中平 浩人、他5選手
かつて全国的なブームを巻き起こしたボウリングは、現在では競技スポーツとして大きな進化を遂げています。近年は、スピード・回転・入射角といった要素がより重要視され、それらを高い次元で実現できる2-handed投法(両手投げ)が、プロのみならず小中高生にまで急速に広まっています。一方で、従来のone-hander(片手投げ)もまた、負けまいとdynamicなスタイルに進化を続けています。
当倶楽部は、全日本医師ボウリング連合新潟支部として、県内各郡市医師会支部と連携し、新潟チームを編成して活動しております。毎年開催される連合主催の「全日本医師ボウリング大会」(今年度・第53回 宇都宮市)でも両手投げの選手が上位を占める傾向が強まる中、当チームは貴会のご支援のもと、片手投げの技術を着実に磨いてまいりました。
その結果、年齢ハンディキャップが少ない頃から上位入賞を重ね、近年は増えたハンディキャップを武器に「常勝集団」になりつつあります。なかでも大会の花形である4人チーム戦では通算7回の優勝、直近15大会でも3回の優勝を達成しております。さらに、シングルス戦優勝(高畑選手)、ダブルス戦優勝(山本・原選手)、個人総合優勝(窪田選手)、パーフェクトゲーム含む種目総合優勝(塚田選手)を始めとする大活躍は、枚挙にいとまがありません。
今後のさらなる発展が期待される一方で、次世代への継承が課題となっております。現在、最年少の選手でも還暦を過ぎており、新たな仲間をお迎えすることが急務となっております。そこで、スポーツボウリングの魅力をお伝えする一助として、選手からのメッセージおよび県内の仲間からの声をご紹介いたします。
ぜひご一読いただき、かつてのご経験を活かしたい方、あるいは新たに挑戦してみたい方は、当倶楽部の月例会(原則 第2・第4金曜 20時/グランドボウル黒埼)へ、どうぞお気軽にご見学にお越しください。お待ちしております。
選手からのメッセージ
☆新潟市医師会ボウリングクラブで投げる楽しみ
部長 滝沢慎一郎
ボウリングは60年弱はやっていますでしょうか。あの全盛期、毎日のようにTV放送(当時は野球、大相撲、プロレス、ボクシングなどのスポーツ中継が放送されていました)があり、雨後の筍のようにボウリング場が増えていった頃が懐かしく思い出されます。猫も杓子もマイボールでした。しかしそれからのボウリング業界の衰退ぶりは凄まじいものがありました。そんな中、今まで投げ続けてこられたのはその楽しさ奥深さゆえだと思います。私は医師会のボウリングクラブに参加してからは、センターや、その他の大会にも殆ど参加していません。そんな私が楽しく投げ続けてこられたのは、このクラブ員との交流が一番の原動力です。仕事を忘れて没頭することの何とも言えない喜び、投げ方やレーン状態の読みなど考えれば考えるほど判らない事ばかりです。これからも投げられるうちはみんなと楽しくやっていきます。
☆夢のパーフェクトゲーム
塚田 芳久
2019年10月13日よりラウンドワン堺中央環状店で第49回全日本医師ボウリング連合全国競技大会が開催されました。前日の台風19号の豪雨災害で新潟県選手団の多くが参加できず、ダブルス戦を27-28レーンでブラインド(欠員)して一人投げました。
1ゲーム目ストライク5連発、スペア3つ挟んで4連発の257点でスタート、あまりの好調に力んで2ゲーム目は、ワッシャー、10ピンをミスと2連続オープンしましたが、気を取り直して6連発して237点と好調でした。レーンコンディションは良く、ピンのオフセットもなく、大会1カ月ほど前に斉藤志乃ぶ(米国2勝を含む74勝の最多優勝ギネス記録保持者)プロの指導を受け、魔法を掛けられていたので、投球はポケットに吸い込まれ、10本のピンは一瞬に飛び消えました。
