大阪国際がんセンター がん対策センター 疫学統計部 副部長 田淵 貴大
要旨
日本では、加熱式タバコが急速に普及し、成人の10%以上が使うようになっています。現在得られる情報から、加熱式タバコのリスクは紙巻タバコよりも低いとは言えません。加熱式タバコを例外扱いするのではなく、タバコ規制・禁煙支援を推進していくことが求められます。
新型タバコとは何か?
日本では、アイコス(IQOS)やグロー(glo)、プルーム・テック(Ploom TECH)といった加熱式タバコが急速に普及しています1)。加熱式タバコと電子タバコは、日本ではタバコの葉を用いるかどうかによって法律上の分類が異なっているだけで、タバコの葉を使っているのが加熱式タバコ、タバコの葉を使っていないのが電子タバコです。世界的には加熱式タバコはheated tobacco products、電子タバコはelectronic cigarette、e-cigaretteやvapor(使うことをvaping)と呼ばれます2)。
加熱式タバコは、従来の紙巻きタバコのようにタバコ葉に直接火をつけるのではなく、タバコ葉に熱を加えてニコチン等を含んだエアロゾルを発生させる方式の新型タバコです(図1−1)。電子タバコでは、吸引器に溶液を入れ、コイルを巻いた加熱器で熱し、発生したエアロゾルを吸い込みます(図1−2)。新型タバコでは紙巻タバコと異なり、副流煙は出ませんが、呼出煙は出るため、能動喫煙および呼出煙による受動喫煙が問題となります。
日本が加熱式タバコの実験場
2016年10月時点で、アイコスの販売世界シェアの96%を日本が占め、最近でも日本が80%以上を占めています。すなわち、世界の中で日本がアイコスの実験場となっているのです。どれだけの人が新型タバコを使っているのでしょうか。日本在住の15歳~70歳の男女8,240人が回答したインターネット調査では、2015年~2017年にアイコスを30日以内に使用していた人の割合は、0.3%(2015年)から3.6%(2017年)に、2年間で10倍以上に増えていました1)。さらに2019年の調査では、日本の成人の10%以上が加熱式タバコを使うようになっていると分かりました3)。
電子タバコによる急性肺障害:e-cigarette, or vaping, product use associated lung injury (EVALI)
2019年12月3日までに、米国CDCによりEVALIで入院を要した2,291人、そしてEVALIによる17歳少年を含む死亡症例48人(年齢中央値は24歳)が報告され、電子タバコによる害が衝撃的に伝えられました4)。病態は単一ではなく、リポイド肺炎、急性好酸球性肺炎や間質性肺炎、過敏性肺臓炎などが報告されています5)。入院症例の80%以上で、テトラヒドロカンナビノール(大麻の主要成分)入りの電子タバコが使用されており、電子タバコリキッドに含まれるビタミンEアセテートが原因ではないかと指摘されていますが、ブランド152種の様々な電子タバコ製品の使用が報告されており、単一の原因だとは言えません。
今ある情報から確実に言えることは、まずは電子タバコ使用によって短期的に急性肺障害を発症し、死亡することがあることです。現時点では原因を特定できていませんが、新型タバコに含まれる未知の物質が原因となっている可能性もあります6)。日本では、電子タバコよりも有害だとされる加熱式タバコが流行しています。日本では加熱式タバコ版EVALIも起きているようです7、8)。
タバコ会社の広告で誤解している!?
世の中の多くの人は、タバコ会社による加熱式タバコの広告(図2)をみて、新型タバコに変えることによって「病気が減る」さらには、「ほとんど病気にならない」と誤解しています。アイコスのパンフレットに書かれた「約90%低減」はタバコ会社に都合のいいカテゴリー(ニコチンも含まれないようなカテゴリー)を使用した場合の値であって、タバコ会社ではなく独立した研究者による報告では、タール量は加熱式タバコと紙巻きタバコでほとんど変わりないとの結果も出ています9)。
新型タバコの健康影響は?
