新潟大学大学院医歯学総合研究科 法医学分野 新潟大学 死因究明教育センター 高塚 尚和
子ども虐待やドメスティック・バイオレンス(DV)において、殴られたり、蹴られたり等によって生じる外傷は、児童虐待の防止等に関する法律第8条の一時保護の措置、刑法第204条の傷害、同208条の暴行に該当することから、キズの性状等を適切に観察して、その成傷機序を推測し、さらに適切にその記録を残す必要がある。とくに加害者が暴行を否認する事例や被害者が暴行の事実を隠す事例では、正確な判断と記録の保存が重要となる。本稿では、子ども虐待やDVが疑われるキズを診る時のポイントを、キズの種類、成傷機序の推測、受傷後の経過時間の推測、法的に有用な記録を残す方法等について概説する。
法医学は、異状死体(変死体)の解剖を実施して、その死因を明らかにする学問と理解されている先生方が多いと思いますが、鑑定の依頼元(警察、検察庁、海上保安庁等)が発行する鑑定嘱託書の鑑定事項には、(1)損傷の有無、あればその部位及び程度、(2)成傷器の推定及びその用法、(3)死因、(4)薬毒物含有の有無、あればその程度、(5)アルコール含有の有無、あればその含有量及び酩酊の程度、(6)その他参考事項、等の各項目が一般的に記載されており、死因の特定や死後経過時間の推定の他、被害者にどのような種類のキズが存在し、そのキズがどのようにして生じたのかを明らかにすることも求められている。それゆえ、法医学は損傷診断について長い学問的な蓄積と経験を有しており、虐待やDV等が疑われる事例において、キズの診断を依頼され、法医学的視点からのキズの診断を実施している。このような分野は、「生体に関わる法医学」、いわゆる「臨床法医学」と呼ばれており、近年、子ども虐待やDVが非常に大きな問題となっていることから、従来の法医鑑定(解剖)と並んで重要な分野となっている。
虐待やDVによって生じたと疑われるキズを診断する際に有用な知識を分かり易く記載したテキストとして、『子ども虐待対応手引き』(厚生労働省 平成25年8月改訂版)1)がある。まず本書では、身体的医学所見は専門家でないと判断が難しいため、小児病院や大学病院など、小児科医、法医学者、小児放射線科医、小児眼科医などの虐待対応チームをもつ病院と相談できる体制を取ることが望ましい、と指摘している。三鷹市医師会では、虐待が疑われる子どもがクリニックを受診した際には、当該の子どもを杏林大学医学部附属病院に紹介し、大学病院でスムーズに診察が受けられる体制が整備されている。虐待が疑われる際は大学病院から児童相談所に通告するシステムとなっており、先生方の負担の軽減が図られている。
さて、実際に診察するにあたり、発育や発達の障害がないかを確認することが重要である。基礎疾患のない低身長、低体重といった乳幼児の発育障害は、Non-organic Failure to Thrive(NOFIT)と言われており、ネグレクトや親子関係の問題から子どもが望む形で栄養が与えられていないため成長障害を来すことがある。身体的虐待を受けている子どもでは、NOFITを合併していることが少なくなく、身体的虐待とネグレクトとは表裏の関係にあると言うことができる。また、発達の程度を評価する際には、標準成長曲線において、標準範囲内にあることを確認する他、右肩上がりに増加していることを確認することも重要である。一過的に右肩下がりを示し、その後、回復した事例では、その時に疾病や虐待等があったか否かを確認する必要がある。
虐待が強く疑われる皮膚所見として、(1)噛み痕、(2)道具によると考えられる傷痕や内出血、(3)柔らかい組織の内出血、(4)皮下出血を伴う抜け毛、(5)顔面の側部の傷、(6)移動を獲得する前の外傷、(7)首を絞めた痕、(8)境界明瞭な火傷の跡、(9)不衛生な皮膚の状態、(10)上記の所見が数種類見られる、があげられている。(1)の噛み痕であるが、歯の形に添った皮下出血や表皮の損傷が見られることがあるが、着衣の上から噛んだ際には歯による表皮の損傷が見られず、皮下出血のみが口の形で見られることがある。(2)の道具によると考えられる傷痕や内出血では、道具によって特異的な形態を示すことがある。例えば棒状の物体で叩かれると、2本の平行する線状の皮下出血が生じ、このような皮下出血は「二重条痕」と言われている。また、「二重条痕」はある程度の太さがある棒状のものだけではなく、針金のような細いものでも生じることがある。その他、ベルトやベルトのバックル、スプーン、ハンマーの柄(滑り止めの突起部)、ヘアブラシ等、様々な物体で特徴的な形態を呈することがあり、これらの損傷は凶器の特定に有用であることから注意深く観察することが大切である。