新潟市 建築部 住環境政策課 課長(前保健衛生部 地域医療推進課 課長)
古俣 浩
はじめに
この度は『新潟市医師会報』への執筆の機会をいただき感謝を申し上げます。私が勤めた新潟市地域医療推進課は、2015年4月に発足しました。以来4年間の短い間ではありましたが、同課長として本市の医療計画の推進に傾注してきました。今年4月の異動により離任しましたが、新潟市医師会様のご支援をいただきながら数々の難題に取り組むことができたことは、私にとってかけがえのない大きな経験でした。本稿では、今年5月8日の貴会主催「在宅医療講座」の講演で私が取り上げた内容をあらためて振り返り、私見を交えつつ、その後に気になった事項を追記したものです。折しも医療界は改革の大きなうねりの中にあります。本稿が今後の本市の医療提供体制を考えていく上で皆さまの参考となれば幸甚に存じます。
1 医療計画
医療計画は、医療法に基づいて全国の都道府県が医療提供に係る施策を定めるもので、新潟県は2018年3月に「第7次新潟県地域保健医療計画」を策定しました。また、「新潟市医療計画」は、新潟県内で人口と医療資源が集中している本市の特性を踏まえ、新潟市医師会様をはじめ多くの皆さまからのご協力により2014年3月に「救急医療」、「在宅医療」、「精神医療」の3つの分野を柱に据えて策定されました。その後、2016年3月に「災害時における医療」を加え、現在4つの分野で構成されています。この医療計画は、2020年度までを計画期間としており、現在のところ同年度末に改定の予定です(図1)。この間の国の動きを遡ってみますと、2014年6月の医療介護総合確保推進法の公布に端を発して、2015年に検討が本格化した「地域医療構想」と「在宅医療・介護連携」、そして昨今大きな問題となっている「医師の偏在是正」と「医師の働き方改革」へと課題が連なってきました。一義的には、地方の医療提供体制の確保、医療政策は都道府県が主役ではありますが、本市は新潟県内の約3分の1の人口を有す政令市であり、県内で最も医療資源が集中している特性を踏まえ、今後、持続可能で充実した医療提供体制の確保を目指して次期医療計画を策定しなければなりません。
2 人口と医療費
本市の人口は、少子高齢化に伴う自然減に加え、近年、市外への進学・就職等に伴う社会減が顕著となってきています。労働力・市民力としての若年層の転出は、年を追って市の活力を奪っていきます。また、本市の高齢者、中でも75歳以上の人口は、2015年国勢調査で108,385人を数えましたが、国立社会保障人口問題研究所が2018年3月に推計したところによれば、今後、2030年までに約1.45倍増えて156,758人に達した後、2045年まで同程度で推移する見通しとなっています(図2)。
このような状況下、市内で医療・介護関係の求人が多いことも加味すれば、重要なことは、2025年以降の現場の戦力として期待される学生、生徒へ医療・介護の仕事のプロモーションを強化し、市内にとどまって仕事に就いていただき、地域の活力を維持していくことです。本市でも在宅医療・介護連携ステーション、地域包括支援センター、教育委員会などが協力し合って、昨年より小学校への出前授業などの取り組みを開始しました。生徒もさることながら教諭からの反応も上々で、今後全市に広がって、医療・介護に関わる人材が着実に産まれ育つことを期待しているところです。
一方、医療費に関しては、厚生労働省が毎年9月に「国民医療費の概況」を公表しており、昨年の発表では国民1人あたりの医療費において、75歳以上の国民1人あたりは929.0千円で、65歳未満1人あたり184.9千円の約5倍でした。これは入院医療等の増加に伴うもので、年代別受療率をみても、60歳以降は年齢とともに高くなっています。
また、都道府県別の1人あたり医療費については、昨年9月に厚生労働省が「医療費の地域差」において年齢調整後の医療費を公表しており、新潟県は47都道府県中最下位でした。国が推進する社会保障制度改革は、年金、医療、福祉をはじめとする社会保障費を抑制し持続可能な制度とすることが最大の目標ですから、医療費の抑制の観点では新潟県の数字が全国の1つの目安となるのではないでしょうか。特に入院医療費については、都道府県民1人あたりの病床数や病院医師数との間で関連性があるので、この後に述べる地域医療構想の推進、医師の偏在是正、医師の働き方改革において重要な意味を帯びてくると考えます。
3 地域医療構想の推進
