真柄 頴一
発達とは、身体・器官の機能が向上することをいう。発達障害とは、中枢神経の成熟障害ないしは機能障害であり、非進行性の高次脳機能障害が発達期に出現したものということが出来る。
その分類は、1.知的発達障害(精神遅滞) 2.広汎性発達障害 3.発達の部分的障害(特異的発達障害)4.注意欠陥多動性障害の4つに分けるのが実際的である。─南山堂医学大辞典から抜粋─
自身は精神遅滞者ではないだろうと思っている。発達障害は広汎に及んでいない。注意欠陥多動性障害でもないと思う。著者の過去を振り返ってみると注意力不足は否定出来ない。ホンジュラスからブラジルに分布するナマケモノの動きが好きだ。安楽椅子にゆったりと座ることや、ハンモックでの昼寝を好む。大切なことは即断せず、支離滅裂にならないように少しは考えて決定することを心掛ける。多言語話者に憧れて、英会話、スペイン語、フランス語を学んだことがあるが困難であった。しかし、ひるまず、今度スペインに旅したら、西―仏、西―伊、西―独辞書を購入しようと計画している。
多分、部分的障害を持っているのであろう。少年の頃から学習障害があったと、今頃になって気付いた。更にまた、現在、統合失調症の気配は確かに自身の心の中に存在する。現実または外界から遠ざかり、対人交渉を極力避け、願望や苦悩を抱いたまま自己の内界に閉じこもることがある。一人でいる、単独行動をする、誰とも喋らないことを苦にしない。むしろ、それを求めているのかも知れない。一人旅が好きだ。統合失調症の一つ、自閉の表現型であろう。しかし、高齢の統合失調症の発症は聞いたことがない。研修医の頃は精神分裂病と言い、破瓜病という語もあった。学習障害は中枢神経に何らかの機能障害があると推定されるも、統合失調症と直接に結び付くものではないらしい。
学習障害Learning Disability
字を書く、読む、話す、聞く、計算することなどのどれかの習得、使用に目立った障害があることをいう。
中学校の社会科の教師はたまりかねて著者に言った。お前はいつも分かったような顔をしているが、何故ノートを取らないのだ。道理で社会科の試験の点数は悲惨なものだった。なるほどそうだが、試験問題の、歴史上のある出来事は西暦何年かの問いに、教科書に記載されていると答えた。下らない設問への反発心があった気がするが、分かったつもりでノートを取らないのも、学習障害の一つなのだ。聞く、字を書くことに障害があったのだ。
数学は極端に苦手だった。数が何を表しているのか、理解することが難しい。例えば、無限大、無限小は何処まで行くのだろうかと悩んだ。また、分数が何のためにあるのか、分数の加減乗除の意義の理解に苦しんだ。方法は教わったから基本的な計算は何とか出来たが、将来、何の役に立つのだろうと負け惜しんだ。更に、例えば、問題を読んで立式することが困難だった。自身で立式して得た数値はあり得ないものだったから回答しなかった。今でも白紙の答案用紙の夢を見る。厚生省が医師免許証の返還を求める悪夢を見る。
某、私立有名小学校の入学試験の算数の問題が解けなかった。教務室の数学の教師に呼び出され、答案用紙を指さし、このような考え方を教えたことはないと叱責された。やはり、数学的推論の困難と言う意味で、学習障害があったのだろう。
高校に入学してからも、数学の教師に、何故そのような数式を導き出せるのか、問うた。高校教師として、生徒思いで人気のある、ていさん(渾名であり授業中以外は誰も・・先生とは言わなかった)だったが、それを導き出すきっかけは閃きですと答えた。それに食い下がって、では、閃かない生徒はどうすればよいのか、尋ねた。返答はなかった。世の中には、してはならない質問があるのだ。
画家のPicassoは算数障害があり、Walt Disneyは読み書き計算が苦手であったらしい。しかし、立派な仕事をした。著者も仕事をしているが、立派とは程遠く、悲しいほどにお粗末である。
自身は健康年齢に達したが、他人から見ると違和感を抱かせる言動があるのではないか、あと何年、他人の助けを借りずに生きるのだろうか。買い物に行って釣銭の勘定が出来なくなってしまうのだろうか、75€のワインを注文してそれが安いのか、法外に高いのか判断出来なくなるのだろうかと心配する。算数が苦手だったから可能性は高い。
学習障害のうち、幸いなことに、字を書く、読むことの障害は改善されたようだ。絵日記、読書感想文、卒業文集の構文は大の苦手だったし、学術論文に至っては、小説を書くのでなく、事実とその理論を書けと呆れられた。この年齢になって何故か、書字表出障害が嘘のように消えた。努力も勉強もした訳ではなし、定型・非定型抗精神病薬を服用したこともない。馬鹿につける薬を管理薬剤師に相談したが、これほど高度になると塗ってもむだでしょうと言われた。明快な回答である。
学習障害のある児童が、将来、軽度認知障害に至り、気付かれないままAlzheimer型認知症を発症することがあるのだろうか。日常診療で種々の認知症に接することがある。診断されても人格を保ち、97歳になって息子の顔が分からなくなり、その後間もなく生涯を閉じた人も居られた。逆に進行性の高度の痴呆に陥り、てんかん発作や筋固縮などの神経症状が加わり失外套症候群を示し、寝たきりになった人も知っている。
発達障害があると、アミロイドβタンパクの沈着を来したり、神経伝達物質の異常減少が起こりやすいのだろうか。学習障害のある自身に将来何が起こるのか興味が尽きない。
過去の自分を思い出し、正直に反省したからだろうか、常に敗者であった自分を曝け出して70年ぶりに気持ちが晴れた。学習障害という語句を考え出し、それを分かりやすく解説した学者に感謝する。多分、その学者は数学者ではないと自分は思う。
不思議なことがあるものだ。ペンが勝手に文字を連れて来る。