教授 土田 正則
当科は、心臓血管外科、肺外科を担当する講座として昭和40年に開設されましたので、今年で講座開設から54年目を迎えたことになります。講座開設以来、成人心臓血管外科、小児心臓外科、呼吸器外科の3領域を担当していますが、それぞれの分野に歴史と特徴があります。
今回は、各分野の歴史と近況、そして今後の発展について述べてみたいと思います。
【小児心臓外科】初代教授の浅野献一先生が就任された当時は、ファロー四徴症に対する手術死亡率は高く、手術成績の向上への努力が全国で行われていました。浅野教授は心臓外科手術に精力的に取り組まれ、年間の開心術症例数は昭和42年には127例と増加し、手術死亡率も改善し、本邦トップの成績が得られるようになりました。2代目の江口昭治教授の時代には弁付きパッチを用いて右室流出路を再建するなどの新しい術式を開発しながら、成績をさらに向上させました。当科では、小児開心術の黎明期から多くの手術を行ってきているため、全国的に最も古い歴史のある施設の一つとなっています。
現在は白石修一准教授のもとで、完全大血管転移症や左室低形成症候群などの新生児複雑心奇形の手術が増加し、その治療成績も飛躍的に向上して名実ともに全国トップの成績を挙げています。新潟県はもちろんですが、隣接県からの紹介が増え、小児科、集中治療科と協力しながら小児心疾患の治療にあたっており、特色のある分野です。
多くの小児心疾患が救命できるようになり、成人期に達した患者さんが増えるにしたがって、その管理が大きな問題となってきています。先天性心疾患出生児数は年間約1万人で、おおよそ95%が成人となるため年間の成人先天性心疾患患者増加数は9,000人を超えると見込まれます。現在の成人先天性心疾患患者数は約50万人と考えられており、今後もさらに増加することからその対応は急務です。
当科も成人に達した先天性心疾患術後症例の増加が例外ではなく、ファロー四徴症をはじめとした心疾患根治術から30年以上を経過して再手術を要する患者さんが少しずつ増えてきています。
このような背景から、循環器内科、小児科や産科、心臓外科などの関連各科が一致協力して、昨年に成人先天性心疾患外来を開設しました。また、今後は新生児複雑心奇形の段階的手術が増えることで、長期入院を要する患者さん、ご家族も増える可能性が十分考えられます。
現在マクドナルドハウスの建設計画が進んでいますが、循環器疾患の患者さんの利用も想定されることをご理解いただければ幸いです。
2004年に小児肺移植のためにセントルイスこども病院に患者さんを搬送しましたが、写真はその際に患者さんとご家族に提供されたマクドナルドハウスです。芝生のある広い敷地の大きな一軒家で、帰国するまで患者さんとご家族が快適に過ごすことができました。
【成人心臓血管外科】講座開設以来、成人領域では弁膜症に対する人工弁置換術の先駆的施設として症例を重ね、昭和51年の統計では人工弁置換術数は全国3位にランクされていました。林純一教授の時代には教室の伝統である弁膜症手術の長期成績の研究を継続し、人工弁の長期耐久性と優れた性能についてのエビデンスを発信してきました。
現在は、三島健人チーフのもとで、抗凝固療法をなるべく用いないように、適応患者には弁形成術を第一選択とし、人工弁が必要な際には生体弁を使用する頻度が増加しています。手術アプローチも胸骨正中切開による大きな開胸から、小開胸による低侵襲心臓手術(MICS)へとシフトしています。また、冠動脈バイパス手術は90%以上で人工心肺を使用しない拍動下冠動脈バイパス手術を実施しています。
新しい治療として、虚血による重症心不全患者を対象とした自己骨格筋由来シートを心表面に移植する再生医療を開始いたします。補助人工心臓や心臓移植に代わるものではありませんが、ハートシートのレスポンダーの特徴を見出し、重症心不全の外科治療としての役割を確立したいと考えています。PCI後や冠動脈バイパス後の低心機能の患者さんがいらっしゃいましたら、新しい治療法の治験を検討させて頂ければ幸いです。
【血管外科領域】高齢化に伴い、胸腹部の大動脈瘤や解離といった大血管疾患の患者さんが急増しています。岡本竹司チーフのもとで、大動脈解離や大動脈瘤に対する血管内治療(ステントグラフト挿入術)を積極的に推進しています。
当科の特徴は、留置が難しいと考えられる弓部分枝を含む症例に対して、3Dプリンターを用いて患者さんに適合するステントを作成している点と、緊急手術においても、可能な限りステント治療を適応している点です。また、榛沢和彦特任教授のもとで、AMEDの研究として新規血管内ステントを開発中で、今後は新しいデバイスによる治療の選択肢が広がることが期待できます。
【呼吸器外科】外科教室の手術データでは昭和29年に肺癌に対する肺切除が2例開始された記録が残っており、これが肺癌手術の本格的な始まりと考えられます。肺結核に対する外科手術が減少するとともに肺癌症例が徐々に増加しますが、広野達彦先生、小池輝明先生の時代には年間30例前後の肺癌手術数でした。術前画像診断がまだ十分でない時代であり早期肺癌は少なく、進行肺癌に対する拡大手術が積極的に行われていました。全国の肺癌手術数は昭和60年に年間6千件程度でしたが、現在は4万件を超え7倍と増加し、さらに年々増加し続けています。画像診断技術の向上で早期肺癌症例が増加し、大きな開胸を要しない胸腔鏡手術が急速に増えています。
大学では小池輝元講師のもと、JCOG肺癌グループや県内呼吸器外科施設との臨床研究に積極的に参加しています。また、手術では70%以上の症例で完全胸腔鏡下の肺葉切除や区域切除を実施しています。近日中にロボット手術を導入すべく準備を行っています。
肺癌切除検体と血液サンプルを採取しゲノム解析をおこなっていますが、今後は外科領域でもゲノム情報に基づいた個別化治療を推進することも目指しています。
呼吸器外科医の需要は高く、全国的にも呼吸器外科医数は増え呼吸器外科の講座が独立する大学が増えています。心臓血管外科と呼吸器外科は同じ胸部領域の臓器を担当しますが、機能外科と腫瘍外科という異なった分野でもあり、今後は分離する方向に進むべきと考えています。
急速に発展する人工知能やビッグデータが今後我々の領域でどのように発展するか予想がつかないというのが本音です。
(令和元年8月号)