地域医療構想については、病床の機能分化・連携を進めるために、2025年の医療需要と病床必要数(推計値)を踏まえ、目指すべき医療提供体制の実現に必要な施策を定めるもので、機能分化と連携に係る具体的な内容や対応方針については、病床を持つ医療機関が医療圏ごとに持たれる調整会議において話し合い、調整することとされています。その具体的対応方針については、昨年2月7日付け厚生労働省医政地発0207第1号「地域医療構想の進め方」において、①2025年を見据えた構想区域すなわち新潟医療圏において担うべき医療機関としての役割と、②2025年に持つべき医療機能ごとの病床数を含むこととされました。また、公立病院、公的医療機関等については、民間医療機関との役割分担などを踏まえ、公立病院、公的病院でなければ担えない分野への重点化が求められています。これに関し、今年3月29日の「医療計画の見直し等に関する検討会」では、厚生労働省が診療実績等の詳細なデータを用いた一定の指標を設定し、各構想区域の医療提供体制の現状分析を行った上で、具体的対応方針に関する合意内容が、真に地域医療構想の実現に沿ったものとなっているか、改めて調整会議においての検証を求めました。これについて、さらに具体的な検討が「地域医療構想に関するワーキンググループ」で行われており、本稿が皆さんの目に触れる頃には議論の整理が終わり、厚生労働省から都道府県に通知が発出されているかもしれません。
しかし、新潟県はすでに全国の都道府県で最低水準の医療費にあり、かつ新潟市では今後75歳以上の人口が約1.5倍に増加すると見込まれており、加えて、病院等が医師数の確保にも対応していくためには、病床数の維持は当面必要なことだろうと思います。病床数の縮小に関しては、今後の入院医療需要の見通しだけでなく、医療従事者確保の見通しや病院の老朽化といった要素も考慮に入れることも必要でしょう。1990年代以前に建設された病院(病棟)は、本市の75歳以上人口がピークに達する2030年代に建物・設備の更新時期を迎えるのではないでしょうか。そのことを念頭に置いた協議も必要かと思います。
4 医師の偏在是正
医師数は、厚生労働省が隔年で「医師・歯科医師・薬剤師調査」を実施しており、直近では2016年調査の結果が2017年12月に公表されました。これを見ると、やはり全国的に見て西日本や東京都に医師が多いのがわかります。この医師偏在という課題に対して厚生労働省では「医療従事者の需給に関する検討会」の「医師需給分科会」で議論が重ねられ、医療法及び医師法の一部を昨年7月に改正し、施行しました。今年度は、医師・歯科医師・薬剤師調査の結果を使って全国同じ計算式で算出された医師偏在指標を用い、全国の上位と下位それぞれ3分の1の医療圏を医師多数区域、医師少数区域に定め、各都道府県が医師確保計画を策定し、偏在是正に努めることとされています。方策として、都道府県間の医師偏在是正は医学部地域枠等の活用により2036年の解消を目指すことなどが記されましたが、当面の焦点は、県内の医師偏在是正ということになりましょう。
先般暫定的に示された三次医療圏ごとの偏在指標によれば、新潟県は第46位でした。本県の二次医療圏では、魚沼、佐渡、県央などが医師少数区域でしたが、新潟医療圏が全国335の二次医療圏中第73位で医師多数区域に該当したことには驚きました。これについて1つ指摘しておきたいことがあります。市内には新潟大学医学部が立地し、多くの医師を育成・輩出するとともに、新潟県における医療の中心として新潟大学医歯学総合病院が高度医療、専門医療を提供し、県内各地に医師を派遣しています。つまり、三次医療圏のために役割を果たしており、決して新潟市のためだけにあるのではないことです。2016年調査で新潟市内を主たる従業地としていた医療施設従事医師は2,160人で、病院は1,514人でした。そのうち医育機関附属の病院の勤務者は586人でした。医師確保対策については、さらに2018年調査の結果や、今年9月に行われる見通しの「医師の働き方実態調査」の結果を踏まえ、時間をかけた検討が望ましいところです。
また、2017年9月公表の「国民医療費の概況」を用いて、各都道府県ごとに人口あたり病院従事医師数と入院医療費の相関関係を調べてみたところ、両者には一定の相関関係があることがわかりました(図3)。となると、病院が新たに医師を確保するには県民1人あたりの病床数や医療費を増やすことが必要で、逆に、病床数を減らしたら収益が低下し、医師を増やすことが困難になると言えるでしょう。「地域医療構想の推進」と「医師の偏在是正」、そして、この後に述べる「医師の働き方改革」の3つを実践・両立させることは至難なことと予想されます。
5 医師の働き方改革
