山際 岩雄
ここ数年、4月初めの週に家内の由布と奈良に通っている。2019年4月初旬に山仲間8人とトヨタハイエースのレンタカーで奈良の寺院や吉野山の桜見物に訪れたとき、一目千本の桜にも感動したが、宿泊した明日香村の佇まいにも心動かされた。それ以来、この時期、毎年のように飛鳥を中心に奈良に通うようになった。また高校時代、理系進学コースで、日本史は3年生の1学期のみしか授業を受けず、知識も興味もなかったが、その奈良旅行をきっかけに日本の古代史に興味を持つようになったことも、毎年奈良に通う要因の一つとなった。今年は4月2日(木)から5日(日)の3泊4日とし、昨年9月には宿の予約をした。今年は、この時期丁度、吉野山も奈良も桜が満開であるとの情報で、寺院巡りよりも桜巡りを優先することとして、旅程を組んだ。
第1日目
毎年のことであるが、高速道路の深夜割引使用可能な午前4時前には新潟西ICから高速道路に乗った。名古屋までは順調であったが、カーナビが「おすすめルート」とした小牧JCTから東名道に入って南下し、伊勢湾岸道を通るルートではなく、名古屋の西側を南下する最も距離の短いルートを選んだのが間違いで、渋滞につかまり2時間くらいロスしてしまった。それでも650Km超走って最初の目的地宇陀市小原の極楽寺に正午前には到着した。寺は無住寺となっているが、しだれ桜はちょうど満開で、小原の里を見下ろすように青空にすっきりと映える姿(写真1)は、樹齢300年の威容を保っている。僕らの他にもうひと組の老夫婦がいたが、奈良市から初めて来たとのこと。
ここから、やまなみロードを15分ほど走って、大野寺に着いた。役行者が開き、天長元年(824)、弘法大師によって堂宇が建立されたと伝えられる。ここのしだれ桜も満開となっていた(写真2、3)。ついで女人高野と言われる室生寺に向かった。まずはそこを通り過ぎて、山道を5分ほど登ると西光寺があり、「城之山桜」とも呼ばれる樹齢300年のしだれ桜が満開であった(写真4)。この木は大野寺の桜の親木とも伝えられている。再び山道を下り室生寺に向かった。ここは石楠花で有名であるが、桜もそれなりに咲いている(写真5)。室生寺は天武天皇の勅願により、役の行者・小角がこの地に初めて寺を建てたと伝えられている。高野山が厳しく女人を禁制したのに対し、古くから女性の参詣、修行が許されてきた聖地で「女人高野」として親しまれてきた。この日は通常の拝観では立ち入ることのできない金堂の外陣に入れていただき、近い距離で国宝・釈迦如来立像、重文・薬師如来像、文殊菩薩像、十二神将像を拝観させていただいた上に写真撮影も許された(写真6)。ここで家内に「この薬師様、薬壺を持ってないね」と話しかけると、近くにいたお坊様がそれをお聞きになって、薬壺は金堂外陣の蟇股(かえるまた)というところに彫られていますよと教えていただき、拝見した。この日は五重塔を越え、奥の院まで足を伸ばした。次は山を越えた佛隆寺の千年桜だ。が、それはまだ硬い蕾(写真7)。周りの桜は咲いていたが、あとで調べると、今年の満開は4月10日だったとのこと。この木は樹齢900年といわれ、奈良県の天然記念物に指定されている。
これまでは全て宇陀市であったが、この後は桜井市の長谷寺に向かった。車で門前町を抜け、長谷寺の駐車場まで車を進めた。これまで割と人は少なかったが、さすがに長谷寺は人でごった返していた。ここは天武天皇の病気平癒を願って686年に建てられた古刹で、今は「花の寺」として親しまれている。本堂には像高約10.2mの十一面観音菩薩立像が祀られている。これまでのお寺と同様、体力勝負の参拝であった。ここの桜もほぼ満開となっていた(写真8)。ここまでで、この日の時間も押し迫り、予定していた大神神社はカットし、談山神社に向かったが、ここはすでに閉門されていた。この近くにあって、昨年訪れた又兵衛桜は一見の価値ありとして昨年の写真を載せる(写真9)。
ここで今日の宿、明日香村の民宿に向かった。道すがらの川の土手の桜も満開であった(写真10)。ここ3年常宿としている民宿に投宿。この日は飛鳥鍋の夕食。飛鳥鍋は飛鳥地方の伝統的な郷土料理で、牛乳と出汁で鶏肉と野菜を煮込んだ料理である。ここの飛鳥鍋は塩ベースで秘伝の味とのことでレシピは秘密。飛鳥時代に唐から伝わった牛乳がその発祥と言われる。
第2日目
終日晴れの予想だったので、1日吉野山で過ごし、帰りに昨年も立ち寄った壷坂寺の桜を見て帰る予定とした。朝食は7時にお願いし、7時半には宿を出発した。8時少し前、吉野駅の前を通ると、ケーブルカー待ちの客が長蛇の列をなしていた。駐車場の案内係の指示に従って進むと2020年に宿泊した吉野温泉元湯手前の駐車場に案内された。ここから先は車道がないことを知っていたが、まさか吉水神社までの急坂を登らされることになるとは思ってもいなかった。というのは、2020年4月めったに宿の取れないこの温泉が予約できたので、ここに泊まったが、急坂の登山道を登らなければならないとは知らなかった。COVID-19感染症のため、その年、吉野山の桜満開の時期にも関わらず、全く人出がなかった。急坂を登り、吉水神社に到着したのは8時50分。9時の開門前にすでに30人ほどが列を成していた。開門と同時に境内の展望所に入った。一目千本の桜が目に飛び込んでくる。中千本から上千本に至る桜はほぼ満開(写真11)であった。豊臣秀吉が文禄三年(1594年)に、ここを本陣として盛大な花見の宴を開いた時、「年月を 心にかけし吉野山 花の盛りを今日見つるかな」と詠んだ。僕らは何度目か? 書院内には数々の宝物が展示されており、このとき初めて拝観した。
