熊谷 敬一
私が医局に入局して3年目に精神科病院に後期研修で勤務していたとき、何かのときに当時の副院長先生が「患者さんにとって薬は米みたいものだから」とおっしゃたことがある。そのときはなぜ米なのかがあまりピンとこなかったが、度々思い出して40年たった今でも忘れられない言葉となっている。端的に言えば薬の大切さを米に例えた言葉である。特に慢性的な疾患を持つ患者さんにとって、薬の中断や減量が症状の悪化や疾患の再発につながってしまう。最終的に薬をやめられれば最もいいが、長期的に服薬を継続しなければならないこともある。それは単に薬に依存しているというわけでは決してなく、治療の必要性からであることを理解しなければならない。
なぜ米なのかといえば、米は人が生命を維持する上で重要な食物だからである。米は食物として優れた特徴を持つ。でんぷんが主成分でありエネルギー源となる。タンパク質も含まれており、必須アミノ酸のバランスが良いとされている。特に玄米では植物繊維やビタミンB1・B2の含有量が多い。炊飯して食べることで非常に消化がよくなる。これらの特徴から米は主食として最適である。歴史的には弥生時代に稲作が日本に伝来し、温暖で湿潤な日本の気候に適していたために徐々に定着していった。江戸時代中期には各地で収穫された米が江戸に大量に集積され、江戸では白米中心の食事となった。しかし、精米することによりビタミンが欠乏し、脚気が流行した。脚気を患った者が地方に出向くと、そこでは玄米や雑穀が主流であったため脚気が治ったという。同じ米でも白米が原因となり玄米が治療法となる病気である。第2次世界大戦後は全国的に大量の白米を消費するようになり米を増産した。その結果、生産力が向上し供給過剰となってしまい減反政策に転換された。生産力が抑制された状態が続いていたが、2024年に突然需給のバランスが崩れ、米不足と米の高騰を招いた。改めて米の重要性を認識させられる結果となったのである。
薬についても、2020年以降、供給の低下が問題となっている。出荷調整や出荷停止となる薬が以前と比べて非常に多い。後発品メーカーの品質不正、コロナ禍の影響、薬価の引き下げ、原末の入手困難等複数の要因が関与している。抗うつ薬の一種であるが、なぜか先発品が終売となり後発品だけとなった薬もある。最適な薬を十分な量で使用して治療を行うことができるように、このような事態はなるべく早く解消してほしい。今後は、例えば電子処方箋の義務化とか、かかりつけ医の登録制などの制度の改革による状況の変化が生じてくる可能性もある。しかし、仮にどのようなことがあったとしても、必要な患者さんに「米」を届ける役割を続けてゆきたいと思う。
(令和8年4月号)