新潟大学医学部 法医学教室・死因究明教育センター 医学部准教授
舟山 一寿
本稿では検案における髄液穿刺の方法と、その所見の解釈についてお話をさせていただきます。髄液穿刺は検案で実行可能な数少ない検査の一つです。
髄液穿刺の方法
通常は後頭下部の正中を穿刺する後頭下穿刺を行いますが、耳介下方から穿刺する側頭下穿刺で行うことも可能です。いずれの場合も穿刺針は警察に用意されているスパイナル針を用い、針先を小脳延髄槽に到達させて髄液の吸引を行います。まず後頭下穿刺の具体的な方法について説明をします。まず介助者(警察官)にご遺体を側臥位にして固定してもらいます。後頭部正中の外後頭隆起を触診で確認し、そこから後頸部の方向に触診していくと第2頸椎の棘突起が若干の隆起として触知できますので、その隆起のすぐ上方の少し陥凹した部分が刺入点となります。刺入点から正中矢状面を外さないように眉間に向かって穿刺針を進めていきます。私は左手の人差し指で死者の眉間を触れながら、右手で穿刺針を自分の左手の人差し指めがけて刺入するようにしています。小脳延髄槽に到達する直前には穿刺針が硬膜を貫くことになりますが、以前は警察が単回使用のスパイナル針を洗って再使用していたため、針の切れ味が悪く硬膜を貫く感触がわかりやすかったのですが、現在は単回使用が徹底されており常に新品のスパイナル針を使用するため、硬膜を貫く感触は以前よりはわかりにくくなりました。小脳延髄槽に到達すると針を進める際の抵抗が若干弱くなりますが、臨床と違って検案では延髄を穿刺しても基本的に大きな問題は生じないので、あまり気を使わず針を進めて頂いて大丈夫です。むしろ延髄を穿刺したまま吸引すると実質がシリンジ内に吸引されることがあり、穿刺針が小脳延髄槽に到達している根拠となると仰る法医学の先生もおられます。穿刺針がある程度の深さに到達したら内針を抜去し、シリンジを装着し吸引して、髄液を吸引します。吸引しても髄液がシリンジ内に流入してこない場合は、針先を髄液が吸引される位置に調整します。
次に側頭下穿刺の具体的な方法について説明をします。まず左右どちらかの耳介の後下方の乳様突起を確認して、乳様突起先端のすぐ後方が刺入点となります。刺入点から垂直に反対側の乳様突起先端後方に向かって穿刺針を進めていくと小脳延髄槽に到達します。個人的には穿刺針を垂直ではなく反対側乳様突起先端からやや前方よりを狙うようにした方が小脳延髄槽に到達しやすいように思います。
側頭下穿刺はご遺体の体位変換をせず仰臥位のまま行うことができますが、穿刺針の前後方向への傾け方によっては小脳延髄槽に到達しないこともあります。後頭下穿刺は正中矢状面を外さなければ必ず小脳延髄槽に到達しますが、側臥位にする介助者がご遺体の体格によっては複数人必要となることがあります。側臥位にした際に鼻口腔から吐瀉物などが出て現場が汚染される場合があり、その場合はガーゼ等で鼻口腔を押さえながら側臥位にするなどの配慮も必要になる場合があります。また通常臨床で行われている腰椎穿刺や、硬膜外麻酔の要領で胸椎間を穿刺して硬膜下まで針を進めて髄液を採取することも可能ですが、死体硬直や変形性腰椎症のため穿刺が困難な場合もあります。
髄液所見の解釈
髄液は脳室内の脈絡叢で1日あたり約450~500ml産生されるとされ、髄液の総量は脳室、頭蓋内くも膜下腔、脊髄くも膜下腔の合計で150mlとされているため、1日に3回程度の入れ替えがなされるように循環し、くも膜顆粒や血管に吸収されます1)。髄液穿刺では、無色透明から様々な濃度(色調)の血性髄液まで多様な髄液が確認されます。ここからは髄液穿刺で確認された髄液所見の解釈について説明します。
髄液穿刺ではくも膜下腔の髄液を吸引することになります。くも膜下腔に出血がなければ非血性の無色透明な髄液が確認できます。脳動脈瘤の破裂により脳底部に広範なくも膜下出血が生じている場合に確認される髄液は血液に近い色調を呈します。しかしながら血液に近い色調の髄液が確認されたとしても、くも膜下腔に多量の出血があるという状態がわかるだけであって、出血源が脳動脈瘤の破裂であることを判断できるわけではありません。脳幹出血が脳底部に穿破した場合には、同じように小脳延髄槽の髄液穿刺で血液に近い色調の髄液が確認されることもあります。脳内出血であっても視床出血の脳室内穿破や大脳円蓋部皮質下出血の頭蓋内くも膜下腔穿破では小脳延髄槽に出血が流れていく間に髄液で希釈され淡血性の髄液となることが多いです。血性の髄液を遠心分離すると血球成分が沈降し髄液成分と分離しますが、赤血球(ヘモグロビン)の分解によって生じた間接ビリルビンにより髄液成分は橙黄色調(キサントクロミー)を呈することがあります。