山本 光宏
近年、初期研修を終えた直後に美容外科へ進む医師も珍しくなくなりました。美容外科を志望すること自体は何も悪いことではありません。どの診療科を選ぶかは本人の自由であり、それぞれに志や考え方があります。
私は形成外科医として四十年以上診療を続け、美容外科にも二十五年以上携わってきました。その経験から、強く感じていることがあります。
美容手術ができることと、美容外科医として患者さんを診続けることは、同じではありません。
美容外科は華やかな世界に見えます。SNSには美しい症例写真が並び、劇的な変化が紹介されています。しかし、実際の医療現場で医師の真価が問われるのは、成功した症例だけではありません。合併症が起きたときにどう対応するのか。期待どおりの結果にならなかった患者さんにどう向き合うのか。その部分にこそ、美容外科医としての本当の力が現れるのだと思います。
形成外科で学ぶのは手術手技だけではない
形成外科では、顔面外傷、熱傷、皮膚腫瘍、先天異常、再建手術など幅広い疾患を扱います。若い頃の私は、夜間に運び込まれる顔面外傷や熱傷の患者さんへの対応に追われながら、多くのことを学びました。
傷をきれいに縫うことも大切ですが、それ以上に重要なのは、その傷が将来どのように治るのかを予測することでした。
どこまで切除するべきか。どのように縫合すれば変形を最小限にできるのか。術後に問題が起きたらどう対処するのか。こうした判断を日々積み重ねながら経験を積んでいきます。
外科診療では、手術が終わっても診療は終わりません。術後に腫れが続けば診察し、感染が起これば治療し、傷跡が予想以上に目立てば、その後の治療や長期的な経過観察が必要になります。そうした経験の積み重ねが、美容外科で合併症が起きたときの対応力につながっていると感じています。
形成外科で長年手術をしてきた私でも、美容外科を始めた当初は戸惑いました。 手術の難しさではありません。患者さんが何を求め、何をもって満足するのかが、それまで経験してきた診療とは大きく違っていたからです。
形成外科では、まぶたが開くようになった、傷が治った、腫瘍が取れたという客観的な評価軸があります。しかし美容外科では、最終的な評価を決めるのは患者さん自身です。
合併症への対応力は一朝一夕には身につかない
美容外科では手術手技が注目されがちです。しかし医師の力量が問われるのは、術後に問題が起きたときです。出血や感染、左右差、瘢痕、患者さんの不満などに早く気づき、適切に対応し、最後まで患者さんと向き合う力が求められます。
こうした対応力は、短期間で身につくものではありません。形成外科での経験を積み重ねる中で、少しずつ培われていくものだと思います。
手術を覚えることと、術後に起こる問題へ対応できることは同じではありません。
美容外科の診療を始めて改めて感じたのは、形成外科時代に経験した数多くの失敗や苦労が、実は最も大きな財産だったということでした。
成功した症例から学ぶこともあります。しかし、医師を成長させるのは、むしろ思いどおりにいかなかった症例です。
美容外科で最も難しいのは患者満足である
形成外科を長く続けてきた私にとって、美容外科で最も難しかったのは手術そのものではありませんでした。
患者満足です。
あくまで私自身の印象ですが、形成外科の保険診療では、大変満足される患者さんが四割、無難に受け止められる患者さんが四割、不満が残る患者さんが二割程度という感覚がありました。
ところが美容外科では、その割合が大きく変わります。大変満足される患者さんは二割程度。まずまずと受け止められる患者さんが四割。そして残りの方々は、何らかの不満を抱えている。そのような印象を持つようになりました。
もちろん正式な統計ではありません。しかし自由診療では、患者さんの期待値が保険診療よりはるかに高くなることは間違いありません。
実際に私は、「これは非常に良い結果になった」と思った症例で患者さんから不満を言われたことがあります。
反対に、「もう少し改善できたのではないか」と私自身が反省していた症例で、患者さんから心から感謝されたこともありました。
美容外科では、医学的な評価と患者満足は必ずしも一致しません。
患者さんが見ているのは、手術が予定どおり終わったかどうかだけではありません。自分が思っていたように変わったか、鏡を見て納得できるかどうかです。
自由診療では同じ五万円でも意味が違う
美容外科を経験して驚いたことの一つが、同じ金額でも患者さんの受け止め方が大きく異なることでした。
例えば、保険診療で自己負担五万円の手術を受けた患者さんがいたとします。もちろん結果への期待はあります。しかし、その五万円は「病気や機能障害を治すための医療」に対する自己負担です。
一方、自由診療で五万円を支払う患者さんは違います。その五万円は、「より良い結果」を期待して支払うお金です。
そのため、医学的には良好な結果であっても、わずかな左右差や予想との違いが不満につながることがあります。
支払う金額は同じでも、その五万円に込められた患者さんの期待はまったく違うのです。
だからこそ美容外科では、手術前の説明が極めて重要になります。
何ができるのか。何ができないのか。どこまで改善が期待できるのか。医療の限界はどこにあるのか。
患者さんと現実的な目標を共有できなければ、良い結果であっても満足にはつながりません。
患者さんを選ぶ難しさ
美容外科に携わるようになって、もう一つ痛感したことがあります。それは、患者さんを選ぶ難しさです。保険診療では医学的適応があれば治療を行います。しかし美容外科では、それだけでは十分ではありません。患者さんが何を望んでいるのか。その希望は現実的なのか。治療によって本当に満足が得られるのか。そこまで考えなければなりません。
患者さんの希望をそのまま受け入れれば、短期的には収益につながるかもしれません。しかし、医学的に無理がある希望や過度な期待を抱いている患者さんに治療を行えば、結果として大きなトラブルにつながることがあります。
一方で、「その希望を実現するのは難しい」「期待されるような結果にはならないと思います」と率直に説明しても、不満を持たれることがあります。
実際に私も、「そんなこともできないのか」「美容外科なのに対応できないのか」と言われたことがありました。治療をお断りしたことで、インターネット上に厳しい評価を書かれたこともあります。
しかし、だからといって患者さんの希望をすべて受け入れればよいわけでもありません。
何でも引き受ければクレームになる。断れば断ったで不満が残る。
美容外科には、そのような難しさがあります。
振り返ってみると、美容外科で最も難しいのは手術ではなく、患者さんの期待を適切に見極めることだったのかもしれません。
形成外科を経る意味は今も大きい
形成外科を経験しなければ美容外科医になれないと言うつもりはありません。しかし、形成外科で培われる経験には大きな意味があります。
結果に責任を持つこと。合併症から逃げないこと。患者さんの期待と現実の間にあるギャップを理解すること。そして、時には治療を行わないという判断をすることです。
私自身、振り返ってみると、美容外科で本当に役立ったのは新しい美容手術の知識だけではありませんでした。若い頃に経験した外傷や熱傷、再建手術、そして日々の診療の積み重ねが、現在の診療の土台になっています。
美容外科は華やかに見えます。しかし実際には、医学的な成功と患者さんの満足が一致しないことも少なくありません。患者さんと向き合い、時には治療を断る勇気も求められます。
美容外科は結果だけが注目されがちです。しかし、その土台にあるのは、若い頃から積み重ねてきた日々の診療経験だと私は考えています。
だからこそ私は今でも、形成外科を経る意味は大きいと考えています。
美容外科は決して甘くありません。
第5話 合併症は誰が支えるのか
─美容外科に求められる「その後」の責任
次回は、美容外科における術後管理と医師の責任について考えます。
(令和8年8月号)