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新潟市医師会報より

新潟市医師会

合理的なピアノ学習法としての細幅鍵盤の活用 ~ピアノ上達の手段として、子供も大人も、細幅鍵盤と標準鍵盤を行き来しましょう!~

黒田 千亜紀

手を精一杯広げざるを得ない多くの演奏者のために、日本人のハンドスパンの計測は必須でした。ピアノの演奏活動をする人、習っている人など経験者を対象に、手を開いた時の親指から小指までのスパンを計測し、集計しました(図1)。ピアノ指導者さんらの経験では、ピアノを演奏している女性はそれ以外の女性より手が大きい(正確にいうと、手が小さい人は早期にこぼれ落ちていなくなっている)ということですが、それでも結果は予想以上。ピアノを演奏する女性の約半数は演奏の基本であるオクターブすら満足に演奏できないことが判明しました。演奏の困難さが実はサイズの不適合によるなら、今からでも遅くはありません、細幅鍵盤を試してください。

ピアニストは、小さな手は不利だとわかっていますが、言い訳をしないのが「美学」になっています。「目の前にあるピアノがどんな状態であろうとも演奏し人の心を動かす」という美学が、感覚的に拡張されて、手に合わないサイズの鍵盤にも苦情を言わないという、身体的にも危険な不条理に追いやられたのだと想像します。さらに「手に合った鍵盤が理想だけれど、ステージのピアノが標準鍵盤なら意味がない」と思い込んでいます。ここには2つの大きな勘違いがあります。1つ目はステージのピアノが今後も今のままの幅で変わらないという思い込み。現代は多様性や個性を認める世の中になりました。ハンドスパンの男女差が2cm以上なのに鍵盤サイズが一択であることはまさしく「ジェンダーギャップ問題」であり、確実に時代が追い風になってきました。

大手メーカーが細幅鍵盤導入

歴史的ピアノ御三家の一つ、ショパンコンクールにも採用される有名老舗メーカー、ベヒシュタインが2026年4月、細幅鍵盤を導入しました。ベヒシュタイン公式ホームページでは細幅鍵盤が普及する未来が急速に近づいていることを熱く語っています。この勢いだと、ショパンコンクール用のピアノに最初に細幅鍵盤対応してくれるのはベヒシュタインになりそうな予感がします。かのスタインウェイも、コンサートグランドでもアップライトでも細幅鍵盤は特注で対応してくれます。欧米の主力メーカーは細幅鍵盤導入に舵を切ったようにみえます。欧米発となると、欧米はもちろん日本の演奏家も、ようやく素直に受け入れられるのかもしれません。次回のショパンコンクールの頃には複数のメーカーのピアノで細幅鍵盤の選択が実現して、一気に流れが変わる事を祈ります。ちなみにドイツ語、英語のホームページのみで、日本語、中国語等を選択した瞬間に見られない状態になります。小柄なアジア人がこの情報を得られないのは残念なので、ほぼ機械的直訳ではありますがお知らせします。ホームページはピアニストの体験動画など細幅鍵盤関連情報が盛りだくさん。ここに紹介するのはほんの一部ですので、ぜひ英語版(ドイツ語版)公式サイトでご確認ください!

https://www.bechstein.com/die-welt-von-bechstein/neuigkeit/schmalere-klaviaturen-fuer-mehr-chancengleichheit/

~ベヒシュタイン公式ホームページより~

ベヒシュタインは、コンサートシリーズのグランドピアノを、細幅鍵盤でも提供しております。細幅鍵盤は最近関心が高まっており、どんどん普及しています。数年前までは、ピアノ界においてニッチな関心事でした。しかし今日ではさらに多くの人々や機関が、細幅鍵盤グランドピアノやアップライトピアノを選んでいます。現行の鍵盤の代替として細幅鍵盤が定着すれば、ピアノ演奏における機会の平等性を高めることができます。興味がある方、細幅鍵盤をご希望の場合はnarrowkeys@bechstein.deまでメールしてください。

~さらに引用は続きます~

国際的研究結果を根拠に「およそ女性の87%、男性の24%にとって、標準鍵盤は大きすぎます。このことは、手が小さい人が大きい人に比べてピアノ界で職業的に不利な立場にあることを意味します。これはピアノコンクールにおいて明らかです。広い音域の演奏が必要な場合、男性は女性の4倍の頻度で最優秀賞を受賞します。バッハとモーツァルトのコンクールでは、そうではありません。ピアノコンクールにおける性別格差は、主に鍵盤サイズに起因している可能性があると言えませんか?」と述べられています。