政府は、一億総活躍社会の実現に向けて、国民の働き方改革を推進しています。すでに働き方改革関連法が施行されましたが、医師についてはその公共性、専門性などに鑑み2024年4月から実施されることとなりました。医師を対象に厚生労働省が実施した調査では、年間3,000時間を超える超過勤務が確認されており、今年3月29日の「医師の働き方改革検討会報告書」(以下「報告書」という。)によれば、地域医療提供体制の確保のため臨時的な必要のある場合や研修医の集中的技能向上などのため、「一定の要件」を満たす医療機関については、上位10分の1の医師の超過勤務に着目して2024年4月から暫定的な特例として年間1,860時間を上限とすることとされました(図4)。
この「一定の要件」について、特に気になったのは、地域医療で自医療機関が必須とされる機能は何かを認識し、そのため医師のどの業務が長時間労働となっているかを把握することと、労働時間短縮に向けた対応が計画的に行われ、実際に医師の労働時間が短縮していることの2つです。当該機能に関して、報告書ではこれを ①三次救急医療機関、②二次救急医療機関かつ「年間救急車受入台数1,000台以上または年間での夜間・休日・時間外入院件数500件以上」、③在宅医療において特に積極的な役割を担う医療機関、などを要件化しています。この要件には正直驚きました。なぜならば、市内の二次医療機関では年間救急車受入台数が1,000台に満たない病院があるばかりでなく、時間外入院件数500件の要件については救急搬送先の空床確保がますます困難になる懸念があるからです。それでなくても、医師の時間外労働時間は、原則として年360時間以内、臨時的に必要がある場合でも年960時間以内とされることから、二次救急の輪番制をはじめ実際に本市の地域医療がどの程度成り立つのか今後早急に議論を深めていかなければなりません。要件を満たしているかどうかの特定は都道府県が行うことが厚生労働省「医師の働き方改革の推進に関する検討会」で協議されており、注視していくことが必要です。
6 救急医療体制の確保について
以上の各問題に大きく関係するのが救急医療体制の確保です。新潟医療圏では重点課題項目にもなっています。本市の救急医療体制(精神医療除く)は、市内21病院や在宅当番診療所等のご協力により一次から三次までが整えられています。一昨年の新潟市民病院への是正勧告に伴う緊急対応や、今年5月の10連休の救急対応及びG20新潟農業大臣会合の開催等に際しても積極的なご協力に感謝しています。他方で、新潟市民の高齢化に伴って新潟市消防局の救急搬送件数が右肩上がりで増加しており、2017年は約3万4千件で、2015年と比較しただけで約2千件増加しました。新潟市消防局では、2030年に約3万9千件、2035年から2040年にかけては約4万件で推移すると予想しています(図5)。市外からの救急搬送件数の予測を把握していないので一概には言えませんが、これだけの救急搬送患者を向こう20年にわたって受け入れるためには、現行の救急医療体制の維持が基本であるとはいえ、医師の働き方改革を見据えながら、①医師の集約化、②医師・看護師等の育成強化、③高齢者の看取り救急の検討、④在宅医療等の推進、⑤市民の理解促進、といった取り組みの検討が必要と考えています。
①については、医師の働き方改革が求められる中、特に休日夜間の救急医療体制確保において、医師が各医療機関に分散しているよりも、集約することにより確実な受入先となる二次救急体制が考えられないかということです。これを輪番制と併設できるとよいと思います。すでに初期救急では、新潟市急患診療センターへの集約化が行われています。胸部疾患や急性腹症、あるいは緊急外科手術にも対応可能な二次救急医療機関が、集約化やオープンシステムにより1つほしいところです。
②については、高齢者医療の比重が高まる中で総合診療医の育成システム強化やAIを活用した遠隔診断などが浮かびます。また、特定看護師や認定看護師を志す看護師の研修受講や資格認定を促進し、市内に定着するシステムづくり。また、受講に伴う欠員の手当てが必要と考えています。
③については、これに近い取り組みが、患者やご家族と相互理解のうえ市内で実践されています。また、八王子市高齢者救急医療体制広域連絡会の取り組みでは、「救急医療情報シート」を活用して療養型の病院も参加した救急搬送体制が運用されており、いわば総力戦の救急医療システムづくりが始まっています。
④については、病院による在宅医療等の推進が挙げられます。これもすでに積極的に取り組んでいる病院が市内にあります。診療所が24時間365日の在宅医療に取り組むのは負担が大きく、開業医が在宅医療を躊躇する大きな理由となっています。地域に密着している一般病院が在宅医療にも積極的に取り組むことが期待されています。
