中かつ血圧コントロールが良好な集団は僅か27%に過ぎず1)、優れた降圧剤や多様な治療アプローチが整備されているにもかかわらず、不充分な結果に留まっている。また、合併症の種類による降圧目標の達成割合を調べた日本高血圧学会 高血圧治療ガイドライン2014(JSH2014)では、糖尿病を合併する高血圧患者で降圧目標に達している割合は30%に留まっていた2)。日本の糖尿病患者の約半数がBMI25を超える肥満者であり、高血圧症、脂質異常症、高尿酸血症を高頻度に伴っている3)。糖尿病・代謝疾患を伴う高血圧症ではそれぞれの病態が相互に他を増悪させる悪循環を生じており、血管病リスクが一段と高まった集団であることを念頭に置くことが重要である。
内分泌学から見た肥満2型糖尿病に伴う高血圧症の病態
生命進化の過程で、飢餓や旱魃などのストレスに対抗して生き残りを担保してきた様々なホルモンは生活環境の激変に伴い、高血圧症や糖尿病、肥満症など、生活習慣病を招来する悪玉ホルモンとして作用する局面が増加している(図1)。
元来、飢餓に対抗するための神経内分泌調節や体脂肪量の維持を担うために備わっている脂肪細胞ホルモン、レプチンは動物性脂肪の過剰摂取に伴って食欲中枢、視床下部において“レプチン抵抗性”を生じ、過食とエネルギー消費効率の低下を招き、肥満症発症の引き金を引く。一方、レプチンが本来、有する交感神経活動亢進作用や昇圧作用には“レプチン抵抗性”が生じないため、レプチン抵抗性の結果として生じた高レプチン血症は高血圧症を引き起こすことになる4)。
元来、飢餓に備えてエネルギー備蓄を担うために備わっているホルモン、インスリンは肥満や加齢、運動不足、生体リズム障害に伴って“糖代謝におけるインスリン抵抗性”を生じ、慢性高血糖に伴って全身の血管・臓器に過剰な酸化ストレスを惹起する。また、腎臓からのNa再吸収や血管平滑筋の増殖、肝臓における脂質合成など、直接に糖代謝に関わらない種々のインスリン作用の多くには“インスリン抵抗性”が生じないことから5)、“糖代謝におけるインスリン抵抗性”の結果として生じた高インスリン血症の持続は高血圧症や動脈硬化症を進展・悪化させることにつながる。
さらに、水・塩分不足に備えて体液量・血圧・電解質バランスの維持を担ってきたアルドステロンは塩分の過剰摂取や肥満、高血糖、生体リズム障害に伴って、必ずしもリガンドとしてのアルドステロン血中濃度が明らかに上昇していなくても、ミネラルコルチコイド受容体(mineralocorticoid receptor: MR)シグナルの過剰な活性化を招き、高血圧症やNADPH酸化酵素の活性化に起因する酸化ストレスを全身の血管・組織に引き起こす(ミネラルコルチコイド受容体関連高血圧症)6)。
レプチン、インスリン、アルドステロンの例に代表されるように、肥満症・糖尿病に伴う高血圧症では内分泌病態が複合的に影響し合い、治療抵抗性の高血圧症に到る場合を念頭に置くべきと思われる。
ミネラルコルチコイド受容体(MR)関連高血圧症
肥満を伴う2型糖尿病患者では血清アルドステロン値の上昇やMRシグナルの活性化により、MR作用が増強している可能性が注目されている6)。脂肪組織からは種々のアルドステロン分泌刺激因子が分泌されていることが想定されており、実際、肥満症・メタボリックシンドロームの患者や種々の肥満モデルマウスではアルドステロンの血中濃度が相対的に高値を示すことが多い7、8)。アルドステロンの作用過剰は腎臓の遠位尿細管や集合管におけるNa再吸収の促進や過剰な体液貯留を引き起こし、代償機転として糸球体内圧の上昇と糸球体の過剰濾過を生じている。午後から夜間にかけても血圧値が低下しないnon-dipper型の血圧変動パターンを呈することが多く、dipper型に比べて心臓、腎臓、中枢神経系の臓器障害を高頻度に合併する1)。
血管内皮細胞や血管平滑筋におけるMRシグナルの亢進はNADPH酸化酵素の活性化と血管局所の酸化ストレスの増強に加えて、serum and glucocorticoid kinase-1(SGK-1)などのセリン・スレオニンキナーゼの活性化に伴うインスリン受容体基質IRS-1(insulin receptor substrate-1)のセリン・スレオニン残基のリン酸化を引き起こし、血管構成細胞におけるインスリン抵抗性を惹起するモデルが提唱されている9)。惹起された酸化ストレスとインスリン抵抗性は血管内皮細胞におけるNO産生を抑制し、血管平滑筋におけるCa2+調節性血管拡張を阻害する(図2)。
