新潟大学大学院医歯学総合研究科 地域疾病制御医学専攻
地域予防医学講座 法医学分野 助教 舟山 一寿
はじめに
未曾有の被害をもたらした東日本大震災から、早いもので7年以上の歳月が流れました。東日本大震災については以前のように報道等で取り上げられることは少なくなりましたが、福島第一原発の廃炉に向けては未だ困難な問題が山積しており、また帰還困難者や自主避難者の方が多数おられるなど、現在においてもその影響は確実に続いています。また本年9月10日現在の死者数は15,869人と非常に多数の方が犠牲となられ、未だ2,536人の方が行方不明者となっています1)。
警察庁の発表によれば、発見された御遺体数は発災から1週間で阪神淡路大震災の犠牲者数を超える6,911人、2週間で10,102人に達し、当時は短期間での多数の御遺体の検視・検案が必要となりました。日本法医学会は大規模災害・事故時の支援体制に関する提言2)に基づき、死体検案支援対策本部を発災直後に設置し、岩手、宮城、福島各県警からの検案医(歯科医師)派遣要請に対して、災害時検案支援医師(歯科医師)を会員に委嘱し、被災3県に派遣するという対応をとりました。当時、私は日本法医学会の委嘱により岩手県に合計3回(3月15日〜20日、4月14日〜20日、5月8日〜13日)にわたり派遣され、多数の御遺体の検案に従事致しました。本稿では大規模災害における検案の実務について、当時の経験をもとに述べさせていただきます。
大規模災害と検案
災害とは災害対策基本法によれば「暴風、竜巻、豪雨、豪雪、洪水、崖崩れ、土石流、高潮、地震、津波、噴火、地滑りその他の異常な自然現象又は大規模な火事若しくは爆発その他その及ぼす被害の程度においてこれらに類する政令で定める原因により生ずる被害」とされ、政令で定める原因として災害対策基本法施行令に「放射性物質の大量の放出、多数の者の遭難を伴う船舶の沈没その他の大規模な事故」と記載されています。どの程度であれば“大規模”災害とされるのかということに明確な定義はないようですが、「緊急災害対策本部が設置されたもの」(大規模災害からの復興に関する法律)や「激甚災害を基準とする」3)という考え方もあるようです。検視・検案で警察官数人と医師1人で取り扱う御遺体は通常1体、心中など特殊な場合でも2〜3体程度ですが、大規模災害では警察官や検案医の人数の数倍以上の御遺体を取り扱わなくてはなりません。この点は災害医療における医療者・医療資源と患者数の関係と同様であろうと思います。災害医療の場合はトリアージで患者に優先順位をつけて診療を行う方法がありますが、大規模災害において災害死した御遺体は全てが検視・検案の対象となるため、迅速な検視・検案が必要となります。よって大規模災害における検視・検案は、死体検案書記載のために必要な最小限の情報が得られる程度にその目的を絞らざるを得ないということになります。実際に東日本大震災では、3月17日付けで厚生労働省より被災三県に対して、死体検案書の記載は「死亡したとき」、「死亡したところ」、「直接死因」、「死因の種類」等、最小限の記載で差し支えないので検案の迅速化に努めるようにとの連絡がありました4)。これらのうち「死亡したところ」については、発見された場所を記載すれば良いので(実際は死亡後も津波に流されているため、厳密な意味での死亡場所ではありませんが、発見場所の記載で差し支えありません)、「死亡したとき」、「直接死因」、「死因の種類」、つまり推定死亡日時と死因・死因の種類を判断するということが東日本大震災における検案医の主要な判断事項でした。
「死亡したとき」
大規模災害において複数の医師がそれぞれ別々に検案を行う場合、前記の項目を判断する上で、判断基準の統一性を担保するということが必要になってきます。特に「死亡したとき」は、それが前後することによって相続関係に影響することがありますので注意が必要です。民法第32条の2には「数人の者が死亡した場合において、そのうちの一人が他の者の死亡後になお生存していたことが明らかでないときは、これらの者は、同時に死亡したものと推定する」という“同時死亡の推定”という項目があり、東日本大震災において岩手県では「死亡したとき」は「平成23年3月11日午後3時頃(推定)」と予め印刷した死体検案書を用いて同時死亡の推定を適応し統一しました。ただ私が検案した御遺体の中には、津波に巻き込まれ、水から上がれたものの、外傷が激しく、当日の夜に亡くなったのを目撃していた立会者の証言が得られたという事例があり、このように死亡時間が他の御遺体と異なっていることが判断できる場合は、同時死亡の推定は適用しないということになります。
