山﨑 芳彦
喉の渇きが極限状態にあるとき、一杯の水で救われたという経験は誰でもお持ちであろう。自らもこの経験は何度かあり、ここで、この70年余りの思い出をいくつか振り返ってみたいと思う。ここで言う飲み物とはレストランやホテルのワイン、高級ジュースといったものではなく、どこでも手に入る普通のものである。
弘前の100%リンゴジュース 昭和40年、東日本医科学生総合体育大会(東医体)が弘前市で開かれた。このときはテニス部に属しており、大会は毎年、7月下旬から8月上旬に行われた。このときも試合が終わり、喉はカラカラであった。テニスコートの近くに、小さなキオスクがあり、喉の渇きのため、牛乳びんほどの100%リンゴジュースを買った。その頃、われわれのような学生には、100%ジュースは珍しく、1本20-30円くらいであったと思うが、その値段の安さから、思わず2-3本注文してしまった。透明な焦げ茶色で、甘く、冷たく、このようにおいしいものはかつて飲んだ経験が無かった。さすが、青森はリンゴの産地だと思った。
仙台の水道水 翌年、同大会は仙台市で開かれた。当時の東医体のテニスは5セットマッチで行われた。この時も、5セット目まで試合はもつれ込んだが、なんとか勝ったときにはもうふらふら状態であった。その頃、マラソンをはじめ、耐久性を要するスポーツは試合中なるべく水分をとらない、というのがそのセオリーとされた。5セット目の最後には、何でも良いから相手のコートに入れば良いという状態でプレーをした。終わると早速水の補給をした。4個入るテニスボールの空き缶に近くの水道水をたっぷりいれ、一気に飲み干した。味がどうだったかは考える余裕はなかったが、とにかくおいしく、缶1杯でも足りない気がした。電解質が崩れてしまうとの思いもあったが、それを考える余裕もなかった。
米国ロサンゼルスのコーラと100%オレンジジュース 35歳の頃、米国ロサンゼルスの病院で研修を受けた。ロサンゼルスは、亜熱帯乾燥気候で、夏の暑い日、外出先から戻ると喉はカラカラとなっていた。このとき冷蔵庫から、コーラかファンタを取り出し、一気に一缶飲み干す。喉を通るときの爽快さはたまらなかった。このとき、炭酸が入っていないと刺激も半減すると思われた。このときからコーラ好きになり、米国人のコーラ好きの理由が理解できた。因みに、米国に行く前にはコーラはあまり飲んでいなかったが、帰国後も飲まなくなった。もう一つの飲み物に100%オレンジジュースがある。ロサンゼルス周辺はオレンジの一大産地で、値段も安い。あちこちにジューススタンドがあり、大きなガラスケースにオレンジがぎっしり詰め込んである。スイッチを押すと、ガーと音がしてこのうちの1本分が絞られて出てくる。そのなんとおいしかったこと。1グラス50セント前後でたっぷり、絞りたてを飲むことができ感激した。グラス1杯、6個のオレンジが必要なのだという。スーパーでも、1/4-1ガロンの大きなボトルに入れたジュースを手に入れることができるので、いつもこれを冷蔵庫に入れていた。こんなことでも、さすが、アメリカは大国だとおもった。何年か後、サンフランシスコ、シアトル、東海岸などを訪れたがこのような大規模のジューススタンドはなかった。
沖縄のシークワーサージュース 沖縄には、5回ほど、このうち、石垣島には2回、南大東島には1回訪れた。主な目的は、本土ではみられない珍しいトンボに出会うことである。レンタカーで回るのだが、夏はどこでも暑い。喉がカラカラである。道路脇に自動販売機を見つけて、ジュースを買う。シークワーサージュースを見つけて、これを試してみることにした。シークワーサーは、沖縄付近で多く作られている柑橘類の1種であるが、これがおいしく、やや強めの酸味と、ピリッとしたのど越しがたまらない。この後は、いつもこれを求めた。新潟に戻ってからは、手に入りにくく、飲んでいない。渇いた喉を潤すのにこれ以上のものはなかった。
阿賀町の清水 阿賀町三川は新潟県では珍しいトンボが多く観察できるので、しばしば訪れている。ここの林道脇に沢からしみ出す、小さな流れがあった。ある日、この流れを導くように塩ビのチューブが設置されて、その脇の枝にワンカップの空き瓶がかけてあった。暑い日中であったので、2-3杯夢中で飲み干してしまった。きっと近所の人もここを通るたびに、この水で喉を潤しているのであろう、冷たく、やや甘い感じがあり、どこの銘水よりもおいしいと思った。以降、ここを通るといつもご馳走にあずかっている。
山でご馳走になったコーヒー 糸魚川から栂池への道は塩の道と呼ばれ、絶好のハイキングコースとなっている。この途中に白池といわれる幅500mほどの池がある。この池にはルリイトトンボ(写真)という全身ルリ色で、トンボの中でも最も美しいと思うトンボが棲んでおり、新潟県唯一の産地であった。これを探しに息子らと訪れたわけだが、途中でおにぎりの昼食と水の補給を済ませると、池の辺に着く頃には喉がカラカラになった。我慢するしかないかと思っていると、糸魚川市からハイキングに来たという父子づれに出会った。思いもかけずここでコーヒーをご馳走してくれるとのこと。これで喉の渇きを止め、コーヒーの香りとその甘い味に感激した。このときほどのおいしいコーヒーは味わったことがない。コーヒーをいただいた後、池の反対側を探して多くのルリイトトンボに会うことができた。今は、この道も整備され、池の近くまで車で行くことができるという。
この70年以上、何度も喉の渇きを体験したが、その中で印象に残るものを列挙してみた。喉の渇きの感じ方は、その飲み物の味よりも、乾きの状態が大きく左右することは言うまでもない。今まで多くの場面で水分によって助けられた。
写真 ルリイトトンボ(イトトンボ科、ルリイトトンボ属)連結、2019.7.7 長岡市。ここは最近発見された新潟県2カ所目の産地である。白池の写真のできが良くないので代えて掲載した。前が♂、後ろが♀。
(令和3年3月号)