佐藤 勇
古い引き出しの中から、思いがけず昔の懐かしい品物がでてきて、思い出に浸ってしまう。そんな経験は皆様お持ちなのではないでしょうか。
10数年前に、住む人がいなくなった私の実家を研究生活を送っている知人が借り上げ、海外から預かる留学生の寮として使用するために部屋の整理をした。私自身、高校生以降は実家を離れていたので、出てくるいろんな品物が懐かしく思えた。タンスの上の古いダンボールの中から、昔作った5球スーパー(真空管ラジオです)と、シャーシを加工するドリルや工具、雑誌などが出てきた。頭はぼけてきているのに、中学生のころの古い記憶だけは鮮明で、出てくる雑誌の記事はたしかに見覚えのあるものだった。雑誌『CQ』(知っている人は知っている)は、読んでいた昔の部屋の光景すら思い浮かべることができた。
このことをきっかけに、定年を迎えた世代が昔の趣味に戻るという、高齢化社会をみすえた流行にちょっと乗ってみることにした。アンプの製作である。
と言っても、いまさら配線図を見ながらビニール線を半田付けする根気は無い。しかし、世の中にはいろんなレベルのキットが出ており、プリント基板に半田付けするだけという安直なものがあることを知った。「エレキット」という聞き覚えのある名前の会社の製品だ。「エレキット」という製品は同じ世代なら知っているかもしれない。抵抗やトランジスタなど部品一つ一つが黄色いプラスチックのパーツに固定され、そのパーツをボードに配置し、各々を脱着可能なビニール線で結線して、いろいろな電子機器を作ることができる学研のキット名である。このおもちゃ、実はいまだに保管しているが、この中の太陽電池という小さな部品をみるたびに、いつか自分が大人になった頃、鉄腕アトムが空を飛んでいると夢見たことを思い出す。「21世紀」という言葉に甘い憧れがあった。ああそれなのに……
話を戻そう。キットは構成が簡単なヘッドホンアンプを手始めに製作し、その後、2A3という1930年台に開発された古典的直熱3極管を使ったパワーアンプを製作した。この時、聞こえてきた音におどろいた。数万円のブックシェルフ型のスピーカーなのに、とても艶のある音だった。トランジスタに憧れ、ICが高嶺の花だった世代なので、solid stateという言葉の響きに未来を感じ、真空管=前時代的とさえ思っていたのに。適切な表現ではないが、不純物を含んだ方が豊かな音の場を作ると思われた。その後、もう一つの3極管の代名詞である300Bをつかったキットを購入したが、6年経った今も製作途中である。入手困難になったトランスを探したり、いろいろ寄り道を楽しみながら完成にいたっていない。
スピーカーの往年の名機JBL4343に憧れて、定年を契機にリサイクルショップをはしごして古い同機を購入した友人が話してくれた。「店の裏にいる職人達が、昔の名機を再生しているんだよ。あまりうだつの上がらない風体にみえる初老の職人は、話をしてみると、みんな、最盛期のヤマハやパイオニアのオーディオ技術を支えて定年を迎えた技術者たちなんだ」物も人も、その良さをもう一度見直すことが必要かもしれない。
(平成30年4月号)