徳永 昭輝
(新潟ロータリークラブ会員)
はじめに
ミャンマーの医療支援活動に取り組むきっかけは、2015年11月に新潟ロータリークラブ例会の卓話の講師として来られた「ミャンマーの医療を支援する会」の会長、前新潟大学病理学教授の内藤眞先生のお話でした。
軍事政権から民主化されたとはいえ、ミャンマーの医療は悲惨な状況です。内藤先生から、ヤンゴン第2医科大学の研修・教育病院のサンピア病院では新病棟が建設されているが、医療機器等の設備が不足して稼働できない状況にあり、「超音波診断装置の寄贈」を要望されているという情報を得ました。それで新潟ロータリークラブの国際奉仕活動として「サンピア病院に超音波診断装置を寄贈するプロジェクトチーム」を作り、ミャンマーの母子健康向上のために医療支援活動をすることになりました。
1.新潟ロータリークラブのミャンマー医療支援活動の取り組み
新潟ロータリークラブは、国際奉仕活動として大学院レベルの海外留学生に対して奨学金による学資支援を数回行ってきました。しかし、国際ロータリー財団にグローバル補助金を申請する大規模な国際プロジェクト事業は初めての取り組みでした。
1)国際ロータリー財団補助金事業
国際ロータリー財団は、「世界で良いことをしよう」という標語の下に、「ロータリアンが、人々の健康状態を改善し、教育の支援を高め、貧困を救済することを通じて、世界理解、親善、平和を達成できるようにすること」を使命とし、「人々によりよい生活をもたらし、地域社会のために活動するロータリアンを支援する」目的で、ⅰ. 地区補助金(DG: District Grants)、ⅱ. グローバル補助金(GG: Global Grants)の2種類の補助金活動を行っています。国際ロータリーは、財団の使命に関連する6つの重点分野:ⅰ. 平和と紛争予防/紛争解決 ⅱ. 疾病予防と治療、ⅲ. 水と衛生、ⅳ. 母子の健康、ⅴ. 基本的教育と識字率向上、ⅵ. 経済と地域社会の発展、に対して補助金事業を支援しています。
2)新潟ロータリークラブが取り組んだグローバル補助金事業
上記の重点分野の中で「母子の健康」を支援する人道的プロジェクトを選択し、「超音波診断装置導入によるヤンゴン市母子保健の向上」プロジェクトをグローバル補助金事業として申請し、活動を始めました。
2.ロータリークラブのグローバル補助金事業の特色
当初、今回のプロジェクトは単に「超音波診断装置を寄贈する」事業と思っていました。ところが単なる寄付ではなく、指導や寄贈後のフォローアップを含む本格的な海外支援活動であることが分かり、このプロジェクトを実施するために、ミャンマー(実施国)のロータリークラブと協力病院(サンピア病院)と協定を締結することになりました。
1)ヤンゴンロータリークラブ(YRC)
ミャンマーのヤンゴンロータリークラブ(YRC)はイギリスの植民地であったビルマ時代に発足していましたが、1960年代にネウィン大統領の軍政となり衰退を余儀なくされました。1974年には一時活動が中断しましたが、2014年6月に再編成されて活動していることが分かり、“新しいヤンゴンロータリークラブ”と協定(MOU)の締結に向けた取り組みが始まりました。
2)現地との信頼関係構築
サンピア病院の情報は内藤先生を通して入手していましたが、実施国側のYRCとの交流はなかったため、情報を共有することが困難でした。そのため、2017年11月と2018年2月にミャンマーを訪れました。2回のミャンマー訪問がMOU締結に大きな足がかりとなりました(写真1、2)。訪問後YRCとスムーズな連絡をとれるようになりました。
新潟大学医学部産科婦人科講座(榎本隆之教授)がJICAの「医療人育成プロジェクト」に参加し、2015年から毎年2名の短期研修医を召請して超音波検査の臨床技術指導に取り組んでいたことから、榎本教授にはこのプロジェクトを進めるために助言を頂きました。新潟大学の感染症プロジェクトのためちょうどヤンゴンにお出でになった小児科齋藤昭彦教授にはサンピア病院の視察と協議に加わって頂きました。
3.ミャンマーの医療事情
1)ヤンゴン市内の産科・周産期医療の現状
私は2018年2月にヤンゴンを訪問しました(写真3-15)。サンピア病院はヤンゴン市のThingangyun区をはじめ6地区、100万人の居住区をカバーし、年間の外来患者数3万人、入院患者2万人。この病院の年間分娩数は6,000~7,000件(1日に20件前後)です。日本と比較して桁違いに多い数です。
産科病棟では保育器が足りなく、1台の保育器に新生児が2人入れられていました。スペースも不足し、褥婦は分娩後病院の廊下などに置かれたベッドで過ごしていました。
厳しい医療状況の中で医師、看護師は奮闘していました。
2)ミャンマーの妊産婦死亡、新生児・乳児死亡率は日本の戦後の状態