核内転写因子型受容体であるMRは7回膜貫通型G蛋白共役受容体であるアンギオテンシンⅡ受容体に代表される 『鍵と鍵穴』 の厳密なリガンド認識機構とは異なり、曖昧なリガンド認識機構によって活性化される。実際、コルチゾルやプロゲステロンはMRに強い結合親和性を有しており、クッシング症候群で観察される高血圧症や女性の原発性アルドステロン症患者の高血圧が妊娠中に正常化することなどは、コルチゾルやプロゲステロンなど、アルドステロン以外のホルモンがMR作用を引き起こす実例として知られている。遺伝子進化上、アルドステロンはMRよりもずっと後に出現しており、MRの本来のリガンドはコルチゾルと考えられている(図3)10)。
重要な点として、MRにはリガンドに依存しない受容体活性化機構が多数、存在しており、高血糖によるMRの安定化や塩分の過剰摂取がRac-1(Rhoファミリー低分子GTPase)を介してリガンド(アルドステロン)の濃度に関係なく、自動的にMR活性化を引き起こす機構が明らかになっている11)。この他にも、不規則な生活リズム12)や過剰なストレスがアルドステロン分泌やMRシグナルの強度に影響を与える可能性が示唆されており、アルドステロンは糖尿病や肥満症をはじめ、種々の糖脂質代謝異常と高血圧症の病態連関を考える上で欠くべからざる代表的な生活習慣病ホルモンと考えることが出来る(図4)。
我が国における最近の臨床研究からは2型糖尿病と原発性アルドステロン症の合併例が相当な頻度に達することが明らかになっており13)、内分泌検査の結果では原発性アルドステロン症と確定診断されなくても病態としてはMRシグナルの過剰が生じている“ミネラルコルチコイド受容体関連高血圧症”を合わせると頻度はさらに増加することが想像できる。2型糖尿病や肥満症はMRシグナルが増強しやすい病態であり、2型糖尿病や耐糖能異常において亢進する酸化ストレスとミネラルコルチコイド受容体関連高血圧症ないしは原発性アルドステロン症に由来する酸化ストレスが重複する病態は血管障害や臓器障害、臓器老化の高リスク群であるという認識が重要である(図5)。ドイツにおける大規模なコホート研究では原発性アルドステロン症の死亡原因として最も強い影響因子は2型糖尿病であり、他の因子の影響度を圧倒的に凌駕していること14)、原発性アルドステロン症における2型糖尿病や肥満症、メタボロックシンドロームの合併頻度が高いことが示されている14)。
文献
1)高血圧治療ガイドライン2019(日本高血圧学会)(ライフサイエンス出版)
2)高血圧治療ガイドライン2014(日本高血圧学会)(ライフサイエンス出版)
3)益崎 裕章、島袋 充生.糖尿病診療ガイドライン2019 第14章 肥満を伴う糖尿病(メタボリックシンドロームを含む)(日本糖尿病学会)(南江堂)229-244, 2019
4)Aizawa-Abe M et al. Pathophysiologic role of leptin in obesity-related hypertension. J. Clin. Invest. 105: 1243-1252, 2000
5)Shimomura I et al. Decreased IRS-2 and increased SREBP-1c lead to mixed insulin resistance and sensitivity in livers of lipodystrophic and ob/ob mice. Mol. Cell.6: 77-86, 2000
6)Shibata H and Itoh H. Mineralocorticoid receptor-associated hypertension and its organ damage: clinical relevance for resistant hypertension. Am. J. Hypertens. 25: 514-523, 2012
7)Rossier BC et al. The hypertension pandemic: An evolutionary perspective. Physiology 32: 112-125, 2017
8)Jin HM et al. Antioxidant N-acetylcysteine protects pancreatic β-cells against aldosterone-induced oxidative stress and apoptosis in female db/db mice and insulin-producing MIN6 cells. Endocrinology 154: 4068-4077, 2013
9)Bender SB et al. Mineralocorticoid receptor-mediated vascular insulin resistance: an early contributor to diabetes-related vascular disease? Diabetes 62: 313-319, 2013
