岡崎 史子
3年前に東京から新潟へ異動した。私は東京では練馬区という緑豊かな地域に住んでいる。紅葉が大好きで、自宅の庭にはジューンベリー、ハナミズキ、ロウバイ、モミジ、エゴノキ、ニシキギ、ナツハゼなど落葉樹が多く植わっている。なので、新潟に移り住んだときには心機一転、水辺に住もうと思って、現在、信濃川沿いに暮らしている。
こちらでの勤務開始は1月だったが、異動の際、私はかねてよりの計画を実行することにした。必要最低限の物だけで生活する「ミニマリスト」になるのだ。しばらく前に「365日のシンプルライフ」というフィンランドの映画があった。失恋した若者が幸せとは何か?考える中で自分の荷物をすべてトランクルームに預けて、本当に必要なものだけを倉庫から取り出していくという映画だ。この映画に感動した私は是非、これと同じことをしてみたいと思っていた。東京での断捨離はうまくいかなかったが、ついにそのチャンスがやってきたのだ。
というわけで、私は最低限の荷物だけ持って12月末に新潟に降り立った。マンションにはエアコンがついているのみ。家具も電化製品も一切ない。寝袋を持ってきたのでなんとかなるかと思ったが、12月の新潟はすこぶる寒かった。布団がないのは耐えられない。私は初日に敷布団と毛布を買いに行った。次の日、音がないことに耐えられず、テレビを買った。1カ月たって床での食事が辛くなり、テーブルとイスも必要だと結論した。洗濯機と冷蔵庫は2か月間なしで過ごしてみたが、手洗い洗濯の生活は続かず、気温が上がってくると冷蔵庫も必要になった。掃除機は1年後に購入した。物がないので雑巾がけでいけるかと思ったが、やはり文明の利器にはかなわない。電子レンジは買わなかったが、炊飯器はあった方が便利だった。
いわゆる生活に必要な最低限の物がそろった段階で、私は気が付いた。物がないと人生が作られないということを。私は毎日仕事に行き、マンションに帰る。1年たっても殺風景なマンション。最低限のものがあり暮らすには困らないが、彩りがない。物がないと気が休まらないし、場に愛着もわかない。いつまでたっても仮住まいのような気分だったのだ。これではちょっとつまらない。そう気づいてからは、そばに置きたいもの、目を楽しませてくれるものをそろえ始めた。緑は必須だった。今は室内に観葉植物が3鉢置かれている。季節ごとにタペストリーを入れ替えて飾っている。お気に入りのペンギンの版画。肌ざわりのよい、ラクダと砂漠柄のラグでごろごろすることも大事だった。そして実家から30分の砂時計を持ってきた。高さ80㎝位の巨大な砂時計をぼーっと眺めていると癒される。そう、物には人を癒す力があった。そして、物の由来を語るとき、そこに人生が織り込まれる。
実家の母がどうにもならない量の物に囲まれているのを、なんとかしたいと思ってきた。「これはいらないでしょう」「いつ使うの?」などと責めてきたが、物との思い出が人生そのものなのかもしれない。物が人生を語り、人を癒したりする。実家の片づけを考えるのはやめた。そうしてようやく、新潟の住まいも私のベースキャンプらしくなってきた。
(令和8年6月号)