最もよく聞く懸念は、細幅鍵盤に慣れたら標準鍵盤が弾けなくなるのでは?というものですが、これに関しては全ての研究で心配ないことが示されています。ほとんどの対象者は鍵盤サイズが変わってもわずか数分で適応します。そもそも19世紀後半に標準鍵盤が設定される以前、オクターブ幅は狭かっただけでなく、最大9.4ミリのバリエーションが一般的で、ピアニストは日常的にそれぞれのサイズに適応してきました。今後細幅鍵盤は着実に、ますます多くの支持者を惹きつけていくでしょう。科学的な裏付けも進んでいます。手が大きいピアニストでさえ、細幅鍵盤の恩恵を受けます。多くの演奏者は細幅鍵盤で演奏の楽さを経験すると、それを標準鍵盤に移せると報告されています。~以上、ごく一部抜粋~

「細幅鍵盤での経験を標準鍵盤に移せる」とは

2つ目の勘違いは、細幅鍵盤で弾いたら標準が弾けなくなる、あるいは細幅鍵盤で弾けても標準で弾けなければ意味がないという強い思い込みです。これに対する答えはこの「細幅鍵盤での経験を標準鍵盤に移せる」という点にあります。実際にステージに標準鍵盤しかない場合でも、先ずは手に合ったサイズで練習することこそ重要であることが、科学的にも、経験的にも実証されてきました。

アメリカの先進的な指導者たちは、レッスン室に5.5(Sサイズ)細幅鍵盤グランドも置き、子供達に弾かせています。私はそのような先生のお一人から直接お話を聞くことができました。子供達は5.5と6.5(Lサイズ)標準鍵盤を自由に行き来しますが、5.5の方が楽しそうだとおっしゃいます。より広いレパートリーを、楽に楽しめる方が良いに決まっています。そしてその感覚を覚えたら、大きな鍵盤でもできるようになっていきます。(物理的に届かない和音はつかめませんが!)~鍵盤サイズは(図2)を参照~

細幅鍵盤電子ピアノを自ら開発したリンダ・グールドは次の様に言っています。「8歳の子供がバイオリンを学ぶ際、講師はフルサイズのストラディバリウスを手渡しません。子供達は身体にあった分数楽器で快適に練習します。弦楽器奏者は、発達途上の体や小柄な成人の身体で、大きすぎる楽器を無理に演奏することが、技術を破壊し、慢性的な痛みを引き起こすことを、1世紀以上前から理解していました。しかし、同じ8歳の子供がピアノの前に座ると、身長190cmで余裕で12度届いたというラフマニノフと同じ寸法の鍵盤で弾かざるを得ません。」

分数ヴァイオリンは、その子の腕の長さと楽器の関係などを参考に決めます。分数ヴァイオリンがなければ8歳でツィゴイネルワイゼンを弾いたり、11歳でカルメンを完璧に弾きこなすHIMARIちゃんは生まれなかったのではないでしょうか。身体に合った楽器の重要性は後述します。

一方で五嶋みどりさんが14歳の時にボストン交響楽団とソリストとして共演中、3/4バイオリンの弦が切れ、即座に楽団員のフルサイズ4/4のヴァイオリンに交換して演奏を続け、観客はもちろん、指揮者バーンスタインや楽団員を感動させた逸話は有名です。もちろん、突然大きなバイオリンに持ち替えて、観衆を感動させる演奏ができたことは奇跡としか言いようがありません。しかし演奏家は、人間工学的に自分の体にフィットした楽器で一度正しい演奏技術を獲得した場合、そのプロポーション(比率)が一定であれば、脳、神経、筋肉はその能力をもって、瞬時にその楽器に正確に適応できるのです。多くのヴィオラ奏者は子供達などにヴァイオリンを教え、当然ヴァイオリンを弾くことができます。ヴァイオリンはギターのようにフレットもなく、ピアノと違って無段階無印で音程をつかむことになりますから、ピアノ以上に正確に移行しなければなりません。でも、できます。角野隼人さんがオモチャのピアノでベートーベンの熱情を弾いている動画を見たことがある方もいらっしゃるでしょう。小さな子供は、小さな自転車で自転車に乗れる様になります。すると、練習しなくても身体が大きくなれば大人の自転車に乗れます。当たり前の事実です。