「直接死因」
死因・死因の種類の判断に関しては、多数の御遺体を扱わなければならないという時間的、人員的制約がある中で、時間をかけて検案を行い、死因を検討するということは現実的ではありません。死因の判断基準を検案医間で共有し、迅速で統一性のある死因判断を行う必要があります。東日本大震災では、津波浸水域で発見された御遺体が殆どであり、着衣が濡れている、鼻口腔に砂粒を容れている等を確認した上で溺死を死因の第一優先とする認識を共有し、そのような所見があまり認められず、胸郭の挫滅などの致死的外傷を認める場合には外傷死(又は圧死など)、また津波後の火災現場から発見された御遺体は場合によって焼死とするなどの対応がとられました。また死後変化による損壊が著しい場合や、部分死体など死因不詳とせざるを得ない場合もありました。結果的に発災1ヶ月後までの死因の割合は92.4%が溺死、4.4%が圧死、外傷死及びその他、1.1%が焼死、2.0%が不詳となっています5)。溺死の場合、肺内に吸引された水が数日経過すると胸腔に漏出し、血色素性の胸水が貯留してくることが多いのですが、私は東日本大震災の検案で携帯型エコーを使用し胸水の有無を確認したところ、多くの例で血色素性の胸水の貯留が確認されました。このことからも90%以上が溺死だったという死体検案書の統計の結果は、実際の死因としても概ねその通りであっただろうと思います。しかし、津波に巻き込まれながらもすぐに水から脱出できたような場合や、水深の浅いところで溺死にまで至らなかったような場合では、3月の場所によっては雪も降っていたような東北地方の寒い状況で、低体温症により死亡したケースも複数目撃されていたようです6)。また津波に巻き込まれた後に車の屋根に上り翌日救助された生存者によれば、自分と同じような状況の人が周りに数人おり、救助を求める声が最初はしていたが、夜になりだんだん弱々しくなり聞こえなくなったということが証言されています7)。溺死と判断された御遺体の中には、低体温症による死亡や、低体温症のため結果的に溺水に至った事例は少なからずあったのではないかと個人的には考えており、発災が夏であったなら死者数は減少した可能性もあるのではと感じております。
「死因の種類」
災害死の場合は不慮の外因死になるので、死因の種類については2〜8を選択することになります。ここで注意すべきなのは、自然災害による死亡の場合は『疾病及び関連保健問題の国際統計分類ICD-10(2013年版)』8)では「自然の力への曝露 X30−X39」と分類されているということです(表1)。つまり東日本大震災の津波による溺死の場合、ICD-10では「X34.1津波による受傷者」に分類されるため、死因の種類は「4 溺水」ではなく「8 その他」を選択しなければなりません。死因が溺死であっても外傷死であっても焼死であっても、その原因が地震や津波という「自然の力への曝露」である以上は、「8 その他」を選択することになります。
また死因・死因の種類を判断する際に重要な点として、災害死ではない御遺体が紛れ込んでいないかを判断するということがあります。東日本大震災で私が経験したのは、震災後に縊頸した御遺体や、在宅介護の寝たきりの老人で、介護者が外出中に津波で死亡したため放置状態となり死亡した御遺体(災害関連死となるかもしれません)などがありました。これらは直接的な災害死ではないため、死因の種類を「8 その他」とはできません。死後変化が進んでいない時期の新しい御遺体では、他の原因で死亡したということは比較的わかりますが、死後変化が進んでくるとその判別は困難になってきます。実際、東日本大震災の1ヶ月後に福島県で見つかった身元不明の若年女性の御遺体が、当初は震災による死亡として死体検案書が発行されましたが、後日DNA型により震災の1ヶ月前より行方不明になっていた18歳の女性であることが判明したため、死体検案書の内容を変更したという例がありました9)。解剖を行って死因を詳細に検討すべきケースであったと考えられますが、多数の御遺体を取り扱う東日本大震災のような状況で、身元不明であるという理由で全ての御遺体を解剖することは現実的に困難であり、また発見場所の環境要因などで死後変化の進行は御遺体ごとに異なってくるため、他の御遺体より若干死後変化が進行していたからといって、災害時に既に死亡していたと確実に判断するのは、殆ど不可能であります。このような結果になったのも現実的には致し方ないとは思いますが、身元不明の御遺体については、DNA型によって災害以前からの失踪者でないことが確認できるまでは火葬しないなどの対応も必要かもしれません。