⑤については、医療リテラシーの向上のため、市民から医療の抱える実情を理解していただいたうえで、アドバンス・ケア・プランニングの考え方や休日夜間の救急医療等について知っていただき、平日日中の受診やかかりつけ医を持つことの大切さを身に付けていただくことが重要と考えています。
7 地域完結型医療体制の構築に向けて
2014年に始まった医療・介護総合確保改革ですが、本市では後期高齢者が約1.5倍に増えるところ、もし入院患者も1.5倍に増えるならば、単純に考えれば在院日数を今より3分の2に短縮しなければならなくなります。しかし、急性期と回復期に機能分化したとして、果たしてトータルで3分の2の入院日数に短縮できるのでしょうか。高度急性期と慢性期は区分する意義がありそうですが、どうも急性期と回復期を区分する意味は見えにくいところです。下に地域完結型医療のイメージ図を示しましたが(図6)、急性期と回復期は明確には区別していません。必要なのは、地域に密着して地元の医療・介護関係者と連携を深め、地域に信頼されながら、救急医療はもちろんのこと、総合(的)病院の機能や得意な専門医療の機能を果たしつつ、在宅医療等のバックアップあるいは在宅医療等を積極的に推進することだと思います。また、慢性期医療を担う病院については、アドバンス・ケア・プランニングの普及、患者・家族との相互理解推進、不適切なDNAR(Do Not Attempt Resuscitation)の排除を前提とした看取り救急、在宅医療等のバックアップの役割が期待されるところです。使い易い行政の制度も必要です。そうしたうえで、診療所等の医師、訪問看護師、地域包括支援センターや居宅介護支援事業所のケアマネージャが密な連携関係を築き、患者が入院医療を必要としたときに適切に入退院支援を実施することにより、病院と介護施設・自宅等との間で円滑かつ迅速な患者の循環を創り出していく。この循環ができるだけ地域内で完結できることが理想です。もちろん市内でも医療資源の偏在や、専門医療中心の特色を掲げている一般病院も存在していますから、そこは全市的な連携=循環が必要でしょう。
本市では、市医師会、新潟市民病院救急救命センターとともに昨年度から厚生労働省の「在宅医療・救急医療連携セミナー」に参加し、より緊密な市内での連携に向けて検討を開始しました。今年7月に消防庁が開催した「傷病者の意思に沿った救急現場における心肺蘇生の実施に関する検討部会」では延命処置を希望しない救急搬送患者への対応方法が検討されましたが、全国統一の明確な基準の確立は見送られました。そうした試みや先例を参考にしつつ、今後の在宅医療と救急医療の連携のあり方について検討を進め、激動の医療情勢の中、総参加型の医療提供体制を目指した新潟市次期医療計画を策定したいものです。
結びに
ある日の出来事。市内のある病院を訪れた際、応接室に「術仁醫」と書かれた額が掲げられていました。もちろん私はその意味を知らず、その後、気になり調べてみました。医術は単なる技術ではなく、病人への治療を通して、仁愛の徳、病人の家族縁者に至る他人に対して思いやりを施すことから医術という、という意味のよう。思えば、医療と介護は法律的に制度は異なりますが、医療を補完する意味において、介護は医療と一体の仕事であり、医療の一部なのだと感じていました。「醫は仁術なり」は、まさに医療・介護連携の共通理念です。
本市の在宅医療・介護連携ハンドブックの中に10の心得が記されています。市民の尊厳を重んじており、読み返すと次第に「術仁醫」の持つ意義を読み解いたものに思えてきました。限られた医療資源と重い命題の中で医療提供体制の行方を議論すれば、当然に摩擦も生じてきましょう。この格言を常に忘れず、「縁」と「連携」を蓄積していきたいものです。
最後に、この4年間、新潟市医師会様からはひとかたならぬご支援とご協力をいただいたことにあらためて感謝を申し上げます。特に、藤田会長、永井副会長、浦野副会長はじめ多くの先生方と遠藤事務局長以下事務局の皆様からは、随分と助けられ、激励をいただきました。そして、月岡・高橋の両保健所長と地域医療推進課の課員全員への感謝も忘れられません。紙面をお借りして、縁を持つことができた全ての方々に御礼を申し上げます。皆さん本当にありがとうございました。
図1 各計画と計画期間
図2 新潟市の75歳以上人口
図3 各都道府県の人口1人あたり入院医療費と人口10万人あたりの病院医師数の分布
図4 医師の時間外労働規制について
図5 新潟市の人口推移と救急件数の将来推計(新潟市消防局)
図6 地域完結型医療を目指して(イメージ)
(令和元年10月号)