新型タバコ(加熱式タバコ及び電子タバコ)から発生するエアロゾルは、単なる水蒸気ではありません。加熱式タバコ・アイコスを使用した場合のニコチン摂取量は、従来の紙巻タバコと比べほぼ同等かやや少ない程度であり、発がん性物質であるニトロソアミンは紙巻タバコと比較すれば十分の一程度と少ないものの、この量が化粧品などの商品から検出されれば即座に回収・大問題となるレベルです10、11)。電子タバコでも製品によるばらつきがあるものの、発がん性物質であるホルムアルデヒド、アセトアルデヒドやアクロレイン等の有害化合物が検出されています12)。電子タバコには加熱温度が非常に高く設定できる製品があり、そういった製品の場合には紙巻きタバコよりも多量のホルムアルデヒドが検出されたとの報告もあります。
新型タバコのリスクを評価するために、これまでに数多く実施されてきたタバコの害に関する研究が役に立ちます。受動喫煙および喫煙本数に応じたリスクを評価する研究により、少しのタバコの煙への曝露や1日1本の喫煙でも虚血性心疾患発症リスクが高いと分かっているのです(図3)13)。たいていの喫煙者は1日当たり20本のタバコを吸います(ニコチンの血中濃度を維持するために30分~1時間おきに1本のタバコを吸うようになるからです)。1日20本の人のリスクは約1.8倍(80%のリスク増)で、喫煙本数がその4分の1、1日5本の人のリスクは約1.5倍(50%のリスク増)でした。1日5本の人のリスクは、1日20本の人の約63%(50÷80×100=62.5%)のリスクです。喫煙本数を4分の1にしても、リスクは半分にもならないのです。
肺がんリスクの研究からも、喫煙本数が多いことよりも、喫煙期間が長いことがよりリスクを高めると分かっています14、15)。喫煙本数を減らしたとしても喫煙期間が長ければ、肺がんリスクは大きいのです。さらには、呼吸器障害や循環器系障害を調べた動物実験等により加熱式タバコと紙巻きタバコの有害性に差がないとする研究結果が報告されてきています。
こういった情報を総合して、加熱式タバコを吸っている人のリスクは、紙巻タバコよりも低いとは言えない、と考えられます。米国の専門家も、同意見のようです。米国では、フィリップモリス社がアイコスを「リスク低減タバコ」として米国食品医薬品局(FDA)に申請し、フィリップモリス社が提出した科学的資料に基づき審査されました。2018年1月のFDA諮問委員会では、加熱式タバコ・アイコスが紙巻タバコに比べて、リスクが低いとは言えないと、フィリップモリス社の主張は退けられました。9人の委員のうち、8人(1人は棄権)が「紙巻きタバコからアイコスに切り替えても、タバコ関連疾患リスク(病気になるリスク)を減らせない」と回答しました6)。
上記は、加熱式タバコによる能動喫煙の害について述べたものですが、受動喫煙に関しては話が複雑で、現実に起きていることに注目すべきだと考えています。新型タバコでは副流煙(吸っていない時にタバコの先端から出る煙のこと)がないため、受動喫煙は紙巻タバコと比べれば、少ないです。加熱式タバコの場合、屋内に発生する粒子状物質の濃度は紙巻タバコの数%というレベルです。しかし、受動喫煙がまったくないわけではなく、新型タバコからもホルムアルデヒドなどの有害物質が放出されます。
もともと屋内で紙巻タバコが吸われていたのを新型タバコに完全にスイッチできれば、受動喫煙の害は減らせるかもしれません。一方、もともと禁煙だった場所なのに、加熱式タバコが使われるようになるケースが続出しています。もともと自宅内ではタバコを吸わないルールだったのに、加熱式タバコならいいだろうと言って、禁煙から加熱式OKへと後退してしまうケースです。その場合にはいままでなかった受動喫煙の被害が発生してしまいます。
新型タバコ時代の禁煙
新型タバコ時代となり、「タバコを吸っていますか」と聞いただけでは新型タバコも含めた喫煙の実態が把握できなくなりました。新型タバコのことをタバコではないと回答する人がいます。
国際がん研究機関(IARC)は、科学的根拠に基づき、「タバコの煙」自体を有害物質(発がん性物質)だと判定しています。実は、これまでの50年以上にわたるタバコ煙のリスク研究全部をもってしても、タバコ煙の有害性の全容は完全には分かっていません。途中のメカニズムには不明な点もありますが、タバコの煙を吸うと、肺がん、心筋梗塞や脳卒中などの病気になってしまうと分かっています。ここで重要になる予防の観点は、途中のメカニズムがどうであろうと、とにかくタバコの煙を吸うことを防ぐことができれば、病気を防げるということです。新型タバコからも同様に「タバコの煙」が出ていると分かっています。予防すべき対象は、新型タバコも含めた、すべての「タバコの煙」だと考えられます。
新型タバコ時代の禁煙とは、新型タバコも含めてタバコをすべて止め続けることです。「禁煙し続けてもらう」のは大変なことであり、我々は禁煙支援・禁煙指導を継続的に繰り返し実施していく必要があります。禁煙してもらうための基礎知識として、新型タバコを吸っている理由が重要だと考えています。
2018年に加熱式タバコを吸っていた680人のうち、60.6%の人が加熱式タバコを使用した理由として「他のタバコよりも害が少ないと思ったから」と回答していました。次に多かった理由は「タバコの煙で他人に迷惑をかけるのを避けるため」で、その次に多い理由が「友人・知人が使っているから」でした。多くの人は、自分および他人へのタバコの害に配慮して、アイコスなど加熱式タバコを使うようになっています。一方で、加熱式タバコや電子タバコを使用した理由として、30%程度の人は「他のタバコが吸えない場所で吸うため」を挙げていました。
改正健康増進法の全面施行等により、屋内禁煙の場所が増えており、禁煙支援を進めるための良い環境整備ができています。しかし、新型タバコの登場はここにも悪影響を与えています。タバコが吸いにくくなってきた世の中だからこそ、都合よく新型タバコを吸うという人が出てきています。新型タバコを吸うようになるとその理由で吸っていなかったとしても、結果的に環境が都合よく新型タバコを吸うように仕向けていくこととなります。紙巻きタバコが吸いにくい場所(環境)で新型タバコを吸うことにより、ニコチン依存が維持されやすくなってしまうのです。これからの禁煙支援では、強化されたニコチン依存という難題に立ち向かっていかなければならないのです。
医療者のあるべき姿を目指して、タバコ問題を自分事に
2002年に欧米の学会が発表した21世紀の医師憲章に掲げられた基本原則の一つは、「『患者の健康・幸福の追求』、すなわち、患者の健康・幸福を守ることを何よりも優先し、市場や社会からの圧力に屈してはならない」です。これをタバコ問題に当てはめれば、医療者はタバコ問題を放置しようとする様々な圧力に屈せず、患者の幸せのために禁煙支援・禁煙指導に努めなければならない、となります。喫煙はニコチン依存症であり、本人の意思だとは言えないと考えられます。もしも、医療者がタバコを吸っている患者やその家族に禁煙を勧めなければ、患者の健康・幸福を守る姿勢とは大きく乖離することとなってしまいます。医療現場においても、皆さんのエフォートを禁煙支援に少しだけでも割いて頂き、協働して新型タバコ時代のタバコ対策に取り組んでいきたいと考えています。