WHO2018年版によりますとミャンマーの新生児死亡率(1,000人出産当たりの人数)は24.5人と、国連加盟国194か国中34番目に高く(日本の新生児死亡率は0.9人)、乳児死亡率は40.1人(日本の2014年の乳児死亡率は2.8人)です(写真16)。ミャンマーの妊産婦死亡数(出生10万人当たりの妊娠・出産中に死亡する数)は、2013年200(日本:3.4)、2015年178(日本:5)で、日本の戦後の1943年(昭和28年):193.6、1987年(昭和62年):162に近い状況です(写真17)。
3)ミャンマーでは超音波診断検査・診断は放射線科医師が実施
ミャンマーでは、超音波診断装置による臨床検査・診断は放射線科医師が行っています(写真18、19)。サンピア病院でも、超音波検査室は放射線科のCT室などのある検査棟に置かれていました。日本のように、産科医により日常の妊婦健診の中で当たり前のように超音波診断装置が利用されている状況ではありません。JICAの医療人育成プロジェクトによって新潟大学で臨床技術研修を受け、トレーニングされた産科医師が帰国しても超音波診断装置を自分で日常診療に利用できないのが現状です。
4.超音波診断装置の寄贈と研修セミナー
1) 贈呈式
プロジェクトを開始して3年。多くの問題を解決してようやく2018年末に超音波診断装置がサンピア病院に納入されました。2019年1月25日にサンピア病院で贈呈式がとり行われました(写真20−22)。新潟ロータリークラブから4人、そして内藤先生も参加しました。YRCからも会長はじめ数人が出席しました。
サンピア病院にはVoluson P8(GE社製)、経腹プローブ、経腟プローブ、3Dプローブ、プリンター、パソコン、超音波関係参考書を寄贈しました。
2)超音波検査実施セミナー
寄贈式の後、研修セミナーと超音波検査実地セミナーを国際ロータリー2,560地区の地区補助金(VTT)によって行いました。セミナー参加者は、現地の産婦人科医師18名、放射線科医師5名、病理医2名、内科医1名、新潟RC関係者を含め31名が参加しました。参加者には手作りの研修冊子を配り、冊子にそってスライドを使ってセミナーが行われました(写真23、24)。
実地指導は、新病棟の1階に新しく設置された超音波検査室で行われました(写真25)。検査室には、寄贈された超音波診断装置、プリンター、コンピューターなどが配備されていました。あまり広くない部屋に30人もの実習希望者が集まったので、入りきれないほどでした。妊婦検診の超音波検査が始まり、胎児の画像が鮮明に映し出されたのは印象的でした(写真26)。今後、この超音波診断装置が活用され、ミャンマーの産科医の医療技術のスキルアップに役立つことを期待しています。
終わりに
新潟ロータリークラブの取り組んだミャンマー医療支援活動の成功は、JICA「医療人材育成プロジェクト」に取り組んでいた新潟大学の産婦人科講座やミャンマーの医療を支援する会からの正確な現地情報提供と、直接現地に行ってYRCとサンピア病院の関係者と連携出来たことが背景にあります。ご協力に感謝申し上げます。
このようなロータリー活動は、単に医療機器を寄贈するというだけのものではなく、寄贈した医療機器がどのように利用され、産科医師が妊婦健診等にどのように利用し、成果を上げられたか検証が必要です。
現地での周産期医療の現状は「超音波診断装置」を寄贈しただけでは大きな改善はみられないかもしれませんが、このような活動が現地の産婦人科医のスキルアップにつながるように継続していく必要があります。寄贈した超音波診断装置のメインテナンスを含めさらに支援していきたいと思っています。
写真1 サンピア病院院長とYRCと第1回会談。新大小児科齋藤昭彦教授にも参加して頂いた(2018年2月)。
写真2 YRCとバナー交換
写真3 産科外来
写真4 産科受付
写真5 産科病棟の看護師さん
写真6 お産が終わり、廊下のベッドに横たわる褥婦。
新生児はきれいなかごのような中で大切にされていた。
写真7 分娩室入り口:1日分娩20件前後
写真8 分娩室内
写真9 産科スタッフの写真
写真10 分娩室前の廊下に褥婦のベッドが置かれている。
日本のように産後の部屋が無い。
写真11 保育器に2人入れられていた。~保育器が足りない~
写真12 黄疸の治療風景
写真13 新生児:酸素ボンベはそのままインファントウォーマーに寝かされた新生児とむき出しの酸素ボンベ。流量計を付けて、直接投与されていた。
写真14 予防接種に来た婦人と新生児
母親ではなく、おばあさんたちが予防接種に子供を連れてきている。
写真15 ディスポーザブルの注射器で接種
写真16 ミャンマーの新生児死亡・乳児死亡率
写真17 ミャンマーの妊産婦死亡数
写真18 放射線科診療棟
写真19 放射線科内の超音波検査室
写真20 サンピア病院における超音波診断装置寄贈式で挨拶する筆者
写真21 超音波診断装置の目録贈呈。院長(左)、筆者(中央)、YRC会長(右)。
写真22 集合写真
写真23 VTT研修セミナーを行う筆者
写真24 手作りの研修用冊子
写真25 実地指導風景
写真26 超音波検査室のプレート、胎児画像と関係者
(令和元年5月号)