今日は奥千本までは無理かもしれないが、上に向かって歩いて登ることに決めた。途中、奥千本行きバス乗り場があったが、待ち時間40分という。待つことが嫌いな二人は歩いて登ることを選んだ。花矢倉展望台からは上千本から下千本まで一望だ。山全体が桜で覆われ、その先に金峰山寺蔵王堂が望まれる(写真12)。吉野の旅の終わりはそこにある蔵王権現像参拝としよう。吉野水分(みくまり)神社のしだれ桜も満開となっていた(写真13)。さらに登って高城山展望台を本日の最高点とした。ここの標高は700m、250mの駐車場から標高差450mを登ってきたことになる。ここは奥千本に近く桜はまだ蕾状態であった。ここ高城山休憩所で昼食の弁当を広げた(写真14)。下りは上千本から如意輪寺方面に足を伸ばした(写真15)。そこから中千本の谷筋を歩き、金峰山寺に向かった。蔵王堂に安置された本尊金剛蔵王大権現が圧倒的迫力を持って迎えてくれた(写真16)。下りは吉水神社にもう一度寄って、再び一目千本を眺めた。陽の光をたくさん浴びた中千本と上千本の桜は午前中とは違った光を放っていた(写真17)。帰りは道路の渋滞に巻き込まれたが、なんとか脱出し、壺阪寺へ向かった。昨年は車で入れたが、今年は予約が必要とのこと。さらにシャトルバスが壷坂駅から出ているが、本日はすでに満杯とのこと。諦めざるを得ない。写真は昨年のものである(写真18)。
宿に一旦戻り、少し休んでから石舞台古墳の桜のライトアップを見に行くこととした。この宿のすぐ裏手に、推古天皇時代の蘇我氏の邸宅跡と言われる古宮遺跡があり、榎が一本立っている。この景色は写真家に人気らしい。木の後方右側の山は畝傍山である(写真19)。石舞台古墳は、元は土を盛りあげて作った墳丘で覆われていたが、その土が失われ、巨大な石を用いた横穴式石室が露出している。埋葬者としては蘇我馬子が有力視されている。写真20の遠くに見える山は二上山で、昨年登った。この山頂には天武天皇の皇嗣として有力視されていた大津皇子の墓がある。大津皇子は天武天皇崩御の直後に謀反の罪をきせられ、皇后(後の持統天皇)によって排除されたといわれる。石舞台古墳の桜も満開であった(写真21)。
第3日目
この日は一日雨の予報であった。まず、桜と菜の花が満開との情報で藤原宮跡を訪れた。藤原宮は694年に持統天皇が飛鳥から遷都し、唐の長安を模して作られたが、不完全な模倣の上に排水不良による衛生環境の悪化のため、わずか16年で平城京へ遷都となった。 現在の藤原宮跡には朱塗りの列柱が数か所再現されているのみで、緑の原野が広がっているところに季節の花が植えられている(写真22)。ここから南東に香具山が望まれる。ここには持統天皇が藤原京から見える香具山を仰ぎながら、「春過而 夏来良之 白妙能 衣乾有 天之香久山」と詠まれた歌碑が立っている。
ここを出て奈良市に向かった。まず、以前より見たかった入江泰吉記念奈良市写真美術館に向かったが、残念ながら作品入れ替えのため、閉館中で入れなかった。すぐ近くにある新薬師寺に向かった。本堂(写真23)で薬師如来坐像と十二神将立像を拝観した。残念だったのはここに会津八一の歌碑「ちかづきてあふぎみれどもみほとけのみそなわすともあらぬさびしさ」があることを失念していた。ついで白毫寺に参拝した。ここからは奈良市街が一望できる(写真24)。ここには五色椿をはじめ、椿の花が彩っていた(写真25)。奈良公園に戻り、奈良国立博物館などを見学し、早めに興福寺の隣にあるホテルに入った。
ホテルで少し休んだあと、奈良町方面に散歩に出かけた。奈良町は近鉄奈良駅の南側に広がる、江戸から明治時代の伝統的な町屋が立ち並ぶ歴史的な旧市街で、奈良でも人気のスポットらしく、雨にもかかわらず歩行者も多かった。町屋を眺めながらそぞろ歩いて元興寺に向かった。元興寺は奈良市にある南都七大寺の一つで、蘇我馬子が飛鳥に建立した日本最古の本格的仏教寺院である法興寺(飛鳥寺)が、平城遷都に伴い平城京内に移転した寺院である。小雨の降る中で、他に参拝者はいなかったが、1400年前の創建当時の瓦が残っているという本堂などを見て回った。種類はわからないがいく本か桜も満開であった(写真26)。
夕食はホテルの和食を楽しんだ。先付けに桜の花が添えられていたのは嬉しかった(写真27)。
第4日目
今日は長駆新潟まで帰るだけであるが、出発前に興福寺の国宝館を拝観した。本尊の千手観音菩薩立像は像高5mを超え圧倒的な迫力で迫ってくる。憂いを持った少年のような表情を持つ阿修羅像や、いつも「誰かに似ているね」と妻と話している銅造仏頭など、時間を忘れて見入ってしまう。後ろ髪を引かれながらも、ホテルに戻り、いざ出発。帰りは名阪国道から迷わず伊勢湾岸道に入り、名古屋南JCTから名古屋環状2号線を北上し、一旦東名道に乗り小牧JCTから中央道に乗った。全くスムースであった。途中、長野県伊那市にある高遠城址公園の桜が満開との情報を得ていた。ここは日本三大桜の一つということで寄ることとした。渋滞は覚悟であったが、ちょうど満開。雪に戴く中央アルプスをバックにした桜は見応えがあった(写真28、29)。
昨年は日本三大桜の一つ、弘前公園にも行った。昨年、ここを訪れたのは、メインのソメイヨシノは七分散りで、少し遅かったが、弘前七桜と言われる八重桜などは満開であった。お城近くの料理屋で夕食を取った後、お城に戻った。ライトアップされたソメイヨシノはまるで満開のように見えた(写真30)。
日本三大桜といわれる、弘前公園、高遠城址公園、吉野山の桜のどれがトップかは決められないし、決めるものでもないだろう。しかし去年今年とそれらが見られたことに感謝しよう。
新潟には暗くなってからの到着であったが、大満足の奈良桜の旅であった。