『Learn Faster, Perform Better』の著者で、神経科学者でプロのヴィオラ奏者、モリー・ゲブリアンは、子供や手の小さな(スパン24cm未満の)奏者が標準鍵盤のみを用いると、脳が認識する物理的空間と身体能力の間にミスマッチが生じ、不要な過緊張や、効率的学習を阻害する誤った運動パターンが定着してしまうと言います。一方、細幅鍵盤は脳の感覚・運動マップと鍵盤の物理的配置を一致させ、過緊張を解消することで、正しい運動プログラミングを促進します。

合わない鍵盤を無理に弾き続けると、脳はそれを「痛みや疲労を伴う動き」として認識したり、神経の誤作動(ジストニアを含む)を引き起こすリスクがあります。適切なサイズを選ぶことはいわば「神経のバリアフリー化」です。さらに悪いことには、脳は緊張や無理な姿勢を「演奏に必要なスキル」として髄鞘(ミエリン)に定着させてしまい、これが一度定着すると、あとから修正するのが非常に困難になる「ミエリンの罠」と警告しています。しかし修正の方法はあります。「意識的に悪い癖を行う(大き過ぎる鍵盤で弾く)」ことと「新しい正しいやり方を行う(手に合った鍵盤で弾く)」ことを交互に繰り返し、その違いを言葉で説明(あるいは録画して視覚的に確認し意識化)しながら比較対照する手法により、新しい習慣へと書き換えることが可能だと言います。細幅鍵盤で演奏の楽さを経験すると、それを標準鍵盤に移せると報告されているというのはこのことです。細幅鍵盤で弾けるようになると、魔法がかかったように標準でも弾けるようになるという体験は実感してしますが、神経科学者の分析に基づくこのような過程が、案外容易に無意識のうちに行われているのかもしれません。そして、アメリカで始められている細幅鍵盤と標準鍵盤を行き来する指導はまさにこの「交互練習(Interleaving)」の考え方に合致します。新潟でも現在、若き演奏家らが実践中です。

細幅鍵盤の急速な普及と展望

日本演奏芸術医学会に所属する村井惇朗先生は、地域で幼少期のピアノ教育を担う指導者さん達を対象に、手の障害:演奏関連筋骨格障害(Performance-Related Musculoskeletal Disorders: PRMD)を引き起こさないための「教育講座」を始められました。日本における楽器演奏者の障害予防に、幼少期から医療が関与する草分け的な素晴らしい活動です。勿論、村井先生はたとえ成人男性であっても現行鍵盤幅では無理がかかり得ることを認識なさっています。そのような教育講座の現場に子供達の手に合った鍵盤がないのが、私としては残念でした・・・が、変わりました!

Athena Pianos NarrowKeys.comは、お教室単位で申し込みをすると、生徒さんが細幅鍵盤電子ピアノを月単位で自宅にレンタルし練習できるシステムをつくり、日本も対象になりました。ほんの1年前、私と協力者さんは夢物語のように「子供のためのレンタルシステムは欠かせないよね」とぼやいてたものです。急速に革命が進んでいます。日本の先進的なお教室でもぜひ取り入れて欲しいです。公文式が世界に広まったように、Athenaのシステムを利用した生徒さんたちが5年後、ピアノ界で目覚ましい活躍をしているかもしれません(写真1)。

子供たちは、5.5と6.5を難なく行き来するのです。コンクールに参加したり、学校で伴奏などを頼まれることもあるでしょう。何も心配は要りません。その際は必要に応じて標準で弾けば良いだけなのです。残念なことに、細幅鍵盤を日常的に弾いていない演奏家・指導者さん達には、その点がまだ理解されていないのです。

ピアノ史家の戸塚亮一氏は、編著でこう述べています。

〈ドイツのピアノ文化構造=1対3対100対1000の法則〉

ピアノに興味・関心を持つ人が1000人いれば、そのうち100人はピアノを弾いてみたい、習いたいと思うでしょう。そうすると3人のピアノの先生が食べていけることになります。そして、1人のピアニストが演奏家として成り立つことになります。つまり、1000人の方が演奏会に出かけるからです。~中略~「100」のピアノを習おうという人はすべて、「1と3=職業音楽家」の予備軍でした。ところが、少子化、子供の趣味の多様化により生徒が減少すると、この法則が成り立たなくなってしまいました。音楽大学を卒業しても、「100」の生徒さんがいません。私の生涯のテーマは、この「1000=ピアノファン」を如何に増やすか、です。この発想・新たな視点にしかピアノ産業の将来はありません。~『“私の”ベヒシュタイン物語』エピローグより~

