新潟大学大学院医歯学総合研究科 腫瘍放射線医学分野・機能画像医学分野
青山 英史、中野 智成、斎藤 紘丈
はじめに
転移性脳腫瘍は担癌患者のおおよそ4人に1人に発生すると考えられており、健康関連QOL(HRQOL: Health Related Quality of Life)を著しく損ね、また直接的な死因にもなり得る。原発臓器としては肺癌が最も多く約半数を占め、乳癌がそれに続く。治療としては手術、放射線治療、薬物療法がある。近年、分子標的薬などの薬物療法が著しく進歩し、転移性脳腫瘍にもある程度有効であることは分かってきた。しかしながら、その役割は未だ限定的であり、治療の主軸となるのは放射線治療である。放射線治療には脳全体を照射する全脳照射(WBRT)と、ピンポイントで転移巣を照射する定位放射線照射(SRS)がある。脳転移は血行性転移であることから、画像で見えている病巣が数個であっても、脳全体に画像では描出されないような微小転移が存在することが多いため、全脳照射は歴史的標準治療であり、また現在でも重要な治療であることには変わりはない。しかしながら全脳照射を行うと、散発的ではあるが、治療後数か月経ってから放射線による晩期有害反応として認知機能の低下を来すことが知られている。そのため、全脳照射を行わず、定位放射線照射のみを行う治療方針を取る施設が増えている。ただし、全脳照射を行わないと頭蓋内再発を来す割合が2-3倍高まることは後述するように、幾つかの第三相臨床試験で証明されており、また予後良好な患者では、頭蓋内腫瘍制御が生存率向上に寄与する群が存在する可能性も示されている。従って、安易な全脳照射の省略は危険である。また全脳照射後の認知機能低下の発生割合についても、どのような認知機能バッテリーや低下の基準を用いるかは研究者の裁量に委ねられているため、臨床的に意味を持つ数字と乖離している。本稿では、少数個の脳転移への放射線治療について現時点でのエビデンスに基づいた考え方を示し、認知機能低下割合の数字の解釈におけるピットフォールについて考察する。
孤立性・寡数個脳転移への放射線治療
表1に過去に多施設共同で行われた代表的な無作為割り付け臨床試験の結果を示す。いずれの試験においても初回解析では、生存期間は両治療群間でほぼ同等である。しかしながら、全脳照射単独治療と全脳照射と定位放射線照射併用治療を比較したRTOG9508の孤立性脳転移症例のみを扱ったサブ解析では定位放射線照射併用群で有意に生存が優れた1)。また予後予測指標であるdiagnosis-specific graded prognostic assessment (DS-GPA)を用いた二次解析では、予後良好群(DS-GPA 3.5-4.0)において定位放射線照射併用群の生存が有意に優れる傾向が示された2)。次に定位放射線照射単独治療と定位照射と全脳照射併用治療を比較した臨床試験についてみていく。JROSG99-1 3)、EORTC22952-26601 4)、NCT00377156 5)いずれにおいても生存期間に有意差は認めない。しかしながらJROSG99-1二次解析において、予後良好群(DS-GPA 2.5-4.0)で両者併用治療群の全生存期間は定位放射線照射単独治療群よりも6.1か月延長している6)。頭蓋内腫瘍再発については、局所再発率は全ての試験で単独治療群は併用治療群よりも高く、また全脳照射を省略した場合には脳内遠隔再発率も有意に高値を示している。これらの結果から、予後がある程度見込める場合には、頭蓋内腫瘍再発が死因に直結するリスクが高く、生存期間延長の目的でも積極的に定位放射線照射と全脳照射の併用治療を行うべきだとする主張も成り立つ。
放射線治療後の認知機能
前項で述べたように、定位放射線照射に全脳照射を加えることで、有意に頭蓋内腫瘍再発は減り、一部の症例群では生存期間延長効果があることが示された。一方で、全脳照射は認知機能低下を起こす可能性があるという理由で避けられる傾向にある。全脳照射後の認知機能低下割合は45.8%から91.7%とその範囲は広い5、7−9)。問題なのは、臨床試験毎に異なるカットオフ値が用いられている点である。日常臨床で用いられる認知機能検査として代表的なものはMini Mental State Examination(MMSE)がある。これは30点満点の11項目からなり、見当識、記憶力、計算力、言語的能力、図形的能力などをカバーする10)。点数の臨床的意義の判断基準は、24点以上で正常、20点未満で中等度、10点以下で高度の認知機能低下とほぼ確立している。JROSG99-1ではこのMMSEを用いて治療前後の認知機能を評価した。その結果、治療後短期では定位放射線治療単独群で認知機能低下割合が高く、治療後2年以降では全脳照射併用群で低下割合が高いことが示された。