佐々木 壽英
腹部のがんで左鎖骨上窩リンパ節(Virchow ウィルヒョウリンパ節)に転移があれば、末期がんである。しかし、胃がんでは、がんが胃壁の粘膜下層smまでの深達であればVirchowリンパ節に転移があっても早期胃がんである。
1962年に日本消化器内視鏡学会の分科会で「早期胃癌は粘膜下層までの癌」と決まったが、リンパ節転移に関しては結論が出ていなかった。
1963年6月18日に第3回日本胃癌研究会が学会長・堺哲郎教授のもと新潟市で開催された。その研究会の主題の1つが「初期胃癌の概念(病理ならびに臨床)」であった。そこで、早期胃がんの定義が討議された。術前内視鏡検査ではリンパ節転移の有無は分からないという診断医の意見を取り入れて早期胃がんの定義が「早期胃癌は癌の胃壁深達度が粘膜と粘膜下層まで、リンパ節転移の有無は問わない」と決定された。
私はその年に外科へ入局し、その学会でスライド係をしていた。翌月の7月から、大学院生として病理学教室へ学内留学した。北村四郎病理学教授が火・土曜日の週2日、鹿瀬診療所で内科医としてのアルバイトを斡旋してくれた。
鹿瀬診療所では、朝の診察前に胃のレントゲン検査を行い、即現像して水の滴るフイルムを診断し、受検者に説明していた。そこで初めてⅡC型早期胃がんを発見し、会津竹田病院の塩川五郎院長から診療所で手術をしてもらった。
その切除胃を病理学教室へ持ち帰り、自分で標本を作り診断を行った。壁深達度smのⅡC型早期胃がんで、数個のリンパ節転移を認めた。小島助教授のお墨付きを貰って、北村四郎教授の検閲を受けた。教授は「リンパ節転移があるので早期胃がんではない」と云った。そこで、その年の胃癌研究会で早期胃がんの定義が変更されたことを話して、納得してもらった。
大学院を卒業し、1970年7月から新潟県立がんセンターへ赴任した。胃がん手術を専門として10年ほどが経過していた。
64歳女性、胃前庭部の隆起性早期胃がん症例を、大学からの出張医斎藤寿一先生と島田寛治先生が1981年12月2日に手術を行った。
術前の触診でVirchowリンパ節転移が疑われた。開腹前に左鎖骨上窩リンパ節を摘出し、迅速病理検査に提出していた。その結果、胃がん転移と判明した。
さて、現在の消化器外科医の先生方は、この時点でどのように判断されるでしょうか。
胃切除を中止して化学療法を先に行い、その効果を見て胃切除を行うでしょうか。
この当時、県立がんセンターの消化器外科医は全員が腹部大動脈周囲リンパ節郭清をマスターしていた。そこで私は、「Virchowリンパ節に転移のある早期胃がんは大変珍しいので是非とも腹部大動脈周囲リンパ節No.16を郭清してほしい」とお願いした。
胃切除後の病理検査の結果は、局在A、Ⅱa+Ⅱc型sm早期胃がん、リンパ節転移は1群のNo.6に2個、3群のNo.14に3個、4群の腹部大動脈周囲リンパ節No.16に2個、Virchowリンパ節に1個、計8個の転移を認めた。
このVirchowリンパ節に転移を認めた早期胃がん症例が術後20年以上生存したのである。
1995年9月22日、札幌市で開かれた第23回癌とリンパ節研究会で大動脈周囲リンパ節転移の問題が1日中議論された。「腹部大動脈周囲リンパ節転移を郭清し、5年以上長期生存した11例」と題して発表した。この11例の中には、勿論腹部大動脈周囲リンパ節とVirchowリンパ節に転移を認めた早期胃がんの13年生存例が含まれており、これを強調して発表した。
その当時、胃がんで大動脈周囲リンパ節転移を郭清し5年以上生存した症例を10例以上持っている施設は、癌研究会附属病院、国立がんセンターと新潟県立がんセンターの3施設だけであった。
病院名:ママ
(令和8年7月号)