新潟大学大学院医歯学総合研究科 皮膚科学分野 酒井 あかり
(前 新潟県立がんセンター新潟病院 皮膚科)
はじめに
皮膚腫瘍の多くは小さいうちに見つかります。体表に発生するため見つけやすいことが一番の理由ですが、近年はテレビやインターネットなどのメディアを通じて病気が紹介されるために、より小さく、悪性腫瘍であればより早期の段階で見つかるケースが増えてきました。「足の裏のほくろが危ないとテレビでみて」と言って受診した患者がごく早期の悪性黒色腫であった、というような事例は、皮膚科医であれば一度は経験したり身近に見聞きすると思います。
一方で、どうしてこんなに大きくなるまで来なかったのかと尋ねたくなるような例も依然として後を絶ちません(図1)。「もはや自分で処置ができなくなって」と言って受診した患者を診察すると、大腿にテニスボール大の有棘細胞癌があり、触診せずとも視診で鼠径リンパ節の転移が確認できるような事例に遭遇します。新潟県立がんセンター新潟病院皮膚科では良性・悪性を含めて年間1,000例前後の皮膚腫瘍の新患がありますが、そのうち数例はこのような10cmを超える巨大腫瘍です。
速やかに受診しないことが特に問題になるのは、上記のように腫瘍が悪性であったときです。治療開始時の病期は予後に直結します1)。それでは、患者の早期受診を促すにはどうしたらよいのでしょうか?ヒントを探すべく、皮膚腫瘍を主訴として当科に来院した患者の受診動機を聴取し、解析しました。また、テレビやインターネットなどのメディアによる啓発は早期受診を促す有効な手段となり得るのでしょうか?今回得られたデータおよび解析結果を紹介いたします。
皮膚腫瘍患者の受診動機
良性、悪性を問わず、皮膚腫瘍を主訴として新潟県立がんセンター新潟病院皮膚科を初診した患者1,179例を対象に、受診動機の聞き取り調査を行いました(調査期間2015年7月~2016年9月)2)。
患者の内訳は、男女比が女性58%とやや女性が多く、平均年齢は57歳でした。当院はがん診療連携拠点病院のため、紹介受診が88%と大半を占め、紹介元の多くは皮膚科でした。患者が皮疹の存在を自覚してから最初に医療機関を受診するまでの中央罹病期間は12カ月で、57%の患者が腫瘍径が10mmになるまでに受診していました。10cm以上で受診した患者は5例でしたが、腫瘍が広範・不明瞭であったりして大きさが測定できなった例(炎症性粉瘤や慢性膿皮症、陰嚢全体に拡がった乳房外パジェット病、指趾全体におよぶ有棘細胞癌など)を含めると、実際の数はもっと多くなると考えられます。疾患は大半が良性疾患で877例(74%)、その他、皮膚癌と診断された症例が302例(26%)でした。良性疾患の内訳は、頻度の多い順に母斑細胞母斑201例、脂漏性角化症126例、粉瘤117例、などで、大きさはそれぞれ平均8.4mm、12.0mm、19.1mmでした。皮膚癌では基底細胞癌が最も多く82例、次いで有棘細胞癌57例、日光角化症52例などで、大きさはそれぞれ平均11.9mm、17.8mm、12.5mmでした。
集計結果です。受診動機を本人(自覚症状、他病のついで等)、他人(家族の勧め、診察時に発見等)、メディア(テレビ、新聞等)の3群に大別したところ、それぞれ68%、20%、12%を占めました(図2)。受診動機の詳細についてですが、本人群では「自覚症状」が561例と最も多く、次いで「かかりつけの皮膚科でついでにみてもらった」が117例、その他「近所だったから」「切除希望で」「かかりつけの他科でついでにみてもらった」「同級会があるから」が各数例でした。他人群では「家族や知人の勧め」が135例と最も多く、ついで「皮膚科以外の医師の勧め」が37例、「皮膚科受診時にたまたま指摘された」が30例、「家族や知人の治療体験談を聞いて」が26例でした。メディア群では「テレビ」が最も多く89例、次いで「インターネット」25例、「新聞記事」19例、「病院の掲示物」3例、「本」1例でした。
受診動機には性差がみられました。女性では男性に比べ、メディアをきっかけに受診したという例が多く、本人理由の受診は少ない傾向がありました(図3)。また、年代によっても受診動機の傾向が異なりました。他の年代にくらべて、40~60代ではメディアをきっかけにした受診が多く、70代以上では他人がきっかけとなって受診した例が多い結果でした(図4)。
次に、皮膚癌と診断された患者302例を対象に、受診動機と各因子の関連を調べました。中央罹病期間は本人群12カ月、他人群14カ月、メディア群15カ月であり、特定の受診動機によって受診が早くなったり遅くなったりするという傾向はみられませんでした。悪性の可能性を疑って(「悪性の心配」やメディアの情報を動機として)受診した患者は39例(13%)でした。
早期受診を促すにはかかりつけ医の働きかけが有効
