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新潟市医師会報より

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『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』

風間 隆

生物学的製剤、JAK阻害薬などの全身治療薬が次々に利用できるようになり、外用治療では改善しなかった中等症から重症のアトピー性皮膚炎の患者さんでも、寛解導入することが可能になった。それでも外用治療がアトピー治療の基本であることには変わりがない。正しい塗り方を理解し実践してもらうことにより、外用治療だけでも患者さん自身が驚くほど皮膚炎が改善することはめずらしくない。しかし、その手間や不快な使用感のため、それを継続する患者さんは多くない。

私は教え好きで、アトピーの病態や治療の説明を工夫し、理解の助けになるように説明プリントの作成にも努力してきた。最近はさらに、説明動画も作成してYouTubeにアップロードしたのだが、そのことを知らせても視聴してくれる患者さんはとても少ない。より効率よく外用治療を継続してもらうために、コミュニケーションの点からそれに役立つことがあるのではないかという思いで本書を選んだ。

著者は、認知科学とくに認知心理学、発達心理学、言語心理学分野の研究者である。認知科学と心理学の視点から、私たちが抱えるコミュニケーションの困りごとについて、その本質と解決策について考察している。

本書は、コミュニケーションの阻害要因のなかでも、スキーマについて詳しく述べている。認知心理学におけるスキーマとは過去の経験や知識に基づいて形成された、情報を整理、解釈、記憶するための心的な枠組みである。新しい情報を解釈・理解し、迅速に判断するために不可欠なとても重要なものであるだけでなく、脳の省エネ装置としても機能する。「人は誰もが異なるフィルター、つまりスキーマを無自覚に持っており、それをベースにしてしかコミュニケーションは取れない、という事実を理解することが重要である」というのだ。つまり、残念ながら私の期待に反し「言い方や説明の技術を磨くだけでは相手に正確に情報が伝わらない」のである。

確かに、患者さんと私のアトピーに対する認識にあるずれを経験することがあるが、スキーマの違いで理解できると思う。例えば、尋常性ざ瘡を主訴に受診する中高生の中には、顔面にアトピーの皮膚炎があることに気づいていない患者さんがいる。痒みや刺激症状、鱗屑やときに発赤があっても、それらは物心ついたときにはすでに存在するため、そのような状態は、スキーマとしては「普通の状態」なのだろう。それに対しニキビは思春期から突然出現するため、スキーマの一部にはなっておらず受け入れることができない。アトピーの治療はいくら丁寧に説明しても中断してしまうのに、一緒に存在するニキビの治療には積極的な患者さんは少なくない。

スキーマは困ったことに先入観や固定観念の要因にもなり得る。「軟膏治療は対症療法なので無意味だ」という誤ったスキーマを形成することがある。おそらく治療が不適切だったために十分な効果が得られず、アトピーの悪化を繰り返したという苦い経験を積み重ねたことで、外用治療に対する不信感のスキーマが芽生えたのだろう。スキーマはそれに合致する情報だけを選択的に取り入れ、そうでないものは取り入れない傾向がある。そのため、ステロイド外用はアトピー治療の基本であるという正しい情報はノイズとして排除してしまう。それに対し、ステロイドを批判する誤ったネット情報やSNS情報は無批判に受け入れるため、「ステロイドは悪い薬」という固定観念が強化される。極端なケースでは、ステロイドという言葉を聞いただけで医師の説明を直ちに拒否してしまうことも起こり得る。最近はあまり見かけなくなったが、ステロイド忌避で脱ステロイドに走る患者さんたちである。

スキーマの問題は社会の分断にも関わってくる。スキーマは相手をみるときの好き嫌いの判断にも利用される。そのため、人々は同じ考えを持つものとは集団を形成しやすく、それに対して考えが違う集団とは交流することがなくなり断絶してしまう。さらにSNSでは自分の考えと同じような意見だけをフォローし、そのアルゴリズムが提供する同じような情報だけを取り入れ続ける。このため、別な視点からの情報や考え方に接する機会が極端に少なくなってしまい「自分の考えが正しく絶対だ」というスキーマが著しく強化される。それに沿うものであれば偽情報でさえも信じてしまう。この結果、対立の激化を生むことになる。それが際立っている国がアメリカ合衆国であり、その根深い分断を解消することはとても難しいことがとてもよく理解できる。

本書の後半では、伝わらないコミュニケーションを改善するために、スキーマの問題以外にも様々な角度からの提案がされている。本書はどちらかというとビジネスマン向けであるためか、外来診療にそのまま応用できるものは多くない。ビジネスの世界における同僚やクライアントとの間のコミュニケーションと比べると、外来診療のそれでは十分な時間を取るのが難しいためだ。しかし、皮膚炎で悩んだことがない私と幼小児期から外用治療を続けながらもそれで苦しんでいる患者さんとでは、スキーマが違っていること、診療ガイドラインに沿って治療はこうすべきという「私の(ほとんどの皮膚科医にとっても)正解」は患者さんにとっては必ずしも「正解」ではないことを理解し、そして相手をコントロールしようとすると、うまくいかないというその指摘は受け入れる必要がある。それではどうすればよいか?「正しく塗れば皮膚炎は良くなるんだ」という小さな成功体験を経験することを積み重ねてもらうことで、治療に対するネガティブなスキーマを少しずつでも変えることができるのではないかという可能性に期待したい。それは、外用治療に積極的でない患者さんに「今までの塗り方ではなかなか良くならなかった皮膚炎だけど、私が説明した塗り方に変えてみるとどれだけよくなるのか、1週間だけでよいので試してみるのはどうでしょうか」と提案し続けることなのだろうか。

『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?認知科学が教えるコミュニケーションの本質と解決策』

著者 今井 むつみ
発行 日経BP
発行日 2024年5月13日
価格 1,870円(税込)

(令和8年4月号)

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