10)Funder JW. Glucocorticoid and Mineralocorticoid Receptors: Biology and Clinical Relevance. Ann. Rev. Med. 48: 231-240, 1997
11)Shibata S et al. Rac1 GTPase in rodent kidneys is essential for salt-sensitive hypertension via a mineralocorticoid receptor-dependent pathway. J. Clin. Invest. 121: 3233-3243, 2011
12)Doi M et al. Salt-sensitive hypertension in circadian clock-deficient cry-null mice involves dysregulated adrenal Hsd3b6. Nature Med 16: 67-74, 2010
13)Akehi Y et al. High prevalence of diabetes in patients with primary aldosteronism (PA) associated with subclinical hypercortisolism and prediabetes more prevalent in bilateral than unilateral PA: A large, multicenter cohort study in Japan. Diabetes Care 42: 938-945, 2019
14)Hanslik G et al. Increased prevalence of diabetes mellitus and the metabolic syndrome in patients with primary aldosteronism of the German Conn’s registry. Eur J Endocrinol 173: 665-675, 2015
15)Reiner Ž. Hypertriglyceridaemia and risk of coronary artery disease. Nature Rev. Cardiol. 14: 401-411, 2017
図1 生活習慣病の病態形成におけるホルモンの役割
進化の過程でホルモンが果たしてきた本来の役割は環境因子の劇的な変化に伴い、生活習慣病を招来する悪役として作用する局面が増えている。
図2 血管構成細胞におけるMRシグナルとインスリン受容体シグナルのクロストーク
MRシグナルの活性化はNADPH酸化酵素の活性化と血管局所の酸化ストレスの増強に加え、種々のセリン・スレオニンキナーゼの活性化によるインスリン受容体シグナルを減弱させるという病態モデルが提唱されている9)。惹起された酸化ストレスとインスリン抵抗性は血管内皮細胞におけるNO産生抑制、ならびに、血管平滑筋におけるCa2+調節性血管拡張の阻害を引き起こす9)。
ROS:活性酸素、SerKs:セリン・スレオニンキナーゼ群、ET-1:エンドセリン-1、MAPK:マップキナーゼ、PISK:PI3キナーゼ、IGF-1:インスリン様増殖因子-1、
AngII:アンジオテンシンII、ICAM-1:intercellular adhesion molecule-1
図3 アルドステロンとコルチゾルの受容体親和性
一般的に、コルチゾルの受容体はグルココルチコイド受容体(GR)と見做されているが、コルチゾルのMRに対する親和性はGRの10倍に達し、コルチゾルの本来の受容体はMRと考えると種々の病態を明快に理解できる局面が少なくない。
図4 代表的な生活習慣病ホルモンとしてのアルドステロンの意義
アルドステロンは糖尿病や肥満症をはじめ、種々の糖脂質代謝異常と高血圧症の病態連関を考える上で欠くべからざる代表的な生活習慣病ホルモンと考えることが出来る。
図5 血管病・細胞機能不全のリスクを高める高血糖とMRシグナル作用過剰の重複
2型糖尿病や耐糖能異常において亢進する酸化ストレスとミネラルコルチコイド受容体関連高血圧症ないしは原発性アルドステロン症に由来する酸化ストレスが重複する病態は血管・臓器障害の高リスク群として認識すべきである。
SGK-1:serum and glucocorticoid kinase-1
(令和3年4月号)