※本稿は拙著『新型タバコの本当のリスク』等の原稿に加筆・修正した内容となっております。詳細は原本をご覧ください。
文献
1)Tabuchi T, Gallus S, Shinozaki T, Nakaya T, Kunugita N, Colwell B. Heat-not-burn tobacco product use in Japan: its prevalence, predictors and perceived symptoms from exposure to secondhand heat-not-burn tobacco aerosol. Tob Control 2018; 27(e1): e25-e33.
2)Glasser AM, Collins L, Pearson JL, et al. Overview of Electronic Nicotine Delivery Systems: A Systematic Review. Am J Prev Med 2017; 52(2): e33-e66.
3)Hori A, Tabuchi T, Kunugita N. Rapid increase in heated tobacco product (HTP) use from 2015 to 2019: from the Japan ‘Society and New Tobacco’ Internet Survey (JASTIS). Tob Control 2020.
4)Lozier MJ, Wallace B, Anderson K, et al. Update: Demographic, Product, and Substance-Use Characteristics of Hospitalized Patients in a Nationwide Outbreak of E-cigarette, or Vaping, Product Use-Associated Lung Injuries-United States, December 2019. MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2019; 68(49): 1142-8.
5)Butt YM, Smith ML, Tazelaar HD, et al. Pathology of Vaping-Associated Lung Injury. N Engl J Med 2019; 381(18): 1780-1.
6)田淵貴大. 新型タバコの本当のリスク アイコス、グロー、プルーム・テックの科学. 東京: 内外出版社; 2019.
7)Aokage T, Tsukahara K, Fukuda Y, et al. Heat-not-burn cigarettes induce fulminant acute eosinophilic pneumonia requiring extracorporeal membrane oxygenation. Respir Med Case Rep 2019; 26: 87-90.
8)Kamada T, Yamashita Y, Tomioka H. Acute eosinophilic pneumonia following heat-not-burn cigarette smoking. Respirol Case Rep 2016; 4(6): e00190.
9)Uchiyama S, Noguchi M, Takagi N, et al. Simple Determination of Gaseous and Particulate Compounds Generated from Heated Tobacco Products. Chem Res Toxicol 2018; 31(7): 585-93.
10)Bekki K, Inaba Y, Uchiyama S, Kunugita N. Comparison of Chemicals in Mainstream Smoke in Heat-not-burn Tobacco and Combustion Cigarettes. J UOEH 2017; 39(3): 201-7.
11)Simonavicius E, McNeill A, Shahab L, Brose LS. Heat-not-burn tobacco products: a systematic literature review. Tob Control 2019; 28(5): 582-94.
12)Bekki K, Uchiyama S, Ohta K, Inaba Y, Nakagome H, Kunugita N. Carbonyl compounds generated from electronic cigarettes. International journal of environmental research and public health 2014; 11(11): 11192-200.
13)Pechacek TF, Babb S. How acute and reversible are the cardiovascular risks of secondhand smoke? BMJ 2004; 328(7446): 980-3.
14)Leffondre K, Abrahamowicz M, Siemiatycki J, Rachet B. Modeling smoking history: a comparison of different approaches. Am J Epidemiol 2002; 156(9): 813-23.
15)Flanders WD, Lally CA, Zhu BP, Henley SJ, Thun MJ. Lung cancer mortality in relation to age, duration of smoking, and daily cigarette consumption: results from Cancer Prevention Study II. Cancer Res 2003; 63(19): 6556-62.
図1−1 加熱式タバコの構造
図1−2 電子タバコの構造
図2 アイコス、プルーム・テックのパンフレットにおける有害物質の低減
図3 紙巻タバコのリスク:一日当たりの喫煙本数(横軸)と虚血性心疾患リスク(縦軸)
(令和3年5月号)