脳動脈瘤の破裂や小脳出血が脳底部に穿破した例で、出血部位直近の小脳延髄槽の髄液穿刺では血液に近い色調の髄液が確認されたものの、出血部位から離れた腰椎穿刺では非血性のキサントクロミーのみが確認されたことを経験したことがあります。またそれとは対照的に、脳内出血が脳室内に穿破した例で小脳延髄槽の髄液穿刺では非血性のキサントクロミーのみが確認された一方で、出血部位からさらに遠位の腰椎穿刺では血性の髄液が確認されたことを経験したことがあります。この例は仰臥位で発見されており、小脳延髄槽が腰椎くも膜下腔よりも高い位置にあったため、血液就下(重力による血球の沈降)により出血が低い位置の腰椎くも膜下腔に移動し血性の髄液となり、小脳延髄槽にはキサントクロミーのみが認められたため、このような所見を呈したものと考えられます。このように髄液穿刺部位の位置によっては、頭蓋内くも膜下腔に出血があっても必ずしも血性の髄液が確認されるとは限らないことには注意が必要です。また脳室やくも膜下腔に穿破しない脳内出血では髄液は非血性となり得ます。脳梗塞では髄液は非血性となりますが、出血性梗塞を生じるとキサントクロミーや淡血性の髄液が確認されることがあります。
また外傷性のくも膜下出血でも髄液は血性となりますし、急性硬膜下血腫や急性硬膜外血腫でも、頭部打撲時の外傷性くも膜下出血の合併(1次損傷)や脳圧亢進による出血(2次損傷)によって血性の髄液が確認されることが多いですが、致死的な急性硬膜下血腫や、頭蓋骨骨折を伴う頭部外傷であっても、外傷性くも膜下出血を合併しておらず非血性の髄液が確認された事例を経験したことがあります。また慢性硬膜下血腫では非血性の髄液となります。脊椎骨折でも骨折の程度によっては脊髄くも膜下腔に出血を生じ血性の髄液が確認されることがあります。
このように血性の髄液を認めたとしても、出血源の特定や内因・外因の鑑別を髄液所見のみを根拠に行うことはできず、また非血性の髄液であっても頭蓋内の出血や頭部外傷を完全に否定することはできません。
生前にくも膜下腔に出血していなくても腐敗が進行してくると溶血により髄液中に血色素が浸潤し、髄液が血性になることがあるため、腐敗がある場合の髄液は注意が必要です。血性の髄液を確認した場合の鑑別で最も大切なのが、血管穿刺、つまりトラウマティックタップです。心臓性突然死などの急死の場合は、うっ血により静脈が拡張し血管穿刺が生じやすくなるため特に注意が必要です。私は血性の髄液を確認した場合には、別の部位からも髄液穿刺を行い、複数個所で血性髄液が吸引されるかどうか確認するようにしています。頭蓋内出血が生じている場合は出血部位から離れた腰椎穿刺であったとしても淡血性の髄液やキサントクロミーは確認できることが殆どであるので、1箇所でも(キサントクロミーではなく)無色透明な髄液が確認された場合はトラウマティックタップの可能性が高いと判断しています。血性の髄液を確認し、別の部位で髄液穿刺を試みる場合は、血性の髄液を穿刺した針は抜去せずにしておいたほうが良いと考えております。トラウマティックタップの場合に穿刺針を抜去してしまうと、血管の針穴から髄液中に血液の漏出が生じ、別の部位の髄液穿刺に血液が混入してしまい、生前の出血なのかトラウマティックタップによる出血なのかの判断ができなくなる可能性があるからです。新潟県警で用意しているスパイナル針は18ゲージ(φ1.27mm)の他に25ゲージ(φ0.50mm)もあります。25ゲージは曲がりやすいため穿刺の方向をコントロールするのが少し難しいのですが、トラウマティックタップの際に生じる針穴からの出血が18ゲージの場合に比べごくわずかであると感じており、私はまず25ゲージのスパイナル針で側頭下穿刺を行うようにしております。
以上、まとまりなく記載してしまいました。繰り返しになりますが血性の髄液を認めたとしても、出血源の特定や内因・外因の鑑別を髄液所見のみを根拠に行うことはできず、また腐敗による溶血の影響に加え、血管穿刺の可能性は常に考えなけれればなりません。また非血性の髄液であっても、くも膜下腔に穿破していない脳内出血やくも膜下出血を伴わない頭部外傷を完全に否定することはできません。髄液穿刺は検案で実行可能な数少ない検査であるものの、髄液穿刺の所見だけで死因の判断を行うことはできません。既往症や死亡状況等をあわせて総合的に判断し、判断に迷う場合は死後CTによる精査を考慮したほうが良いと考えます。
令和7年6月24日(火)
第8回警察医研修会にて講演
文献
1)冨永悌二 監修,齊藤延人,三國信啓,吉本幸司 編集:標準脳神経外科学.第16版,医学書院,東京,24–25,2024.
(令和7年10月号)