患者の早期受診を促すにはどうしたらよいのでしょうか?これには、かかりつけ医の積極的な働きかけが有効ではないかと考えます。
早期受診を阻む最大の要因は、皮膚癌の認知度の低さです。今回の調査では、皮膚癌患者のうち、受診時点で癌の可能性を疑っていた方はわずか1割でした。さらに、皮疹に気づいてから初回受診までに1年以上のタイムラグを有した患者は半数にのぼりました。皮疹の存在に気付いていながら受診行動に至らない背景には、皮膚癌自体の認知度の低さが大きく影響しており、一般市民へ向けた更なる啓発活動が必要であることを示しています。
一方で、本邦において皮膚癌は加齢疾患の側面が強く、患者の多くが高齢者です3)。今回の調査では、皮膚癌患者の77%が65歳以上の高齢者でした。高齢者の受診動機の特徴としては、他人をきっかけとした受診が多いことが挙げられます。認知機能の低下した高齢者では、他人からの働きかけが受診行動に大きくかかわるようです。皮膚癌は希少疾患のため、がん検診をはじめとしたスクリーニング検査は現実的ではありませんが、かかりつけ医による積極的な視診および受診勧奨は、皮膚癌患者を拾い上げるうえで効率的な方法と考えられます。実際、今回の調査では「皮膚科以外の医師のすすめ」や「皮膚科受診時にたまたま指摘された」ことをきっかけに多くの方が受診し、最終的に3割が皮膚癌と診断され治療を受けました。
皮膚癌の認知度の低い本邦では、シミやできものができても、皮膚癌とは思わないために受診が遅れ、結果的に予後に影響がでます。皮膚癌の好発年齢である高齢者に受診を促すには、他人からの働きかけが有効です。かかりつけ医による積極的な受診勧奨は、皮膚癌の早期発見とそれに伴う予後改善に寄与する可能性があります。
メディアを介した啓発は有効だが効果は限定的
2016年5月、60代の女性芸能人が自身のブログで皮膚癌治療を公表し、インターネットやテレビ番組など多くのメディアで話題になりました4)。この報道を契機として、当院へ15例(男性1例、女性14例、平均年齢61歳)の患者が受診し、うち4例が皮膚癌と診断されました。報道翌月の皮膚腫瘍初診患者は月間平均の2倍に相当する151例に増加しましたが、2カ月後には減少に転じ、3カ月後に平均値以下に戻りました(図5)。
テレビやインターネットなどのメディアによる啓発は早期受診を促す有効な手段となり得るのでしょうか?皮膚癌をはじめ、高齢者に好発する疾患については、メディアによる啓発の効果はあまり期待できません。たしかに、メディアによる啓発は受診の強い動機付けになり、とくに中年層、女性では受診行動につながりやすいようです。一方で、今回受診患者の増加が3カ月で収束したように、一時的な反響にとどまる傾向があります。さらに、高齢者ではテレビやインターネットに接する機会が少ないために、情報発信が行き届かない可能性があります。実際、皮膚癌患者ではメディアを契機とした受診が良性疾患と診断された患者群と比較して少なく、これは皮膚癌患者が高齢である(悪性疾患73.1歳 vs. 良性疾患50.9歳)ことを反映しているためと考えられました。
患者の早期受診を促すには、患者層に合わせた適切な情報発信が不可欠です。高齢者に好発する皮膚癌においては、テレビやインターネットなどのメディアより、病院の診察室や介護施設での直接的な情報提供が有効と考えます。
(本稿の内容は、日本皮膚科学会雑誌2018年128巻1号に掲載の「皮膚腫瘍患者の受診動機調査─早く受診させるためには何が必要か─」2)より一部抜粋、加筆したものです)
謝辞
問診にご協力いただいた患者の皆様に感謝します。また、本研究を進めるにあたりご指導いただきました、新潟県立がんセンター新潟病院副院長 竹之内辰也先生、同院皮膚科部長 高塚純子先生、新潟大学医歯学総合病院医療情報部教授 赤澤宏平先生に感謝いたします。
文献
1.Forbes LJ, Warburton F, Richards MA, Ramirez AJ: Risk factors for delay in symptomatic presentation: a survey of cancer patients. British Journal of Cancer, 111: 581-588, 2014.
2.酒井あかり、鹿児山 浩、高塚純子、赤澤宏平、竹之内辰也:皮膚腫瘍患者の受診動機調査─早く受診させるためには何が必要か─. 日本皮膚科学会雑誌, 128: 51-57, 2018.
3.竹之内辰也:高齢社会と皮膚疾患─皮膚悪性腫瘍─.日本医師会雑誌, 137: 2461-2464, 2009.
4.読売新聞.“[タレント キャシー中島さん]皮膚癌(1)痛くもかゆくもない赤い点”〈https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160906-OYTET50014〉(閲覧2019年1月13日)