風間 隆
2月の法隆寺は快晴でとても寒かった。屋根や日陰には雪が残っていたが、それは奈良ではめったにないことらしい。観光客は数えるほどしかいなかった。そんな静かな雰囲気を楽しんでいると、大きな黒い手提げ袋を持った高齢の男性が私たち夫婦に歩み寄ってきた。最初、物売りかと警戒したが、地元のボランティアで法隆寺のガイドをしているという。見ず知らずの人と会話をすることが煩わしいと一瞬思ったが、人が良さそうなその男性の雰囲気は、自然とその申し出を受け入れさせた。その重そうな手提げ袋には写真や資料をまとめた自作のアルバムが入っており、それを携えて約1時間半にわたり案内してくれた。ときどき雑談を交えての解説や私たちとの会話には、80歳だというボランティアの方の人柄が偲ばれた。終わった後、何か心にホッと暖かいものが残った。
AIの近年の著しい発達と、その実際の利用の可能性が注目されている。いずれAIに取って代わられる職種が話題になったことがある。美術館や博物館を訪ねたとき音声ガイドをときどき利用しているが、そこから提供されるのは一方的に情報を受けるだけである。AIが導入されれば、双方向の情報交換ができるようになり、より鑑賞が楽しいものになるのではないだろうか。前述したような名所・旧跡の案内もAIに取って代わられるかもしれない。
皮膚科診療でもAIの利用が話題になっている。将来、医師に取って代わるようないわゆる「強いAI」が開発されるとしても、それはかなり先のことだろう。しかし、悪性黒色腫などの皮膚腫瘍の診断において、AIによる応用が可能になる時代はすぐそこまで来ているようだ。特定の目的だけに特化したAI、いわゆる「弱いAI」の利用は臨床の現場のいろいろな場面で応用され普及していくものと思われる。それに伴い、臨床医の仕事の内容や役割も変化していくのではないだろうか。
春休みや夏休みは学童や中高生の受診が増える。この期間は診察待ちの患者さんの多さに圧倒されて、精神的な余裕を持って診療していない自分に気づくことがある。AIの発達により皮膚科医の存在意義が危うくなるのも困るが、できれば、患者さんと余裕を持って会話ができるようになることを期待する。奈良のボランティアの方のような暖かい雰囲気がだせる医師になりたいものだ。
(平成30年4月号)