髙橋 美徳
黒の艶表紙にエクアドル産のアクティオンゾウカブトムシの横姿、加えて魅力的なタイトル。子供の頃からムシと遊んできた私にとって、昆虫が最強とはどういうこと? と思い、本書を手に取った。
都会の子がコオロギを見て、ゴキブリが出たと大騒ぎをしたそうだ。早起きをして電灯下で帰り遅れた甲虫を探し、小川沿いで捕虫網を構えてオニヤンマを待ち伏せしていた私にとってはとても考えられないことである。友達の家で部屋いっぱいの標本箱を見せてもらい、その美しさに感激。夏休みの自由研究は昆虫採集に決定した。我が家で私以外はムシが苦手だが、ムシに囲まれて生活しているのだから、家の中に迷い込んでこない方がむしろ不思議だと思う。
著者は昆虫学と天体物理学を専攻し、メリーランド大学で昆虫学の博士号を取得した。化石の研究や南米ジャングルでの新種発見フィールドワークを通して学んだ、昆虫についての知見を熱く語りかける。昆虫と呼べる虫が地球に誕生してから約4億年。5回の生物大絶滅をへながら、昆虫類は現在700万種が存在し、栄華を極めている。絶滅した種を含めるとその総数は3,000から5,000万種と推定されるそうだ。過去の生物大絶滅の原因については、おおむねわかっているものと仮説のものがあるが、現在進行中の大絶滅の原因は、たった一つの種・ホモ・サピエンスが地球規模で拡散したことに因っている。著者は「虫の惑星」の環境保護の方が種の保存につながり、地球外生物の探索に大金をつぎ込むより遙かに有意義だと説く。未発見種を探索することによって、新たな微生物系創薬にも繋がるだろうと考えている。
寄生バチの生態は映画『エイリアン』を想起させる。「飼い殺し寄生」において、体内に生み付けられた卵は宿主の免疫反応までコントロールし、幼虫が十分に成長するまで宿主の栄養を享受し続ける。『エイリアン』の原作者ダン・オバノンは、この寄生バチの生態からヒントをえて、宇宙最強の生物像を造り出したに違いない。著者も「虫だらけの宇宙説」を提唱し、宇宙に生命体が存在するとしたら翅を持った外骨格の節足昆虫型であろうと想像する。鎧のような外骨格、変態、擬態、寄生、共生、共進化、社会性、翅での飛翔、昆虫が最強である理由は枚挙に暇が無い。ムシに惚れた男はさらにユニークな主張を展開していく。
始祖鳥の羽毛は飛翔するためより、樹木にはりついた昆虫をはたき落として食べるために使われたのかもしれないという著者の想像は、初めて聞く説で新鮮であった。また、ゴキブリが社会性を獲得してシロアリが出現し、集団生活に伴い大きな巣を作っていなければ、霊長類はシロアリを食料とするため樹上から地上に降りなかったのではないかと考える。大量のシロアリをつり上げるため、道具として枝葉を使い始めたことが、人類の器用な手の運動機能を産み出して、ひいては今日の文明開化に繋がっていると想像する。昆虫の進化が哺乳類の進化の起源になっていると想像の羽を広げる。
英語原題は『Planet of the Bugs』─Evolution and the rise of insects─で、邦題は『虫の惑星』とするのが常道であろう。しかし訳者は『昆虫は最強の生物である』とわかりやすい断定的タイトルとした。本を手に取るかどうかは、ほとんどがその題名の印象にかかっている。プロの技に脱帽である。
本書は決して読みやすい本ではない、というより正直読みにくい。それでも読み進めると著者の熱意と想像力の豊かさに引き込まれていく。ムシ嫌いの方におすすめはしないが。
『昆虫は最強の生物である』
─4億年の進化がもたらした驚異の生存戦略─
著者 | スコット・リチャード・ショー |
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訳 | 藤原多伽夫 |
出版社 | 河出書房新社 |
定価 | 2,300円+税 |
(平成29年4月号)