大川 真名子
「就活がつらいものだといわれる理由は、ふたつあるように思う。ひとつはもちろん、試験に落ち続けること。単純に、誰かから拒絶される体験を何度も繰り返すというのは、つらい。そしてもうひとつは、そんなにたいしたものではない自分を、たいしたもののように話し続けなくてはならないことだ。」
2013年直木賞を最年少で受賞した浅井リョウの作品です。最近映画化され、書店では今をときめく俳優の写真に目を惹かれます。娘から就活の実情を聞きかじってはいたものの、就活もなく医師になった自分には未知の世界です。就活初動から内定あたりまでの大学生の物語です。観察眼の鋭い主人公、拓人の目を通し、語られていきます。
就活で初めて自分が「何者」かを考えなければならなくなった5人の登場人物。「就活は団体戦」とばかりにアパートの1室で開く就活対策という名の飲み会は若者らしい会話がテンポよく進み、一見楽しそうです。しかしお互いの進捗状況が気になり、就活が進むにつれ、それぞれの関係性は変化していきます。
拓人は演劇サークルで自主公演を重ね、脚本も書くという才能がありながら、なかなか内定が出ません。そのあせりをツイッターで他人の分析をして安心しています。
意識高い系女子の理香は留学、ボランティアなど精力的に活動し人脈を広げることに一生懸命ですが、やはり内定が出ません。グループディスカッションではその経験を雄弁に語るのですが。何気ない会話からプライドの高さが垣間見えます。
隆良は理香の彼氏。まだ学生ですがクリエーター気取りで、就職することに意義を見いだせず、普通に就活する人を醒めた目で見ています。そんな彼もまわりの就活が進んでくると、恰好を付けながらその波に入っていきます。
拓人の同居人、光太郎はバンドサークルのボーカル担当で、人懐こく、自己肯定感が高いです。そのキャラクターで面接もクリアし内定を得ます。内定が出ない拓人へ向けての彼の言葉は決して嫌味ではありません。「なんで拓人に内定が出ないのか不思議なんだよな。俺ってただ就活が得意なだけなんだよな」。彼でさえも会社の内定者同士の集まりでは就職後の夢や希望を熱く語れず不安を抱えているのです。
瑞月は、控えめで素直な女の子です。精神を病んでしまった母親のために自分の希望とは関係なく転勤のないエリア職に早々と内定を決めます。彼女が自分の内定祝いのパーティーで声を振り絞って、ちゃらちゃらしている隆良に伝えた言葉は、部屋にいる全員をがんじがらめにしてしまいます。「人生が線路のようなものだとしたら、自分と全く同じ高さで、同じ角度で、その線路を見つめてくれる人はもういないんだ。」
現代の若者には欠かせない、自分を何者かに見せるためのツールであるツイッターを、ところどころ織り交ぜながらの人物描写の上手さと、軽快な文体、伏線の張り方など、飽きずに読み進められます。拓人の分析が鋭いな、わかるわかる、と読み進めていくと、ある時、読者の深層心理にズカズカと踏み込まれます。何者かになったつもりでいる自分は本当は何者なのか?人間であればこのもやもや感は人生のどこかで経験したことがあるのではないでしょうか。
不確実な時代を生きる若者たちが悩んで成長していく姿は、人生の折り返し地点まで来た身には、清々しく感じるものです。内定をもらえないままの最後の拓人の面接シーンはとてもカッコ悪いです。けれども、拓人はきっと成長できる、そう思わせるラストです。この登場人物たちと同様に、今を生きる若者たちが、自分の力で未来を切り拓いていってくれることを願わずにはいられません。
『何者』
著者 | 浅井リョウ |
---|---|
出版社 | 新潮文庫 |
定価 | 590円 |
(平成29年4月号)