写真1 宇陀市室生小原の里を見下ろす高台にある極楽寺のしだれ桜

写真2 宇陀市室生大野の大野寺のしだれ桜

写真3 大野寺の小糸しだれ桜

写真4 宇陀市室生西光寺の「城之山桜」

写真5 宇陀市室生の太鼓橋の向こうに室生寺山門と桜

写真6 室生寺金堂の釈迦如来立像、薬師如来像、文殊菩薩像、十二神将立像

写真7 宇陀市榛原佛隆寺の千年桜(手前左、まだ蕾)

写真8 桜井市初瀬の長谷寺。体力勝負でぐるっと回ってきた

写真9 宇陀市大宇陀本郷の又兵衛桜(2025.4.3)

写真10 飛鳥の川の土手の桜

写真11 吉野山吉水神社からの一目千本

写真12 吉野山花矢倉展望台からの眺め、遠くに金峯山寺蔵王堂が望まれる

写真13 吉野水分神社のしだれ桜

写真14 標高700mにある高城山休憩所 ここまで来ると桜はほとんどつぼみ

写真15 如意輪寺方面からの中千本の桜

写真16 金峯山寺蔵王堂の桜

写真17 吉水神社からの一目千本。午前中より光が当たっている

写真18 壷坂寺の大石仏像を取り囲むように咲く桜(2025.4.3)

写真19 飛鳥民宿裏にある古宮遺跡に立つ榎と遠くに畝傍山

写真20 石舞台古墳と桜。遠くに二上山

写真21 石舞台古墳のライトアップされた桜

写真22 藤原宮跡の桜と菜の花

写真23 新薬師寺本堂と桜

写真24 白毫寺山門と奈良市街

写真25 白毫寺の五色椿

写真26 元興寺の桜

写真27 ホテルの夕食の先付けに添えられた桜

写真28 高遠城址公園の桜と遠くに雪を戴く中央アルプス

写真29 高遠城址公園の桜

写真30 弘前公園のライトアップされたソメイヨシノ(2025.4.29)
(令和8年6月号)