新潟大学大学院保健学研究科 放射線技術科学専攻 教授
新潟大学死因究明教育センター 副センター長 高橋 直也
新潟大学大学院医歯学総合研究科 法医学分野 教授
新潟大学死因究明教育センター センター長 高塚 尚和
この20年間のCTやMRIなどの医療画像機器の急激な進歩を背景に、死因究明の方法として世界的に死亡時画像診断(Autopsy imaging; Ai)が用いられるようになってきた1)。Aiは、通常の生体画像診断とは異なり「死後変化」や「心肺蘇生術後変化」のために判断が難しい場合がある2)。このためAiで得られる所見を見落としなく拾い上げ、判断することが重要になる。高橋らは新潟市民病院における多数のAi診断の経験をもとに、死亡時CTを診断するためのチェックシートを提唱した3)。このチェックシートは、死亡時CTにて認められる代表的な所見を「死後変化」、「心肺蘇生術後変化」、「死因」、「その他の所見」に分類し、見落としを減らし診断に結び付けられるよう工夫されている(図1)。Aiの経験が乏しい医師でも、チェックシートを用いることで所見の拾い上げや判断が向上する4)。チェックシートは、Ai学会のホームページ(https://plaza.umin.ac.jp/~ai-ai/)からダウンロードして使用することができる(図2)。
この稿では、チェックシートの項目としたAiの代表的な所見に加え、後期死体現象である腐敗について例を挙げて紹介する。
死後変化
死後変化は、非可逆的な心停止によって細胞への酸素供給が絶たれ、正常な代謝機能を喪失することで遺体に生じる死体現象である。死後変化は、死亡直後から生じる「早期死体現象」、死後数日で現れる「後期死体現象」、「その他の死体現象」に分類される。Aiでは、早期死体現象として大動脈壁の高濃度5)、血液就下6、7)、血液凝固、脳浮腫8)などが、後期死体現象として腐敗などの所見が出現する。
1)大動脈壁の高濃度、血液就下
死後、大動脈は収縮によって肥厚した壁が高濃度を呈する(図3a)5)。大動脈壁に均一に濃度上昇が認められることから、大動脈解離などの疾患との鑑別は難しくはない。また、心拍動が停止し重力により赤血球が血管内で沈降する現象、血液就下が生じる。死亡時CTでは、大動脈や心腔内に水平面形成として認められる(図3a、b)7)。急死の場合、血管内皮細胞からプラスミノーゲン・アクチベータ(PA)が放出され、血管内の赤血球が沈降するため血液就下が明瞭に認められる。頭蓋内では静脈内の血液就下が、硬膜下血腫などの頭蓋内出血と紛らわしいため、正常死後変化を異常所見と誤らないことが重要である(図4)6)。
2)鋳型状の血液凝固
慢性疾患で死亡した場合や死戦期が長い場合、血管・心腔内の血液凝固が鋳型状の高吸収域として認められる場合がある(図5)9)。このような所見があった場合、死亡前の病歴や死亡時の環境などに注意する必要がある。
3)死亡直後の脳浮腫
死亡直後のCTでは、白質灰白質のコントラストが低下し皮髄境界が不明瞭になるといったごく軽度の脳浮腫を呈する。臨床で遭遇する低酸素脳症で見られるような強い脳腫脹は認められない(図6)6)。これは、心拍の停止により頭蓋内への血液供給が停止され脳の腫大の原因となる血管性浮腫が起こらないためと考えられる。脳梗塞における超急性期の脳虚血で見られるearly CT signに相当すると考えられている。逆に、死亡直後のCTで脳浮腫が認められた場合、生前の低酸素脳症を疑う必要がある(図7)。
4)後期死体現象
死後には腐敗に伴う様々な変化が出現する2)。肺は数時間後からすりガラス影を呈し、数日後には胸水が出現する10、11)。死亡直後には変化の乏しい脳も、約半日後から腫大し、その後液状化を呈する(図8)。血管や体腔にはガスが出現するが、養分の多い肝臓の門脈内から出現し体全体に及ぶ(図9)。こうした現象は、死因・年齢・体格などのほか、気温・湿度などの環境因子に左右される。特に、夏季や、浴槽内、暖房のきいた室内など高温の環境下では、死後の腐敗は早く進行する。
心肺蘇生術後変化
心肺蘇生術の際さまざまな損傷が生じる場合がある。特に死亡時CTでは、肋骨骨折と血管内ガスが認められる場合が多い。
1)肋骨骨折
胸骨圧迫で生じる肋骨骨折は前胸部か側胸部(図10)に生じ、典型的には肋骨の内側のみの不全骨折(Buckle rib fracture)として認められる12)。原則として背側の肋骨に骨折が生じることはない。非典型的な肋骨骨折を見た場合、心肺蘇生術以外の原因を考える必要がある(図11)。