これは治療後短期では頭蓋内腫瘍再発が、治療後2年以降の晩期では全脳照射による晩期有害反応が認知機能低下の主な原因であることを示唆している。最近は、ホプキンス言語学習試験(HVLT-R)やTrain making test, COWAT(Controlled Oral Word Association Test)などを組み合わせた、より感度の高い認知機能検査バッテリーの使用が推奨されている11)。しかしながらこれらの結果の臨床的意義の判断基準は未だ確立していない。表2にホプキンス言語学習試験などを用いて、全脳照射もしくは定位放射線照射を行った後の認知機能を評価した臨床試験の結果を示す。Changらの検討では、5ポイント以上の低下を有意と定義している8)。それ以外の研究では年齢別の基準値を用いてZスコア化し、カットオフ値1.0 SD、1.5 SD、2.0 SD、3.0 SDを有意な変化として、認知機能低下割合を算出している。
新潟大学における全脳照射後の認知機能変化の研究
我々は脳転移(個数は問わない)全脳照射後の認知機能の経時的変化を連続78症例で検討した(投稿中)。認知機能バッテリーは欧米での先行研究と対比できるように、ホプキンス言語学習試験やTrain making test, COWAT(合計6ドメイン)を用いた。また認知機能の変化がHR-QOLに与える影響を検討するため、EORTC QLQ-C30、BN-20のデータも取得した。認知機能検査ドメインレベルでみると、治療後4か月時点で、カットオフ値1.0 SDの場合「改善、不変、悪化」のそれぞれ「12%–20%、43%–69%、14%–41%」、1.5 SDの場合は「6%–17%、56%–80%、14%–29%」、2.0 SDの場合は「3%–15%、66%–86%、11%–24%」であり、カットオフ値を高くするにつれ、「改善」「悪化」の割合が減り、「不変」の割合が増加する。
患者レベルで見た場合、「改善」と「悪化」が同一患者内の別のドメインで同時に存在する患者がいることになる。ここでは、そのような症例は「両方」として、「改善」や「悪化」のみを認める場合と分けて集計した。その結果、治療後4か月時点での患者レベルでの認知機能変化「改善、不変、低下、両方」は、1.0 SDでは「15%、12%、41%、32%」、1.5 SDでは「19%、22%、37%、22%」、2.0 SDでは「17%、37%、37%、9%」となる。すなわち、欧米の先行研究のように1項目でも低下があれば、(たとえ改善した項目があっても)悪化と定義すると、それぞれのカットオフ値での「悪化」は41%+32%=73% (1.0 SD)、37%+22%=59%(1.5 SD)、37%+9%=46%(2.0 SD)となる。しかし、そうであれば「1項目でも改善があれば改善」と定義することも許容されるはずであり、その場合「改善」は15%+32%=47%(1.0 SD)、19%+22%=41%(1.5 SD)、17%+9%=26%(2.0 SD)となる。では、そのカットオフ値を用いるのが臨床的に意義のある変化を表しているのであろうか。
我々は「HR-QOLの有意な改善もしくは悪化」を「臨床的に意義のある変化」と定義し、認知機能の改善、悪化の臨床的意義を検討した。現在投稿中であり、ここでは詳細について触れることはできないが、「カットオフ値を1.5 SDとし、両方は改善にも悪化にも含めない」のが、HR-QOLの変化を反映した臨床的に意義のある認知機能変化を反映しているであろうという結論に至った。この基準を用いると、治療後4か月時点で、臨床的意義のある認知機能の改善は19%、悪化は37%で見られたということになる。次に4か月時点での認知機能低下に関連する因子解析では、年齢、予後指標であるDS-GPA、8か月目でのデータが取得可能であったかどうか、4か月時点での頭蓋内腫瘍の制御状態の4項目で行った。最も強く関連していた因子は8か月目でのデータが取得可能であったかどうか(≒予後)であり、次が4か月時点での頭蓋内腫瘍の制御状態であった。つまり、4か月目での認知機能低下に関して頭蓋内の腫瘍状態のみならず、全身状態も反映している可能性が高いと考えるのが妥当であろう。
結論
転移性脳腫瘍への放射線治療後の認知機能低下は起こり得る。しかしながら欧米の研究で示された45.8%から91.7%という認知機能低下割合には、異なるドメインに改善と悪化が混在している症例がかなり含まれていると考えられ、これらの数字をそのまま臨床現場に持ち込んではならない。一方、我々の研究では、全脳照射によって頭蓋内腫瘍制御が得られ、認知機能やHR-QOLが改善される症例もいること、認知機能低下は全身状態および頭蓋内腫瘍の状態など様々な因子が関係していることが示された。このように、認知機能低下といっても検査法や評価法によって得られる数字は様々であり、また放射線以外にも認知機能に大きな影響を与える因子があることを理解した上で、学術誌に出てくる数字の解釈にあたっては慎重な姿勢が必要である。