(3)柔らかい組織の内出血とは、一般に子どもが転んだり、ぶつけたりして生じる皮下出血等の損傷は、前腕や下腿等の遠位部に多く、膝、肘や脛等の固い部分が主であり、腹部や大腿内側等の柔らかい組織に見られる損傷が複数、頻回に存在している時には、虐待を強く疑う必要がある。(4)皮下出血を伴う抜け毛の所見は、毛髪を掴んで引っ張ったり、持ち上げたりする際には、一般的に皮下出血を伴うが、心理的な脱毛(1本ずつ抜く行為)では皮下出血がほとんど見られない。皮下出血を伴う脱毛では他害性を考える必要がある。(5)顔面側部の傷は、殴られたことが強く疑われる所見であるが、観察する際、長さ1cm程度までの細長い表皮剥脱の有無を確認し、このような性状の表皮剥脱が存在している時には、叩いた時に爪で生じた可能性を考える必要がある。顔面側部を殴られた時には耳も同時に叩かれていることが多く、とくに耳介裏面では出血が顕著であり、口腔内(頬側口腔粘膜に歯による損傷の有無、上唇小帯の損傷の有無等)も確認することが望ましい。(6)移動を獲得する前の外傷は、子どもが一人歩きを獲得する前では非常に少なく、特に新生児から乳児初期の顔面の外傷には注意を払う必要がある。また、歩行開始前の子どもが家庭内の事故で致死的な外傷を起こすことは殆どないと言われており、米国では2歳以下の子どもの頭部外傷に基づく死亡の80%が虐待によるものであったとの報告2)もあることから、重篤な頭部外傷がある場合には、必ず虐待の可能性を考える必要がある。なお、法医学では、帽子をかぶった際、帽子のつばより上方の損傷は、単なる転倒では生じないことが知られている(帽子のつばの法則)。(7)首を絞めた痕は、一般に紐などの索状物が頚部に作用した際には、線状の表皮剥脱や蒼白帯等の明瞭な痕跡が殆どの事例において確認できることが多いが、手や腕等で頚部を絞めた際には痕跡が顕著であることは少なく、爪の痕や指先で圧迫した痕等の僅かな痕跡しか確認できないことが多い。しかし、頚部を圧迫した際には、圧迫した部位から頭側にはうっ血が生じ、皮膚、眼瞼及び眼球結膜等に点状出血(溢血点)が見られることから顔面の確認も忘れないことが肝心である。頚部圧迫は場合によっては死亡することがあり、慎重に対応する必要がある。なお、鼻口部を閉塞された際には、顔面に損傷を残さないことがある。(8)境界明瞭な火傷の跡は、上肢のグローブ状や下肢のソックス状のものは熱湯につけられた際に生じた可能性があり、円形等の特徴的な形態を呈するものはタバコやアイロン等を押しつけられたことにより生じた可能性が考えられ、虐待を疑う必要がある。
次に出血についてであるが、皮下出血の色調は、受傷直後は紫赤色や紫青色を呈しているが、2〜3日後には青色調、1週間前後には緑青色、2週間前後には淡黄色に変化して、一般的には2〜5週間程度で治癒することが知られている。この色調の変化をもとにキズが生じてからの日数を推測するが、注意すべき点として、色調の変化は出血量に大きく左右され、深部での出血量を外表から特定することは一般に困難であり、受傷後の厳密な日数の特定が難しいことが少なくない。児童相談所や警察から傷害行為等の事実認定のため正確な成傷時期の特定を求められることがあるが、特定が困難な際は特定できないと答えることを勧めたい。また、古い出血の痕(色素沈着)がないかも忘れずに確認することが必要である。
キズの写真を撮影する際の注意事項として、同じ構図で複数枚撮影すること(ピントがあった写真を残すため)、必ずものさし等、大きさがわかるものを一緒に撮影すること、キズは経時的に変化することからできるだけ早く記録に残すことが大切である。なお、フラッシュにより色調が変化することがあり、可能であれば使用を避けたいが、不明瞭な写真を残すよりはピントが合った写真を撮影すべきであり、神経質になる必要はないと考える。
本稿は、令和元年5月15日、新潟市医師会と新潟大学医歯学総合研究科 死因究明教育センターとが共催して開催した、「第4回警察医研修会」において講演した内容をまとめたものである。子ども虐待等において、キズを診る際の参考になれば幸甚である。
本県では、警察協力医の先生方が非常に不足していることから、現在、死体検案の実際や死体の診かた等、法医学・検案に関する研修会を2ヶ月おきに新潟市医師会(新潟市総合保健医療センター)において開催しています。ご興味、ご関心がおありの先生方のご参加を心よりお待ち申し上げております。
参考文献
1)厚生労働省.“子ども虐待対応の手引き 厚生労働省 平成25年8月改訂版” 〈https://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/dv12/00.html〉.(2019年8月7日)
2)Mary E. C: Abusive head injuries in infants and young children. Legal Medicine, 9: 83-87, 2007.
(令和元年11月号)