そうして迎えた3ゲーム目10フレーム前には、支配人から場内に「27-28レーンの新潟県塚田選手が9フレームまでストライク続行中です。皆さんで応援しましょう」とナインコールが流れました。48レーン貸し切り大会の参加者全員が投球をやめて、私の3投に注目してくれました。生まれて初めての9連発に手が震えていたのですが、全員が注目してくれたおかげなのか、幽体離脱や劇のワンシーンを演じる役者のような心境で、1投ずつが他人事のように進み、3投とも10本のピンは一瞬に飛び去って300点を達成しました。大会のハイゲーム300点、ハイシリーズ783点、ハンデ(66歳11P)込み9G2120点は全て1位でした。
アマチュア競技者になり40年、300点を夢に見た時代はありました。しかし、年に数回しかボールに触らず、還暦過ぎて体力も落ちた今頃、しかも全国大会で出るとは思いもよらず、無欲だから起こる夢のような出来事でした。その後全国大会はコロナ禍でしばし中断し、4年後の50回大会は滝沢先生、原先生、中平先生の4人チーム戦で優勝しました。ボウリングは老若男女のスポーツなので、これからが競技の適齢期かもしれません。
☆長岡支部の昔と今
窪田 久 長岡
1972年に当時長岡市医師会副会長の工藤辰夫先生からの指示で、茨木政毅先生と野村権衛先生が全日本医師ボウリング連合新潟県長岡支部を立ち上げられ、第一回は1972年11月26日に第2ミナミボール(旧立川綜合病院の跡)で開催されました。その後メンバーに入れ替わりはありましたが、唯一茨木先生が一回目から現在まで参加されておられます。すごいですね。茨木先生は新潟開催の全国大会で、滝沢先生の父上と一緒に4人チーム戦に参加され、見事優勝されています。
長岡市では12名程度で、新加入の先生も時々おられますが、結局やめられて、20年くらいは固定メンバーとなっています。皆さん月一ボウラーであまり練習しないわりにはうまいと思います。ハンディキャップは底なしの(200-アベ)×0.8ですので、誰でも優勝の可能性はあると思います。ポップボウルで月曜日に月1回例会を行っています。参加希望者は長岡市医師会の方にご連絡おねがいします。
☆スポーツボウリングへのお誘い
伴野 正明 上越
40年前静岡県藤枝市に眼科開業した時がきっかけでした。医師会ボウリング大会に参加し、ボウリング部を首謀していた耳鼻科医の村松弘先生(全日本医師ボウリング連合内では強者で有名でした)に、マイボウルを作って一緒にやらないかと誘われたのがスポーツボウリングの始まりです。ボウリングは肩を軸に投げるので、手首や指に負担はかけず手術に影響をおよぼしません。力を入れるとかえって手に負担を残します。全日本医師ボウリング大会に参加して決勝進出者(30名)に入るのを目標にしています。8年前に静岡チームから新潟チームに転向して継続しています。レジャーボウリングからスポーツボウリングへ昇格させて、スリリングなボウリングを楽しんでいます。まずは医師会ボウリング大会に参加しましょう。
☆ボウリング復活へ
笹川 康夫 新発田北蒲原
新発田北蒲原医師会(前新発田市豊栄市北蒲原郡医師会)では、故桑島勉先生を中心として、40年ほど前よりメディカルボウリングが医師・医院従業員・医院家族・医師会職員・健診センター職員を中心に毎月1回の月例会および年2回の大会(商品付き)が行われ、わたくしも仲間に加えて頂きました。
ボウリングをしているという話を、先輩である滝沢慎一郎先生(師匠?)にお話したのがきっかけで、県医師会のボウリング大会にも参加させて頂きました。
私の当時のボウリングは、力ませに全力投球するような形で、初めての全国大会後は1週間ほど筋肉痛が取れないような状態でした。その後、師匠に教えを請い、フォームの改良に励み、何とかボウリングをしている格好ができてきました。
ボウリングの魅力は、ストライクの爽快感、連続ストライクを目指す緊張感、そして難しいスプリットを取った時の達成感ですが、パーフェクトのチャンスには未だ遭遇していないことが残念です。現在は、腰椎ヘルニアの術後の影響もあり、BS-TVでの女子プロのPリーグを見てイメージトレーニングをし、大会への復活に備えています。
一度は誰でもやったことのあるボウリング、皆さん、また投げてみませんか。

「斉藤志乃ぶプロ&長原京子プロ&キム・ソヒョンプロ レッスン会 2025」(2025年11月23日 於 グランドボウル黒埼)
(令和8年6月号)