検体採取
この他に、身元不明の場合の年齢推定を行ったりもしましたが、身元確認(個人同定)は顔貌・身体特徴・所持品(88.6%)、歯科所見(7.9%)、指紋・掌紋(2.4%)、DNA型(1.1%)などによって10)、警察が最終的な判断をしています。DNA型判定のための試料採取は医師又は歯科医師が行うことが原則で、特に死後変化により血液の採取ができない場合には、爪や皮膚片など若干侵襲的な採取が必要となることがあります。東日本大震災では、このような検体採取が死体損壊になるのではとの危惧も一部でありましたが、4月18日付けで厚生労働省より被災三県に対して、“必要最低限度の侵襲であれば刑法上の正当業務行為に該当する”という連絡がありました11)。現在では警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律第8条に身元確認のための検体採取について明記されており、死体損壊には当たらないと解されております。
おわりに
東日本大震災の被災地に派遣された経験をもとに、大規模災害における検案の実際について述べさせていただきました。地震、台風、豪雨による洪水など、毎年のように甚大な被害をもたらす災害が絶えることのない日本において、大規模災害は新潟県でも例外なく起こり得るかもしれません。災害によって被害の規模や質は異なるため、東日本大震災の経験が、すべての災害にそのまま適用できるものではないかもしれませんが、多数の犠牲者が想定される大規模災害に対する危機管理の一助となれば幸いです。
末筆ながら、東日本大震災の犠牲者の方々の御冥福をお祈りするとともに、被災地・被災者の方々の復興が、より一層進捗していくよう祈念致しております。
(本稿の内容は平成30年8月29日第1回新潟市医師会警察医研修会の内容から一部抜粋し、加筆したものです)
1)警察庁. “東日本大震災について 警察措置と被害状況(2018年9月10日)”〈https://www.npa.go.jp/news/other/earthquake2011/pdf/higaijokyo.pdf〉.(閲覧2018年11月7日)
2)日本法医学会: 大規模災害・事故時の支援体制に関する提言. 日本法医学雑誌, 51巻3号: 247-9, 1997.
3)大規模災害リハビリテーション支援関連団体協議会. “大規模災害リハマニュアル” 〈https://www.jrat.jp/images/PDF/manual_dsrt.pdf〉.(閲覧2018年11月8日)
4)厚生労働省. “御遺体の取扱関係 死体検案書の作成に関する留意事項について”
〈https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000014tr1-img/2r98520000015auy.pdf〉.(閲覧2018年11月7日)
5)内閣府. “平成23年版 防災白書”〈http://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/h23/bousai2011/html/zu/zu004.htm〉.(閲覧2018年11月7日)
6)河北新報 ONLINE NEWS. “〈アーカイブ大震災〉氷点下の寒さ追い打ち”〈https://www.kahoku.co.jp/special/spe1168/20160210_01.html〉.(閲覧2017年7月6日)
7)毎日新聞. “東日本大震災:「またマウンドに」津波にのまれた中3、幸運重なり生還─宮城・亘理”(2011年4月8日東京夕刊)
8)厚生労働省.“「疾病、傷害及び死因の統計分類」”〈https://www.mhlw.go.jp/toukei/sippei/〉.(閲覧2018年11月7日)
9)毎日新聞. “ストーリー:震災前、行方不明になった18歳(その1)「溺死」のち「不詳」”(2018年4月8日東京朝刊)
10)日本経済新聞 電子版. “震災犠牲者の身元確認、DNAより歯型が有効”
〈https://www.nikkei.com/article/DGXLZO98375320S6A310C1000000/〉.(2016年3月13日)
11)厚生労働省. “御遺体の取扱関係 死体検案等の実施に関する留意事項について”
〈https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000019lst-img/2r98520000019t26.pdf〉.(閲覧2018年11月7日)
(平成30年12月号)