浅井 忍
最近では馴染みが薄くなったが、前の世代にとっては十干や十二支は当たり前の習慣であった。十干(じっかん)は、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸である。これは古代中国で日付や順序を表すことに使われた。十二支は、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥で、12の月や時間を表す。十干と十二支を組み合わせた六十干支は、甲子(きのえね)から始まり60種類あり、還暦はこの一巡である。還暦は干支が一巡して生まれた年の干支に戻ることから、60歳を迎えることを指し、元の暦に還るという意味をもつ人生の節目である。
今年は、60年に一度めぐってくる丙午(ひのえうま)の年である。江戸時代の放火事件を起こした八百屋お七が丙午の生まれだったことから、丙午生まれの女性は気が強く、夫の寿命を縮めるとされた。これが歌舞伎や浄瑠璃で広まり、現代にも語り継がれた俗信になっている。驚くことに、昭和41年(1966年)の丙午は出生数が前年より実際に約25%も減少したのである。
丙午だけがこれほど強烈なイメージをもつ理由は何か。背景には江戸時代の吉凶観、さらにその源流として中国の陰陽五行思想がある。丙は陽の火、午も火を司るため、丙午は火性が重なる特別な年とされた。そこに家父長制の価値観や女性観が重なり、偏見として固定化されたのである。親たちは迷信をなんとなく怖いと感じ、子どもが将来不利にならないようにと出生を意図的に避けたのである。60年前にはそんなネガティブな考えが多数を占めていたのである。
ところで、丙午生まれの人物の特徴は、明るくポジティブ、豊かな発想力と行動力を持つ。華やかで、人を惹きつけ、交友関係が広い。困難を乗り越える力があり、頼れる存在である。これは非の打ち所がないスーパーな性格だ。親たち大人が忌むことに対して、丙午の当人たちの特徴が素晴らしいのは、ほほえましい。
では、令和の丙午はどうなるのか。政府が強調する異次元の少子化対策がそろそろ功を奏することを期待したい。
(令和8年1月号)