戸塚氏のいうように、1000のピアノファンが維持できて、100の生徒さんが生まれたとしても、上達しない、楽しくないでは、子供達は辞めてしまいます。結果の出ないことにしがみつく余裕は、現代っ子にはありません。遺伝子で適性を調べて、より成功に近い習い事を選択する時代です。中高年の女性が生徒さんになっても、無理をして手を傷めてばかりでは同じことです。楽しく、憧れの名曲を弾ける人が増えなければ、ピアノ産業に未来はないです。一握りの演奏者だけが操れる「難しいピアノ」であり続けることは、ピアノ業界が自らの首を絞めることになります。音楽は無差別級の巨大鍵盤で競争する競技でもなければ勝負でもありませんから。

それぞれの手に合った鍵盤で音楽をしませんか?まずは細幅鍵盤なるものを購入してみてはいかがでしょう?

アップライトは、6.0「ハイルンSmall Key」が税込105万6千円ですぐに購入できます。5.5「バロック」も初回生産分は8月末出荷予定です。細幅鍵盤電子ピアノAthena narrow keysは8月20日までは初心者用で約15万円、フラッグシップモデルは約31万円、2週間ほどで届きます。10万円を切る電子ピアノDream play pianosも熱心なピアニストにより開発・制作されていて、年明けには手元に来る予定です。こちらは5.5(S)、6.0(M)、6.5(L)から鍵盤サイズを選べます。

アップライトピアノの鍵盤の交換が案外簡単であることもわかりました。グランドピアノならステージ上で5分あれば鍵盤交換が可能であることは今や当然のこと。私自身のピアノでも実証済みです。既存のピアノ・新規購入ピアノの鍵盤を交換したい方には、いろんなルートが考えられますので、「細幅鍵盤ピアノの会」hosohaba55charo@gmail.comに問い合わせると情報が得られますし、5.5、6.0両サイズの試弾の機会もあります。文京区の貸スタジオ「東京ストレットピアノ」でも体験できます。

手に合った鍵盤と標準鍵盤の両方を日常的に使えば、容易に技術が上がり、いろんなレパートリーの可能性も広がり、何もマイナスなことはありません。普段の練習は負担の少ない手に合った鍵盤で行い、本番の直前など必要に応じて6.5で確認を行えば良いのです。実際欧米のプロの細幅鍵盤活用者さんはそうしています。

故障を避けるための演奏方法を複数の指導者さん、医療者さんなどに聞いて回りましたが、一致したのは「手を広げたら故障する危険性が高まるので、大事な音、旋律を意識して、重要性の低い音を省いて、誤魔化して演奏すること」でした。作曲者が心血を注いで紡いだ音を大切に味わいたい、作曲者の意図を感じ取りたい、そんな当然の願いを諦めなければならないというのです。オーストラリアでの検証では、今の鍵盤でその願いが叶うのは、「9.4インチ、約24cm以上のハンドスパンを持つ人」だけ、ということになります。小さな手で人を感動させる素晴らしい演奏をするピアニストはおられます。しかし「ちっちゃくてもできる人がいるから言い訳しない」では、合理的な話が進みません。ピアノ演奏の専門教育機関、地域のピアノ教室で、細幅鍵盤「交互練習(Interleaving)」の導入が急がれます。

日本演奏芸術医学会では、関心のある医師が情報交換して演奏者の障害の予防等に取り組んでいます。まずは私たち一人ひとりが実際に細幅鍵盤を入手し、自分や身近な人の演奏の上達や障害の予防に活かし、画一されたサイズを裾野から3サイズにしていくことが大切だと思います。そのような地道な実践によりプロの演奏家の理解が深まれば、もっともっと多くの演奏者が細幅鍵盤のメリットを享受できる、公平で活気あふれるピアノ界になるだろうと思い描いています。

図1

図2-1

図2-2

写真1 Athena細幅鍵盤の利用

(令和8年8月号)

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