参考文献
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2)Sperduto PW, Shanley R, Luo X, Andrews D, Werner-Wasik M, Valicenti R, et al. Secondary analysis of RTOG 9508, a phase 3 randomized trial of whole-brain radiation therapy versus WBRT plus stereotactic radiosurgery in patients with 1-3 brain metastases; poststratified by the graded prognostic assessment (GPA). Int J Radiat Oncol Biol Phys. 2014; 90: 526-31.
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6)Aoyama H, Tago M, Shirato H. Stereotactic Radiosurgery With or Without Whole-Brain Radiotherapy for Brain Metastases: Secondary Analysis of the JROSG 99-1 Randomized Clinical Trial. JAMA Oncol. 2015; 1: 457-64.
7)Brown PD, Pugh S, Laack NN, Wefel JS, Khuntia D, Meyers C, et al. Memantine for the prevention of cognitive dysfunction in patients receiving whole-brain radiotherapy: a randomized, double-blind, placebo-controlled trial. Neuro Oncol. 2013; 15: 1429-37.
8)Chang EL, Wefel JS, Hess KR, Allen PK, Lang FF, Kornguth DG, et al. Neurocognition in patients with brain metastases treated with radiosurgery or radiosurgery plus whole-brain irradiation: a randomised controlled trial. Lancet Oncol. 2009; 10: 1037-44.
9)Brown PD, Ballman KV, Cerhan JH, Anderson SK, Carrero XW, Whitton AC, et al. Postoperative stereotactic radiosurgery compared with whole brain radiotherapy for resected metastatic brain disease (NCCTG N107C/CEC.3): a multicentre, randomised, controlled, phase 3 trial. Lancet Oncol. 2017; 18: 1049-60.
10)Aoyama H, Tago M, Kato N, Toyoda T, Kenjyo M, Hirota S, et al. Neurocognitive function of patients with brain metastasis who received either whole brain radiotherapy plus stereotactic radiosurgery or radiosurgery alone. Int J Radiat Oncol Biol Phys. 2007; 68: 1388-95.
11)Lin NU, Wefel JS, Lee EQ, Schiff D, van den Bent MJ, Soffietti R, et al. Challenges relating to solid tumour brain metastases in clinical trials, part 2: neurocognitive, neurological, and quality-of-life outcomes. A report from the RANO group. Lancet Oncol. 2013; 14: e407-16.