2)血管内ガス
死後数時間の死亡早期の死亡時CTでも、血管内にガスを認めることがある(図12)。肝門脈内のガスは、バック・バルブ・マスクを用いた場合に消化管に入ったガスが粘膜損傷により門脈から肝臓に達するために生じるとされる13、14)。この他にも、胸骨圧迫による肺血管損傷や心腔内の急激な圧変化にともなう窒素ガスの溶出、輸液路からの空気の混入などが原因となる。これらの血管内のガスは、終末脈管である肝臓、頭蓋内、および右心系に認められる場合が多い。全身の血管内に多量のガスを認めた場合、外傷による血液の流出や、故意に血管内に気体が注入された事態等も考慮する必要がある。
死因に関連する所見
出血性疾患
脳出血、くも膜下出血、心嚢血腫、縦隔・後腹膜血腫などの致死的な急性期の出血は、CTで高吸収域を呈するため死亡時CTで検出しやすい15、16)。上行大動脈や心損傷による心嚢血腫や、大動脈弓部から下行大動脈の損傷による胸腔血腫・縦隔血腫、腹部大動脈瘤の破裂で生じる後腹膜血腫などは、死亡時CTで検出可能である。出血の原因となる大動脈解離や大動脈瘤はCTで判断できる場合が多いが、心損傷はCTで診断することは難しい。
1)脳出血
脳幹出血や脳室穿破の所見、多量の出血による脳の圧迫などの所見を死亡時CTで認めた場合、致死的所見となりうる(図13)。
2)心嚢血腫
生前に生じた心嚢血腫は、心臓の周囲に層状の高吸収の凝血を伴う(図14)17)。他の原因による心停止後に、胸骨圧迫が行われ心臓が損傷することで心嚢血腫が生じる場合がある。心停止後の血液は流動性を保つことから、心肺蘇生術による心嚢血腫は液面を形成する(図15)18)。死亡時CTで心嚢血腫が見られた場合、死因となる生前の所見か、心肺蘇生術による心停止後の変化かに注意しなくてはならない。
3)頸椎骨折
上部頸髄の損傷はCTでは診断できないが、頚髄損傷の原因となる頸椎骨折には注意が必要である19)。剖検では椎骨前の浮腫や血腫が重要とされるが、CTでは組織の浮腫は描出されないことから、骨の偏位を伴わない骨折は診断できない場合もある。明らかな骨折例でも、通常の軸位断では所見に気付きにくいため矢状断での観察が重要である。その際、頸椎を過伸展させて撮像することで、通常の体位では明らかでない損傷が明瞭になる場合がある(図16)。
ここまでAiで指摘が容易な所見を挙げてきた。しかし、死亡時CTでは急性死の代表的な疾患である急性冠症候群(急性心筋梗塞)や肺動脈塞栓症を診断することは難しく、死因の検出率は30%程度である15、16)。また、代謝性疾患、電解質異常、中毒など器質的な変化を来さない病態は、所見としてとらえられない。
Aiですべての死因を診断することはできないが、診断できる所見を見落としなく拾い上げることは画像診断の基本である。Aiを診断するために、チェックシートが活用されることを希望する。
参考文献
1 Okuda, T., S. Shiotani, N. Sakamoto, and T. Kobayashi: Background and current status of postmortem imaging in Japan: short history of “Autopsy imaging (Ai)”. Forensic Science International, 225(1-3): 3-8, (2013).
2 Levy, A.D., H.T. Harcke, and C.T. Mallak: Postmortem imaging: MDCT features of postmortem change and decomposition. American Journal of Forensic Medicine and Pathology, 31(1): 12-17, (2010).
3 高橋直也,樋口健史,塩谷基,佐藤卓,前田春夫,and 広瀬保夫:死後CT読影用チェックシートの開発と使用経験.臨床放射線,55: 334-340, (2010).
4 Takahashi, N., T. Higuchi, M. Shiotani, S. Satou, and Y. Hirose: Effectiveness of a worksheet for diagnosing postmortem computed tomography in emergency departments. Jpn J Radiol, 29(10): 701-706, (2011).
