副会長
熊谷 敬一
医療DXは、もはや国の将来構想ではない。オンライン資格確認、電子処方箋、共通算定モジュール、電子カルテ情報共有サービスなどを通じて、日々の診療や医療事務に直接関わる現実となっている。2026年6月の診療報酬改定では、従来の医療DX推進体制整備加算と医療情報取得加算が廃止され、電子的診療情報連携体制整備加算が新設された。私たちは今、医療DXに「いつか対応する」のではなく、その意義と課題を見極めながら向き合う段階に立っている。
今回新設された電子的診療情報連携体制整備加算は、初診時、再診時、入院時に設けられ、それぞれに施設基準が定められている。なかでも上位の加算では、オンライン資格確認で得られる情報の活用に加え、電子カルテ情報共有サービスを含む情報連携体制の整備が求められる。ところが、その基盤となる電子カルテ情報共有サービスは、なお全国展開に向けたモデル事業の段階にある。制度が先に次の段階へ進む一方で、現場を支える仕組みは発展途上にある。この時間差が、医療現場に少なからぬ戸惑いを生じさせている。
電子カルテ情報共有サービスは、2022年5月に提言された「医療DX令和ビジョン2030」の3本柱のうち、「全国医療情報プラットフォームの創設」と「電子カルテ情報の標準化」に関わる取り組みである。共有の対象は、診療情報提供書、退院時サマリー、健康診断結果報告書の3文書と、傷病名、薬剤アレルギー等、その他アレルギー等、感染症、検査、処方の6情報、いわゆる「3文書6情報」である。モデル事業を通じて、医療安全の向上や迅速な判断への有用性が期待される一方、入力・確認作業の負担、未告知の病名をはじめとするセンシティブな情報の取り扱いなど、実際に使用して初めて見えてくる課題も明らかになっている。
一般利用は2026年冬頃に始まるとされていたが、最近の情報では、同時期に正式仕様が公表される予定である。現時点では正式仕様が確定しておらず、システムベンダー向けの技術解説書でも、モデル事業を除き、現在の内容に基づく実装・導入を控えるよう案内されている。このため、各ベンダーはモデル事業用の仕様をもとに、可能な範囲で開発と技術確認を進めている。正式仕様の公表後に必要な修正や追加対応を行い、2027年春頃までに接続・動作検証を実施したうえで、同年春から夏頃に医療機関向けの対応版アプリケーションをリリースする見込みである。当初の予定から大幅に遅れているのは、モデル事業を通じて技術的な問題点が明らかになり、仕様の改定に時間を要しているためと考えられる。しかし、現場で明らかになった課題を単なる遅れと捉えるべきではない。個人の重要な情報を扱うサービスであるからこそ、拙速を避け、安全性と信頼性を十分に検証し、堅牢で安心して使える仕組みに仕上げることが肝要である。
電子カルテ情報の共有に加え、診療報酬の算定にもDXの波が及んでいる。共通算定モジュールは、「医療DX令和ビジョン2030」の3本柱のうち、「診療報酬改定DX」に関わる取り組みである。2026年6月には本格運用が始まり、さらに2028年度からは請求支援機能の運用開始が予定されている。このように医療DXは、医療のさまざまな領域をつなぐ大きな仕組みへと変わりつつあり、その先には標準仕様に準拠した電子カルテの普及も見据えられている。標準化によって導入費用を抑え、医療機関間の情報連携を容易にすることが期待される一方、現場が求める機能や操作性をどこまで実現できるかという課題もある。標準化そのものを目的とせず、実際に診療する医師や医療スタッフにとって使いやすい仕組みにすることが何より重要である。
また、すべての医療機関が同じ条件で医療DXを進められるわけではなく、同じ制度であっても現場にかかる負担は大きく異なる。全国一律の仕組みを構築することと、地域の実情に応じて無理なく導入できる環境を整えることは、車の両輪として考えなければならない。その際に忘れてはならないのは、DXは目的ではなく、あくまで手段だということである。電子カルテ情報が全国で共有されても、患者の安全が高まらなければ意味がない。診療報酬の計算が自動化されても、そのために医療者の仕事が増えるのであれば本末転倒である。新しいシステムの導入によって、患者と向き合う時間が失われるようなことがあってはならない。
技術は急速に進歩しているが、医療の本質は変わらない。患者の話を聴き、診察し、考え、判断し、説明し、治療する。その中心にいるのは、あくまで人である。医療DXが目指すべきなのは、人に代わる医療ではなく、人がより良い医療を行える環境を整えることであろう。
新潟市医師会としても、医療DXを単に「対応しなければならない制度」としてではなく、新潟の医療をより安全で持続可能なものにする機会として捉えていきたい。そのために、会員の皆様へ正確かつ最新の情報を提供し、現場で生じる課題や率直な声を関係機関に届け、必要な支援につなげていく。医療DXという新しい波の中にあっても、患者一人ひとりを診るという医療の原点を見失わず、新しい技術を適切に取り入れながら、より良い医療を次の世代へつないでいきたい。
(令和8年10月号)