新津信愛病院
清水 敬三
医局という場所は、えてして殺風景である。壁、机、ロッカー、パソコンの光とカルテの残骸。常勤医、パート医、日当直医が入れ替わり立ち替わり出入りし、誰かがコーヒーを淹れ、誰かがPCに向かっている。そんなある日、一人の先生が窓辺でコーヒーをすすりながら、ぽつんと外を眺めていた。
その背中が、なんだか寂しそうに見えた。
それがきっかけだったかもしれない。誰に頼まれたわけでもなく、私は勝手に「花奉行」を始めた。季節を感じさせ、安くて長持ちする花を選び、医局の窓辺にそっと飾る。チューリップ、カーネーション、リンドウ、時には名前も知らぬ野の花。鉢の水を替え、葉を整える。誰も見ていないようで、誰かがふと目を留めている。
季節の彩りも添えてみた。七夕には笹を、秋にはすすきを、ハロウィンには小さなかぼちゃを、クリスマスには松ぼっくりと赤い実を、お正月には南天と松を。気づけば、誰かが短冊を吊るしていたり、折り紙の星が増えていたりする。花は、静かに人を巻き込んでいく。
医局の植物をキープするために、自室や自宅の鉢も増えた。水やりのタイミングを忘れぬよう、スマホのリマインダーが鳴る。家族には「また増えたの?」と呆れられながらも、つい手が伸びてしまう。
ある日、窓の外を眺めていた先生がぽつりとつぶやいた。
「この花、いいですね」
その一言で、また一週間がんばれる。花は語らないが、確かに何かを伝えている。医局の無機質な風景の中に、ほんの少しの色と、ほんの少しの余白を。先生方の眼に、そしてひいては患者様の心の眼にも、そっと映るように。
川柳
花奉行 桜吹雪が 眼にへえらぬか
鉢ふえて 医局も我が家も 緑濃し
(令和8年8月号)