5 Shiotani, S., M. Kohno, N. Ohashi, K. Yamazaki, H. Nakayama, Y. Ito et al.: Hyperattenuating aortic wall on postmortem computed tomography (PMCT). Radiation Medicine, 20(4): 201-206, (2002).
6 Takahashi, N., C. Satou, T. Higuchi, M. Shiotani, H. Maeda, and Y. Hirose: Quantitative analysis of intracranial hypostasis: comparison of early postmortem and antemortem CT findings. AJR: American Journal of Roentgenology, 195(6): W388-393, (2010).
7 Shiotani, S., M. Kohno, N. Ohashi, K. Yamazaki, and Y. Itai: Postmortem intravascular high-density fluid level (hypostasis): CT findings. Journal of Computer Assisted Tomography, 26(6): 892-893, (2002).
8 Takahashi, N., C. Satou, T. Higuchi, M. Shiotani, H. Maeda, and Y. Hirose: Quantitative analysis of brain edema and swelling on early postmortem computed tomography: comparison with antemortem computed tomography. Jpn J Radiol, 28(5): 349-354, (2010).
9 OʼDonnell, C., and N. Woodford: Post-mortem radiology–a new sub-speciality? Clinical Radiology, 63(11): 1189-1194, (2008).
10 Hyodoh, H., J. Shimizu, M. Rokukawa, S. Okazaki, K. Mizuo, and S. Watanabe: Postmortem computed tomography findings in the thorax-Experimental evaluation. Legal Medicine (Tokyo, Japan), 19: 96-100, (2016).
11 Hyodoh, H., J. Shimizu, S. Watanabe, S. Okazaki, K. Mizuo, and H. Inoue: Time-related course of pleural space fluid collection and pulmonary aeration on postmortem computed tomography (PMCT). Legal Medicine (Tokyo, Japan), 17(4): 221-225, (2015).
12 Yang, K.M., M. Lynch, and C. O’Donnell: “Buckle” rib fracture: an artifact following cardio-pulmonary resuscitation detected on postmortem CT. Legal Medicine (Tokyo, Japan), 13(5): 233-239, (2011).
13 Shiotani, S., M. Kohno, N. Ohashi, S. Atake, K. Yamazaki, and H. Nakayama: Cardiovascular gas on non-traumatic postmortem computed tomography (PMCT): the influence of cardiopulmonary resuscitation. Radiation Medicine, 23(4): 225-229, (2005).
14 Takahashi, N., T. Higuchi, M. Shiotani, H. Maeda, and Y. Hirose: Intrahepatic gas at postmortem multislice computed tomography in cases of nontraumatic death. Jpn J Radiol, 27(7): 264-268, (2009).
15 Takahashi, N., T. Higuchi, M. Shiotani, Y. Hirose, H. Shibuya, H. Yamanouchi et al.: The effectiveness of postmortem multidetector computed tomography in the detection of fatal findings related to cause of non-traumatic death in the emergency department. European Radiology, 22(1): 152-160, (2012).
16 Roberts, I.S., R.E. Benamore, E.W. Benbow, S.H. Lee, J.N. Harris, A. Jackson et al.: Post-mortem imaging as an alternative to autopsy in the diagnosis of adult deaths: a validation study. Lancet, 379: 136-142, (2012).
17 Shiotani, S., K. Watanabe, M. Kohno, N. Ohashi, K. Yamazaki, and H. Nakayama: Postmortem computed tomographic (PMCT) findings of pericardial effusion due to acute aortic dissection. Radiation Medicine, 22(6): 405-407, (2004).
18 Yamaguchi, R., Y. Makino, F. Chiba, S. Torimitsu, D. Yajima, T. Shinozaki et al.: Fluid-Fluid Level and Pericardial Hyperdense Ring Appearance Findings on Unenhanced Postmortem CT Can Differentiate Between Postmortem and Antemortem Pericardial Hemorrhage. AJR: American Journal of Roentgenology, 205(6): W568-577, (2015).
19 Iwase, H., S. Yamamoto, D. Yajima, M. Hayakawa, K. Kobayashi, K. Otsuka et al.: Can cervical spine injury be correctly diagnosed by postmortem computed tomography? Legal Medicine (Tokyo, Japan), 11(4): 168-174, (2009).
20 髙橋直也、塩谷清司編:オートプシー・イメージング症例集.ベクトル・コア,東京,6-9,(2012).